宇宙のリゲル

その1

『焼いてしまえ』

 と、誰かが言った。


 私は、私の兄弟達の体の上に積み上げられて、下から火が放たれた。


 高く高く重なり合った、我々の同胞達の体の塔が、勢い良く燃えていく。


 自分の体が灰になるのを眺めながら、私は夜空に舞う火の粉に願った。


 どうか、どうか、心ある人達の時代が来ますように。


 そしていつか、この体に刻まれた無数の世界が、心ある人の目に留まりますように、と――……。



       ***



「……ん?」


 本の整理をしていた手を止めて、僕は通りの方を見ました。


 ガラス戸越しに見える道路は、秋の休日の陽光を浴びて、暖かそうに光っています。


 ……気のせいでしょうか?


 再び手を動かしはじめた僕の目の端に、ちらりと何かが映りました。


「……やっぱり!」

「ど~したのだねぇ……」


 今日の先生は、いつにも増して溶けています。

 何でも、新作のゲームを一心不乱に攻略していてろくに寝ていないのだとか。


「……ありえんよ~。彼女が攻略対象外だなんて……。

 こちとら、あのサディストお嬢様のロックが外れると信じて、他の5人と次々に結婚を繰り返したというのに……」


 ……詐欺師のような発言は、聞かなかったことにします。


「……さっきから、同じ女の人がお店の前を何度も行ったり来たりしているのですよ」

「リセじゃないのかねぇ~?」

「違いますよ」


 もしそうだったとしたら『女の人』なんて言いません。


「じゃあ、シグレの方の付き纏いかぁ。

 アイツもキミも実に喜ばしいな~。

 ストーカー……もとい、固定ファンが付いて」

「ちょ……っ、怖いこと言わないで下さいよ……!」


 僕が顔を引きつらせるのと同時に、


 ガラガラ……。


 背後で、お店の引き戸がゆっくりと開いたので、


「わあっ!?」


 思わず叫んで飛び退ってしまいました。


「ひゃあっ!」


 僕の声に驚いたのでしょう。

 扉の向こうからも、甲高い悲鳴が聞こえてきます。


 そんなことはお構いナシで先生。


「いらっしゃいませ~」


 やる気の無い営業挨拶を発します。


「あ……あの……」


 おずおずと女の人が顔を上げました。


「あ……!」


 その顔その姿、先程からお店の前をウロウロしていた、不審者さんじゃありませんか!


 口から漏れそうになった言葉を、僕は慌てて押し止めました。

 先生に目で問われ、僕はそっと頷きました。


「こ……ここって、古書店でしょうか……?」


 女の人はまだ入口から入らずに、首だけ出して聞いてきます。


 ……ああ、なぁんだ。

 お店が分からなかった人なのですね。


 確かに、読書する猫の看板だけじゃ分かりにくいですものね。


「そうです! 古本屋さんです!」


 僕はビシっと姿勢を正して答えました。


 お客様なんて久しぶりです。

 ちょっとキンチョーなのです。


「そんな所に居ないで、奥へどうぞ」


 先生に促されて、女の人は初めてほっとした表情になると、お店の中へ足を踏み入れました。


「あ、あの……ここの店主の方は――……」


 肩ほどまでに切り揃えた髪と丸いメガネの、気弱そうな雰囲気の人です。


「ああ、ジイさんのお客さんか」


 歳は先生よりも少し上、といったところでしょうか。

 先生は絶対にチョイスしないであろう、ロングの花柄ワンピースが、良く似合っています。


「あいにく、店主は出掛けてますよ」

「え……い、いつお戻りになられますか……?」

「う~ん、いつと言われましてもねぇ」


 再び不安そうな表情に戻る女の人に、先生は小首を傾げました。


「戻るときには戻って来ますが、戻らんときには戻って来んのですよ」


 ……なに当たり前なこと言ってるんでしょうか、この人は……。


 禅問答のような先生の解答に、僕が補足説明をします。


「店主は旅行中なのです。すみませんが、帰りは分かりかねます」

「そ、そうですか……」


 女の人は目に見えて肩を落とし、とぼとぼとお店から出て行こうとします。


 いけません!


 このままでは、久しぶりのお客様を失望させたまま帰してしまいます!


「待ってください!」


 僕はその背中に向かって呼びかけました。


「ご用は何でしょう?

 差し支えなければジイちゃ――……店主に伝言しますが!」


 もしくは連絡先を聞いて、ジイちゃんが帰って来たら教えて差し上げる、とか。


 女の人は振り返り、わずかに言いよどんだ後、口を開きました。


「――あの、本を――……、漫画を探しているんです」


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