その11・完

 ピピピ! ピピピ! ピピピ!


 ヒヨコの目覚ましを止めると、僕はベッドに半身を起こし、朝日の中でこうべを垂れました。


 またダメでした……。


 ……いいえ! 三度目の正直です!


 今夜こそ!

 今夜こそ! なのです!



 ……………


 ………


 …



『君達があまりに弱いのでな。制限時間を無くすことにしたよ』


 夢の家で。開口一番、先生はそう言いました。


『今夜は落ち着いてゆっくり考えて、ぜひ正解を導き出してくれたまえ』


 ……ああ、僕らのおつむが弱いばかりに、なぞなぞ魔人が親切になるという……。

 キャラをダメダメにしてしまいました……。


『では、いくぞ!』


 先生の言葉と共に、


 カッッ!!


 右手からまばゆい光が差し込んで、


「わっ!?」

「きゃあ!?」


 庭に面していた壁が、消えて無くなりました。


 せ、先生、今日はなんだか気迫が違いますよ!?


 庭には二股に分かれた道が通っていて、その分岐点には――――シグレさん!?


 ……じゃ、ありませんでした、


「雨ふりさん!!」


 今日は姿を見せていなかった雨ふりさんが、なぜか2人に分身して立っているのでした。


 空は、奥に行けば行くほどどんよりと曇って薄暗いです。

 強い風がサッと走り抜けました。


『問題だ』


 嵐の前のような景色の中、先生が静かに告げました。


『――片方の道は、現実の世界に。

 もう片方の道は、このまま夢の世界に繋がっている。

 現実の世界に通じる道の雨ふりは、『真実』しか言わない。

 一方、夢の世界に通じる道の雨ふりは『嘘』しか言わない。

 質問出来るのはただ一度きり。

 どちらがどちらの雨ふりか見極めて――……好きな道を進みたまえ』


 リセが隣で、ぎゅっとこぶしを握りしめました。


 その様子を目の端に捉えてから、僕は頭の中でシュミレートしてみます。


 例えば《貴方は現実に繋がる道の、雨ふりさんですか?》と、聞いた場合。

 真実を言うシグレさんの答えは、もちろん『はい』です。

 一方、嘘つきなシグレさんの答えは――……同じく『はい』になってしまうのでした。


 他にも色々な質問を思い浮かべますが、どの質問も《正直》《嘘つき》どちらも同じ答えになってしまいます。


 ……イエスかノーかで答えられる問いだから、いけないのでしょうか?


 しかし、あまりからめ手な質問はズルな気がします。

 たとえそれで道が分かっても負けな気がします。


 先生の事です。きっと抜け道を用意しているのでしょう。


 しかし《正直》が『はい』と答える時、《嘘つき》も『はい』と返事が返って来るのでは――…………ん?


《正直》が……『はい』と答える時……?


 ああぁっ!!


 雷に打たれたかのように、僕は答えを閃きました。


 もう一度、頭の中でシュミレーションしてみます。


 ……うん。間違いありません。


 これで問題は一つ解決です。


 しかし、まだです。

 まだ終わらせるわけにはいきません。


 僕は、残ったもう一つの問題の方に顔を向けました。


 リセは、腕を組み眉間にしわしわを寄せて、うんうん唸っている最中でした。


「リセ。

 分かりました」


 彼女に向かって僕は呼びかけます。


「……え!?

 ウソ! すごいじゃない!」


 ぱっと顔を上げ手放しで褒めてから、再び眉を寄せると、


「……前みたいなボケ解答じゃないでしょうね?

 次やったら、あんたのことを『マコトくん』と呼ぶわよ?」

 それはイヤですね。物凄く。


 ……ではなくて、


「何度も頭の中で確認したので大丈夫です。

 ――――でもリセ。

 答える前に一つ、お願いがあるのです」


 僕は、彼女に右手を差し出しました。


「僕と一緒に、現実の世界に帰ってください」


 ――学校に行けとか。

 親を悲しませるなとか。

 そんな立派なことは、言えません。


 僕だって、ズル休みしたい時も、母さんを心配させてしまうことだってあるのです。


 そうじゃなくて。


「ここではない、別の場所でも会いましょう」


 これはただの僕の望み。


 僕は無力な子供です。

 リセを、全ての苦痛から遠ざけてあげる事なんてできません。

 現実の世界に戻ったとして、そこで泣きながら、血を吐きながら、進んで行かなければならないのは、リセ自身なのです。


 だからきっと、この心地良い場所を捨てて一緒に来て欲しいと思うのは、僕の我が儘なのでしょう。


 ――――けれども。


 それでも僕は――彼女の瞳をまっすぐに見つめます。


「公園や駄菓子屋さんに一緒に行きましょう」


 いつまでも眩しい日差しのこの場所では無く、


「ちゃんと日の暮れる町で、夕方にちょっと残念だけど『また、明日ね』って約束して、バイバイしましょう」


 いつも突然僕だけが消えてしまう、この場所では無く。


「――リセ。

 僕と一緒に、来てくれませんか?」


 彼女は顔を真っ赤にすると、


 パンッ!


 叩き付けるように、僕の右手に彼女の左手を乗せてくれました。


 ……あれ?

 リセ、なんか怒ってます?


 むぅ~?


 女の子に『一緒に駄菓子屋さんに行きましょう』は、無かったでしょうか?


 僕たち男子にとっては聖地なのですが。


「ヒ、ヒカルがそこまで言うなら、戻ってあげるわよっ!」


 赤い顔のまま、ふんっと彼女はそっぽを向いてしまいました。


 ……やはりなぜか怒らせてしまった様です。


 僕らは手を繋いだまま、2人のシグレさんの前まで進み出ました。


『答えは出たのかね?』


 先生の問いに、


「はい」


 頷いて、僕は一つ息を吸い込むと、分かれ道の番人達に答えを投げかけました。


「――《『貴方は現実に繋がる道の、雨ふりさんですか?』と僕が聞いた時、貴方は『はい』と答えますか?》」


 右手のシグレさんが言います。


「はい。

 その質問の時、私は『はい』と答えます」


 左手のシグレさんが言います。


「いいえ。

 その質問の時、私は『はい』と答えません」


 繋いだ手から彼女の不安が伝わる気がして、僕はその掌にきゅっと力を込めました。


 リセがこちらを見ます。

 無言で頷きます。


 そして僕らは嵐の先へと。

 暗く強い風が吹く方へと、歩き始めました――……。



       ***



「――こんにちはーっ!」


 お店の扉を開けると、


「おおっ! ヒカル君、良く来たね!」


 珍しくぱっちりと目を開いた先生が、出迎えてくれました。


 ――――あれから一週間が過ぎました。


 僕はあの日以来、一度も『迷ひ家』へは行っていません。


「これを見たまえ!」


 先生が上機嫌で差し出したのは、まだ箱に入ったままの――……、


「ああーっ!

 こ、これ……この前燃やしちゃった、フィギュア人形じゃないですか!!」

「そうだ!

 なんと、雑誌の懸賞で当たったのだ!」

「ええ!? すごいです!」


 ……ん?

 でも、前のとどこか違うような……。


「……ふふっ。

 気付いたかね?」


 僕の視線を受けて、先生がニヤリと笑いました。


「なんとこれは、イベントで100体・限定販売された幻の『フィニアルさん、ミュリエル・コス』バージョンなのだ!

 しかもシリアルナンバー77のプレミア付き!

 ……ふふふ、時価はこれくらいだ――……」


 先生が叩いた電卓には、


 ……う゛。


 ぼ、僕にとっては、天文学的数字が出ています。


 信じられません……こんな40センチ足らずのお人形が……。


「もちろん売ったりなんかはしないがね!」


 箱の中でピンクの髪の女の人は、現実の女性が生涯一度もとることはないであろうポーズで、スカートをひらめかせ微笑んでいました。


「……ありがとう、ヒカル君」


 唐突に先生がそう言って、


「は……え!?」


 ぼんやりしていた僕は、思わずおかしな声を上げてしまいました。


 な、なんですか!? 先生がお礼なんて!


「怖いですっ!」

「失礼な……」


 一瞬憮然とした表情をしたものの、先生は再び柔らかく笑いました。


「『迷ひ家』で、自分ではなく私の事を想ってくれただろう」


 へ……?

 ……確かに、リセのピンクのシュシュを見て、先生のお人形を思い出したことはありましたが……。


「言っては何だが、私は物凄くクジ運が悪いぞ」

「でも結局『迷ひ家』からは何も持ち帰れなかったじゃないですか」


 何と言っても夢の家ですから。


「――いや、持ち帰ったさ」


 え……?


 先生がいたずらっぽく微笑んで、目で後ろを指すので振り返ると――……ガラガラとお店の引き戸を開けて、


「ヒカル、いるーっ?」


 リセが入って来ました。


「あれ? リセ、」


 突然の乱入に小首を傾げます。


「約束してましたっけ?」

「な……っ」


 するとリセは顔を赤く染めました。


「や、約束してなきゃ来ちゃいけないっていうのっ?」

「いやっ、そんなことはないのですよ?」


 どうやら、僕はまた彼女を怒らせてしまったようです。


 ……リセの怒りスイッチの有り所は、難解過ぎます……。


 そんな中、一人先生は何故か鼻の下を伸ばして、


「ヒカルくん、ツンだ!

 ツンツンしているぞ!」


 ……何を喜んでいるんですか、先生……。

 そして日本語を喋って下さい……。


 僕が『バベルの塔』という神話を思い出している後ろで、


「ヒカル、何なのこの女!」


 リセが先生に噛み付いています。


「おお~っ!

 素晴らしいツンぶりだな!」


 ……先生の言葉は、やはりバベルです。


 僕はぼんやりと店の外を眺めました。


 ……いい天気です。

 今日も商店街は平和です。




          《眠り姫の家・終》

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