第22話
しかし、そんな問題はあまりにも呆気なく解決した。
「ごめんなさい、恵介さん」
「えっ?」
人の目を憚ってか、控えめに頭を下げるさくらさん。控えめといっても、そこには確かに誠意が込められている。
「どうしたんです、突然?」
「私、あなたに酷いことを言いましたよね。失望した、だなんて」
「あ、ああ……」
まあ、確かにあれは痛烈な一打ではあったが。
「でも、すぐに考え直したんです。ご家族を喪って辛い思いをされているのは、恵介さんの方でしょうに」
「それは秀介だって同じです」
「そう、ですね……」
「さくらさん、あなたのご家族は? ちゃんと連絡を取っていますか?」
心配になって、余計なことを尋ねてしまった。しかし、さくらさんは少し顔を上げ、こくん、と頷いた。
「両親からは、月に一回くらいの間隔でメールが来ます。兄からも手紙が。こちらは不定期ですけれど」
「そうですか」
無邪気にはしゃぐ声がして、僕はそちらに目を向けた。駆け回る子供たちを、両親と思しき男女が追いかけている。
そうだ。僕たちはこういう人たちを守るために戦っているんだ。僕や秀介、そして、もしかしたらさくらさんのような、悲惨な過去を背負った人物を一人でも減らすために。
秀介とリナが溶けかけのアイスクリームを持ってこちらに歩いてきたのは、ちょうど僕がそう決意を改めた時のことだった。
※
早々にアイスクリームを平らげた僕たち四人は、ようやくジェットコースターに乗ることができた。
今、僕が胸中に抱いている心配事は一つ。僕や秀介はいいとして、さくらさんやリナはこのアトラクションの過激さに耐えられるのだろうか? 今更心配しても遅いのだけれど。
シートベルトを締め、安全バーが下りてくるのを確認する。
ふと、意外なことに気づいた。リナが静かなのだ。せっかく待って乗れたのだから、もっとはしゃいでいてもいいと思うのだが。
きょろきょろと周囲を見回すリナ。それは、コースターが発進し、坂を上がり始めてからも続いた。
彼女は何を考えているんだ? そう思った直後、凄まじい風圧に、僕の意識は飛ばされかけた。コースターが降下を始めたために。
それから先は、何が起こっているのかよく分からなかった。重力の向きすらも。元来、このコースターはそういうコンセプトで造られているのだろう。
さっき確認したはずなのに、どうやら僕には覚悟が足りなかったらしい。
コースターが停止してからも、僕はしばらく足元がままならなかった。
「おい、大丈夫か、兄貴?」
「ああ、多分な……」
秀介が心配し、背中をさすってくれる。その一方、さくらさんはさも清々した、という様子で背伸びをしている。
案外こういうのが好きなんだな、この人……。
異常に気づいたのも、さくらさんが最初だった。
「あれ? リナちゃんは?」
「え?」
僕はさっと顔を上げ、周囲を見渡した。
いない。少なくとも、僕たちの目に入るところでは。
「どこに行ったのかしら……」
「おいおい、リナを放っておくわけにはいかないぜ?」
「手分けして探そう。個人用の携帯で連絡を取り合うように」
僕がそう提案すると、二人もまた頷いた。
そして僕たちは、駆け足でその場を後にした。
※
人混みがこんなに鬱陶しいと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。
リナは身体年齢が十二歳と推定されている。単純に小柄だ。こんなに人が密になっている状況で、見つけやすい存在だとは言えない。
迷子センターを頼るか? いや、リナが今何をしでかしているか分からない以上、下手に他人の手を借りるわけにはいかないだろう。
さて、どうしたものか。
僕が噴水の淵に座り込み、ハンカチで汗を拭おうとした、その時だった。
ピイン、と糸が張り詰めるような鋭い感覚が、僕の脳裏で煌めいた。
それは先ほどの頭痛に似ている。しかし、今回は痛みよりも、どこからその感覚が訪れたのか? ということの方がダイレクトに伝わってきた。
はっとして立ち上がったが、頭痛でうずくまるような人の姿は見受けられない。
どういうことなのだろう。今のはリナによってもたらされた感覚なのだろうか。
僕は半信半疑ではありながらも、速足で鋭い感覚の発せられたと思われる方へと歩み出した。
もし僕の予想、というか推測が正しければ、今の脳内感覚を得たのは僕と秀介の二人だろう。
何故なら、最初にリナが関与したと思われる破壊行為――医療棟でのグラスの破砕事件に遭遇しているからだ。加えて、中庭で木が折れた事件、それに遊園地入り口でのリナの絶叫にも。
リナの脳波に関連する破壊事故・事件に遭遇した回数。それと、リナの能力使用を感知する力。
この二つには、何らかの相関関係があるのではないか。それが僕の思うところだった。
「リナ、今度は一体何をするつもりなんだ?」
そう呟いた時、僕は自分が人通りの少ない場所に来ていることに気づいた。リナからの精神波らしきものに引っ張られすぎていたようだ。
だが、それもまたリナに近づいた証明ともいえるかもしれない。
そうでなければ、僕は何の意味もなくほっつき歩いてきたことになってしまう。それは今のところ、あり得ない。
そう思った直後のこと。
目の前の城と城の間、幅二メートルほどの路地裏から、鋭い感覚が発せられて僕の脳裏を掠めていった。
「んっ! これは……!」
周囲の人影がまばらになったのを見て、僕は駆け出した。今度は、一回目の感覚よりずっと明確だ。
そして、熱を帯びていた。これはまさか、激しい感情の表出なのではあるまいか?
リナが何をしているのかはどうでもいい、とにかく止めなければ。
僕はさっと視線を左右に走らせ、立ち入り禁止の標識を無視して、路地裏に入っていった。
どんどん強まっていく感覚。今や僕の脳みそが溶け出しそうだ。路地裏に入ったのだから、随分と涼しくなっているはずなのに。
「リナ!」
僕は手でメガホンを作り、叫んだ。
「リナ、どこだ!」
応答はない。僕は小さく悪態をつきながら、路地裏の奥へ、奥へと入っていく。
そこら中にフェンスがあり、薄暗い中でいろいろな看板が立っていた。
高圧電流注意とか、関係者以外立ち入り禁止とか。
しかしそれでも、リナはそれらの向こう側、道から外れた方へはいないようだ。
そろそろ最奥部、行き止まりに到達してしまうのではないか。
そう僕が思い始めた、次の瞬間だった。
「ぐふっ!」
くぐもった悲鳴が聞こえた。僕や秀介、リナのものではない。成人男性のものだ。
悲鳴は続く。と同時に、三度目の鋭い感覚が頭蓋を揺さぶった。
「まさか……!」
これは僕の勘だ。そして外れであってほしい。しかし、可能性は捨てきれなかった。
リナが誰かに暴力行為を働いているかもしれないという可能性は。
突き当りを左に曲がると、ちょうどこの城の裏側に出る。そこで繰り広げられていた光景に、僕は戦慄した。
痣だらけの警備員が二、三人、壁やフェンスに打ちつけられて倒れている。
その中央にはリナがいて、まだ意識のある警備員の首を右腕一本で持ち上げていた。
いや、違う。
右腕から何らかの念動力を発して、警備員を引っ張り上げているのだ。
何故念動力だと分かったのか? 理由は簡単で、リナの右腕は警備員に指一本触れてはいなかったからだ。
惨たらしい現場には慣れているはずの僕。
だが、その行為を行っているのがリナであるとは。最早驚きを通り越して恐怖しか感じられない。
「ぐ、は……」
呻く警備員。それに対するリナの表情は窺えないが、彼に語り掛けるリナの声は、恐ろしく無機質で冷たかった。
「お母さんを探してるの。ここにいるんでしょう? 早く会わせて頂戴」
「お、おか……さん……?」
「何度も言わせないで。残ってるのはあなたしかいないの。お願いだから、殺す手間はかけさせないで。早くあたしをお母さんに会わせて」
「な、何、を……言って……」
「知らないの? じゃあ、あなたも用済みね」
「た、たた……たす、け……」
警備員がそこまで言った時、僕は思いっきり肩を突き出し、リナを突き飛ばした。
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