第13話【第三章】
【第三章】
福谷から情報提供を受けた翌日。
僕はすぐさま緊急会議を開いた。その報告を基に、専門チームが、香藤がゾンビの実験場に使うであろう場所の特定に励む。
人の出入りも激しかった。今回の強襲作戦は危険性が高いとして、防衛省(というより陸上自衛隊内のこの組織)だけで対応に当たることになったものの、関係各機関への通達に僕たちは忙殺されていた。
一方の兵士たちは、武器の動作確認や弾薬の供給に余念がなかった。先日さくらさんが誘拐されかけたことを受け、緊張が高まっている。
いつになく沈黙が張り詰めていたのは火器整備室。ゾンビたちは進化を遂げている可能性があるということを皆が認めているのだ。
今回の研究・分析にあたっては、流石にさくらさんの手を借りるわけにはいかなかった。
彼女は完全回復を主張していたが、病人用のパジャマで言われても説得力は皆無。
ここで踏ん張らずにどうする、諸橋恵介。そう自分に言い聞かせながら、情報提供当日の夜から未明にかけ、僕は徹夜で資料をまとめた。
それを受けて、香藤の潜伏に適した場所の割り出しが行われた。
情報漏洩を防ぐべく、僕たちには、どこが急襲予定場所になるか翌日まで伏せられていた。
※
そしてその翌日。僕や秀介は、出動時刻を迎えた。
「えーっ? お兄ちゃん、二人共行っちゃうの?」
「大丈夫だ、リナ。兄貴はしっかり俺が守ってやるから!」
「そうだな。秀介は立派なゾンビバスターだからな」
僕がそう言って小突くと、秀介はさっと赤くなった。
「なっ、何だよ! 俺はリナに、兄貴がどれほど非力かを説明するためにだな……」
「だが事実だろう? お前は僕なんかよりもずっと強いよ」
僕のお守りをしながら戦おうというのだから、大したもんだ。
「ん……ま、まあ……」
褒められ慣れていないのだろう、秀介はさっさと振り返り、じゃあな! と一言。
「よし、僕も行くよ。リナ、ちゃんとお医者さんの言うことを聞くんだぞ」
「はぁい」
つまらなさからか、軽くふくれっ面を作るリナ。だが、僕はその姿にある種の愛しさを感じていた。この想いは、一体何と言えばいいのだろう? 色恋沙汰とは少し違うような気がするのだが……。
まあ、今は無事生還することが第一だ。
僕はリナの頭を軽く撫でてから、くるりと振り返り、秀介の後を追った。
※
今回の僕たちの移動手段は、人員輸送トラックだった。
道路が舗装されていないのだろう、ヘリよりも荷台は揺れている。やはり、どこかしらの山林が怪しいと専門チームは睨んだらしい。
「これより我々は、山頂部の化学薬品工場跡に向かう!」
車内で隊長が声を上げた。
化学薬品工場? 聞き慣れない状況に、僕はやや困惑する。確かに山の中にある閉鎖空間としては、香藤にとって理想的なのかもしれないが。
「地上と地下、両方を制圧する必要がある! 先日の洋館と同様だ。まずは第一班から第四班で地上階を制圧し、完了次第、地下を探索する。同時に、第五班から第八班は地下階に突入、先行した部隊の援護体勢に入れ」
おう、という皆の揃った声が車内に響く。と同時に、聞き慣れた回転翼のバタバタという音が頭上を通過していった。援護ヘリだろう。
《車両部隊、到着まであと二分》
「あと二分か……」
ヘルメット内の小型スピーカーから、運転手の声が聞こえる。
一体ゾンビはどこまで進化しているのだろう? 香藤はまだ工場跡にいるのだろうか?
そうこう考えを巡らせているうちに、トラックは停車予定地点まで到達した。
昨日、福谷から送られてきた情報によれば、香藤に爆発物を入手する伝手はないとのこと。今はそれを信用し、トラップがないものとして研究所の早急な制圧に努めるべきだろう。
僕たちは素早く降車し、二列に別れて木々の間を歩んでいく。僕のすぐ前を歩んでいるのは秀介だ。
すると、すぐに灰色の壁面が見えてきた。十メートルほどの高さがある。地上三階分くらいだろうか。
だが、ここは飽くまで工場の跡地、すなわち廃墟。どこに何が潜んでいるか、分かったものではない。
すると、秀介の前、すなわち先頭を行く兵士が足を止めた。ハンドサインからするに、外壁に不自然な損傷があるという。ゆっくり回り込むと、確かに不自然な穴が空いていた。巨大なハンマーで殴られたかのようだ。
その先は照明がなく、陽光が差し込んでくるだけで薄暗い。
先頭の兵士が自動小銃を向けながら、穴の前に立ち塞がった、その時だった。
ざしゅっ、と何かが斬り裂かれる音と共に、人型の何者かが飛び出してきた。
同時に真っ赤な液体が、ざあっ、と降り注ぐ。
「下がれ、兄貴!」
「うっ!」
秀介に突き飛ばされ、僕は尻餅をついた。秀介もまた後ろに跳躍、飛び出してきたモノと対峙する。
「わっ、う、うわっ!」
僕はヘルメットのバイザーが真っ赤に染まるのを見て、慌てて腕を振り回した。
この赤いものが、さっき先頭にいた兵士のものだとは分かる。しかし、何が起こったのかは把握しきれていない。
僕は建物の反対側に目を遣った。そこにいたのは、片腕の肥大した小柄なゾンビだった。胸元に人の頭部を抱えている。どうやら強靭な爪を有しているらしい。
この期に及んで、僕はようやく先頭の兵士が一瞬で首を刎ね飛ばされたのだと悟った。
「射殺しろ!」
ズタタタタタタタッ、と銃声が響き渡り、ゾンビは呆気なく倒れ込んだ。仕留められた様子だ。
「後ろだ、秀介!」
隊長が叫ぶ。すると、今の個体と同じ姿のゾンビが膝を折り、まさに跳びかからんとしているところだった。
「チッ!」
凄まじい反射神経で、秀介は自動小銃を顔の前に構えた。
ガキィン、と鋭利な音を立てて、秀介の自動小銃とゾンビの爪とが鍔迫り合いを始める。
だが、防戦に回ってしまった秀介の方が明らかに不利だ。
「くっ……。俺に構うな、誰か撃ってくれ!」
「動くなよ、秀介!」
すると隊長が拳銃を抜き、ゾンビの側頭部に突き付けた。バンバンバンバン、と四連射。
びちゃびちゃと体液と肉片が飛散するが、このゾンビもまた、すぐにどろり、と溶けて蒸発してしまった。やはり、サンプリングをさせないつもりか。
秀介に前方警戒を任せ、隊長は最初に狩られた兵士の下に駆け寄った。しかし、事切れているのは明らかだ。首から上がないのだから。
「こちら秀介、現在展開中の各員へ! 敵は今までのゾンビと違って、跳躍して襲ってくる! 首を狙ってくるぞ、近づけさせるな!」
秀介が先陣を切るようにして、小隊は建物に突入しようとした、その時。
隊長が通信に割り込んできた。
「待て、秀介。展開中の空対地ヘリへ援護射撃要請! この廃墟の天井を落とせ!」
予想より建物の腐食は激しい。これなら天井を破壊して日光を差し込ませ、ゾンビの目を眩ませることができるかもしれない。
「総員、伏せて耳を塞げ!」
隊長が叫んだ直後、バルルルルルルルッ、というガトリング砲の掃射音が響き渡った。
じゃりじゃりと音を立てて薬莢が降り注ぐ。
僕はヘルメットのつばに手を遣り、必死に頭部を守った。
《こちら空対地支援ヘリ、機関砲の弾薬切れ。今後は通信の援護にあたる》
「了解。総員、頭上に気をつけて突入!」
秀介と、バディの兵士が二人で突入。ぞろぞろと他の皆が続く。
上下左右に視線を飛ばし、横に広がっていく。ズタタッ、ズタタッという短い発砲音が数回に渡って響いた。
僕は護衛の兵士に左右を挟まれながら、倒れ伏したゾンビの死骸にメスを入れる。一辺二センチほどの立方体状に背中の肉片を切り取り、試験管の中へ。
直後にその死骸が蒸発するのを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。が、そんな安堵も長くは続かなかった。
「ん? これは……?」
目の前のタンクを見て、僕ははっと息を飲んだ。
「隊長! 恵介です、応答してください!」
《どうされました、恵介博士?》
「この化学工場で扱っていた物質が何なのか、分かりますか?」
《はっ? 少々お待ちを》
自分を援護するよう部下に伝えてから、隊長はこの工場にあった薬品の種類を列挙した。
「マズい……。隊長、すぐに皆に、銃撃を停止させてください!」
《何ですって?》
「この周辺のタンクには、極めて毒性の強い液体が詰まっている恐れがあります! 下手に発砲してタンクを破損させたら、液体が化合して有毒ガスが漏れ出す危険があります!」
《なっ!》
隊長が喉を鳴らすのが、スピーカー越しに聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます