その3
ピピピ! ピピピ! ピピピ!
ヒヨコ型の目覚まし時計の頭を叩いて、僕はベットの中で目を開きました。
カーテンのすき間から、朝日のかけらが床にこぼれ落ちています。
階下からは母さんの動き回る音。
窓の外では、車や自転車が新しい空気を切って走り去って行きます。
いつもと変わらない朝。
なのに、どうして僕の心にはこんなに大きな穴が空いているのでしょう。
ついさっきまで一緒に話していたあの子が、目の前にいたあの子が、今はもうこの世界に存在していないかもしれない、なんて――……。
……いえ。
まだそうと決まった訳ではありません。
僕はある決意を胸に身を起こしました。
途端に、
ズキンッ!
鋭い痛みが頭を貫きました。
「う……っ!」
頭を押さえて呻きます。
しばらくじっとしていると、やがて痛みは引いていきました。
ベットサイドに置いた眼鏡に手を掛け、考えます。
一体ここ最近の体の不調は何なのでしょう?
眼鏡の度が合わなくなってきたのでしょうか?
黒板などは良く見えるのですが……。
……ともかく僕の体調の事はいったん置いておいて、今大切なのはあの夢の事です。
支度をして学校へ行き、じっと我慢して授業が終わるのを待ちます。
最後のチャイムが鳴って帰りの会が終わり、皆が帰宅の準備をしている所で――……。
――僕は坂崎さんに声を掛けました。
彼女とお友達の春野さんには、この前裏山の一本桜に付き合わされてひどい目に合わされました。
ですが、今問いたいのはその事ではありません。
「坂崎さん、ちょっと聞きたい事があるのですが……」
「え?」
赤いランドセルの中に教科書を詰めていた坂崎さんは、僕の声に顔を上げました。
「珍しいね?
ヒカルくんが『聞きたいこと』なんて。
……あ。言っとくけど私、勉強は教えられないからね?」
いたずらっぽく笑う坂崎さんに、僕は
「チガイマス。」
と右手をパタパタして、こう尋ねました。
「『リセ』という名前の女の子に、心当たりは有りませんか?」
――――僕の世界なんて本当に小さなものです。
リセの顔に見覚えがあるとするならば、彼女と会った事があるとするならば、それはおそらく『商店街』か『学校』かのどちらかででしょう。
そして『学校の女の子』の事を聞くならば、やはり『女の子』に聞かないと。
坂崎さんは僕の言葉が意外だったようで、目をパチクリした後、何故かニヤリと笑って言いました。
「なに? なに?
その子そんなに可愛かったの?」
…………はい?
坂崎さんのセリフに、今度は僕が目をパチクリする番でした。
それは――……『可愛い』か『可愛くない』かの2択で答えろ、という事ですか?
「あの……、」
僕が口を開くのと同時に、
「あー。良いの良いの。
何も言わないで!」
何故か一人で盛り上がっていらっしゃる坂崎さんは、手をパタパタ振ってこちらの言葉を遮りました。
「う~ん。
リセ、リセ、リセねぇ――……、」
……まあそれを教えてくれるのであれば、先程のくだりは良しとしますが。
「そうありふれた名前じゃないもんねぇ。
何か、聞いたこと有る気もするんだけど――……、」
と、その坂崎さんの左袖を、
くいっくいっ。
後ろから引っ張る影が。
「……リセって子、わたし知ってるよ……」
か細い声でおずおずと顔を出したのは、春野さんです。
「去年、同じクラスだったの……」
春野さんは、何故か坂崎さんのシャツの裾をモジモジといじっています。
「今年は……3組になったと思うよ……」
坂崎さんはクシャクシャにされる自分のシャツの裾に眉根を寄せますが、いつものことなのか特にその事には触れません。
「その『リセ』って子、髪が長くて2つに結ってたりしますか?
こう――……目が大きくて――……」
身振り手振りを交えて何とか特徴を伝えようとする僕に、春野さんはキョトンと首を傾げました。
「……ウチに写真あるよ。見に来る…?」
僕は春野さんのお宅におじゃますることにしました。
坂崎さんと3人で、ランドセルを背負ったままやって来たのは、商店街と反対方向にある閑静な住宅街です。
お家の2階。
緑を基調とした、イメージよりも割合シンプルな部屋で、春野さんはアルバムを広げて見せてくれました。
「これ、去年の遠足の写真……」
指差す先にあったのは横長の集合写真でした。
そういえば4年生の遠足――という名の登山では、五合目の滝の所で記念写真を撮ったのでした。
ですが僕たちのクラスには、悲しいことにこの集合写真は存在しません。
なぜなら、滝のてっぺんに女の人としか思えない物体が写りこみ、発禁になったからです……。
僕はその時の事を思い出し、思わず遠い目になってしまいました。
隣では、坂崎さんが同じような表情をしています。
「――で、これが『リセ』ちゃん……」
春野さんの言葉に、僕達は意識を現実に戻しました。
そこには豆粒程の大きさの――しかし確かに、リセが写っていました!
疲れているのか憮然とした表情をしています。
尖らせた唇に思わず笑ってしまいます。
……ちゃんといました。
なんだ、ちゃんとここに。
僕らの世界にいるじゃないですか!
「あっ! この子かぁ!」
坂崎さんが何を思い出したのか、手をぱんっと打ちました。
「知り合いなんですか?」
「ううん、そうじゃなくて。
ほら、2・3週間前に――……、」
そこまで言って、何故か彼女は答えるのを止めてしまいました。
春野さんと顔を見合わせ、どういう訳かすまなそうな表情で上目使いにこちらを見つめてきます。
「……ヒカルくん、本当に覚えてないの?」
「え? 何を……ですか?」
「――――少し前にね、この子、事故にあったんだよ」
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