その10

 僕がその言葉を唇にのせると、シロさんの肩から、ふ……っと力が抜けました。


「……うん。

 ヒカルには、ある人を迎えに行ってほしいんだ。

 瓢箪池まで、ね」

「……瓢箪池? お前ら、昼間行ったんだろう?」


 行きましたよ。行きましたが――……、


「誰もいませんでしたよ」


首を傾げるアキラさんと、答えるシグレさんに、先生が溜め息混じりに言います。


「コイツの知り合いだぞ……。普通の人間の訳ないだろう……」


『……え゛』


 その言葉に僕たち3人は、揃ってシロさんの方を見ました。


 シロさんは相変わらずのニコニコ顔で、


「やだなぁ。ボクが、人間なんか迎えに行けって言うわけないだろう」

「じゃあ、人間#なんか__・・・__#に頼まねぇで、お前が迎えに行けよ!」


 指さすアキラさんに、シロさんつられたように声を荒げて、


「出来るならそうしてるよ!!」


 それから、意志の力でそれを抑えて、


「……あの#女__ヒト__#には、もうボクは分からないんだ……!」

「それが何で『ヒカル』になるんだ」


 静かに問うシグレさん。


 シロさんは、沈痛な面持ちで僕を見つめます。


「……ヒカルは、ボクらにとっては美味しそうなご馳走と同じなんだ。

 とっても良い匂いのね」


 ……え゛。つまり僕、エサですか……?


「……『魔女』に『神ツキ』に『巻き込まれ不幸体質』、それに『御馳走』。

 こんな組み合わせ、ボクじゃなくても目をつけるさ」


 淡々と話すシロさんの声をバックに、僕は答えに繋がる糸を、手探りで引いていました。


 人間ではない、瓢箪池にいるもの――……。


 それっておそらく、一つしかありません。


「――マユさんの、娘さんですか?」


 僕の言葉に、シロさんは目を見開きました。


「僕がお迎えに行く相手は、マユさんのお嬢さんですか?」


 彼の表情が、正解だと物語っています。


 やっぱり……。


 お母さんのマユさんが奉られていた神社からいなくなった事と、何か関係があるのでしょうか?


 シロさんは顎を引くと、探る様なまなこで、


「……行ってくれる?」


 上目使いに問われては、NOとは言えません。


 もとより僕には選択の余地などないのですから。


 無言で頷けば、シロさんの表情が変化しました。


 柔らかく、丸く。


 初めて怖いと思わなかった、シロさんの笑顔でした。


「……よしっ」


 僕の決意を見て、後ろで先生が動き出しました。


「アキラ、ちょっと車だせ。

 シグレ、リセを看てろよ。

 ヒカル君はとりあえず休んどけ。

 シロ……お前は、もう少しあっち行け」


 最後に手でシッシとされて、シロさんがムッとします。


 玄関、横をすり抜けようとした先生に、


「どこへ行くんだい?」


 ムスッとした顔のまま、その進路を妨害しました。


「あのヒトを迎えに行くなら、夜の方が良い。

 それに、思うにそっちのタイムリミットも、せいぜい明日の朝だよ?

 遊んでる暇があるのかな」

「遊ぶつもりはないさ」


 シロさんの視線を正面から受けて、先生が唇の端を上げます。


「だが、こちらにも準備というものがある」


 じゅんび?


「先生、どこに行くんですか?」


 思わず尋ねた僕に、先生は猫の笑いでこちらを見ました。


「――ホテルさ」


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