その2

 僕が折りたたみイスを開いて出すと、女の人は、


「ありがとう」


 と、眉を下げて微笑みました。


「――わたし、原田 楓といいます。

 インターネットのとある掲示板で、ここのご主人に探せない本は無いって聞いて来ました」


 先生はレジのイス、僕は踏み台に腰掛けます。


「漫画をお探しとか?

 タイトルを伺ってもいいですか?」

「はい。あの……『宇宙のリゲル』という、本だと思うんですけど……」

「ヒカル君、」


 先生に指名を受けて、僕は踏み台からぴょんと立ち上がりました。


「向かって、左から3番目の本棚。

 下から二番目、真ん中よりやや右寄り」


 言われた場所に小走りで行けば、


 ……あ!

 あった! ありました!


 日に焼けて白っぽくはなっていますが、背表紙に確かに『宇宙のリゲル・大庭ススム』と書いてあります。

 大きさは、ノートを半分にしたくらい。

 俗にいう少年マンガというヤツです。


 引き抜くと表紙の中で、金の髪の男の子が青い目を哀しげに曇らせて、こちらを見つめていました。


「ありました、先生!」


 走って持って行くと、先生はそれを楓さんに渡しました。


 楓さん、受けとって震える手でページをめくります。


 ……しかし、


「……違います。

 すみません……でも……違うんです……」


 失望の色に染まる彼女の視線を受けて、しかし先生は、


「でしょうなあ」


 さして驚きもせずに答えました。


「これは、」


 と、楓さんから返された本を揺らして、


「ちょっと大きな新刊書店さんなら置いています。名作ですから。

 それを、わざわざこんな所まで探しに来ないでしょう」


「え、名作なんですか、これ?」


 ポロっと呟いた僕の言葉に、


 ギロン!


 先生の目が肉食獣の光を帯びました。


「ヒカル君! 君は本当に男の子かね!?」


 えぇ!? ひどいです!


「『河童の五平』とか! 『23エモン』とか!

 『ゴルサン』――…は、まだ子供だから良いとして、龍な玉を探す話とか!

 男なら、読んでおかねばならない名作というものがあるだろうが!」


 パシンっと手の甲で『宇宙のリゲル』を叩いて、


「これもその一つ!」


 ……はぁ。

 あいにく『龍な玉を~』の冒頭部分しか読んだ記憶がありません……。


「あ、あの……、」

「気にしないで下さい。ただの発作です」


 僕の営業スマイルに、楓さんは、


「はぁ……」


 と、曖昧に頷きました。


「それで、」


 僕が渡した抹茶キャラメルの包み紙を剥きながら、先生が尋ねます。


「一体、どんな本なんです? 貴女が探してる『宇宙のリゲル』は。

 いつ、どこで見たのか、なるべく詳しく話してもらえますかな?」


 促されて楓さんは、こぶしをぎゅっと握ると話し始めました。


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