第6話


         ※


 さくらさんは海鮮ランチ以上の働きをしてくれた。僕と一緒で、リナのことを心から案じてくれたのだろう。既に真夜中だというのに。


 だが、僕もさくらさんも、眠気など微塵も感じなかった。リナの検査結果に困惑していたのだ。

 

 僕たちの解析から分かったことは、あまりにも少なかった。

 それでも、リナは普通の人間ではないとは言えた。普通の誕生のプロセスを踏んでいない、というべきか。


 リナは、身体年齢が約十二歳、精神年齢が約十歳。遺伝子の構造上は人間、ホモ・サピエンスであるが、脳細胞の中に不可解な部分がある。前頭葉や海馬などの主要な部位に、やや肥大の傾向がみられるのだ。


 これが何を意味するのかは、ここのラボの設備だけでは解析できない。警視庁の科捜研に、後日解析を依頼するということになった。


「この件については、私が科捜研に出向きます」

「え? でも、さくらさんに何から何まで任せるわけには……」

「ちょっと、恵介さん」


 さくらさんは腰に手を当て、半眼で僕を睨みつけた。


「あなたは戦闘に巻き込まれる立場でもあるんですよ? ただでさえ危険な目に遭っているんですから、それ以外のことは私がやります。いえ、私にだってできます」

「ああ、す、すみません……」


 僕がおずおずと引き下がると、さくらさんはぱっちりと目を見開いた。丸眼鏡の向こうに、穏やかな色が浮かんでいる。


「ぷっ、ははっ」

「ちょっと、何ですか、さくらさん? 怒ってるのかと思ったら……」

「ええ、怒ってますよ。怒ってると同時に、おかしいなと思ってるんです」

「どういうことです?」


 すると、さくらさんはくるり、とこちらに背を向けた。


「大した意味はありませんよ。忘れてください。後片付けは、私に任せて」

「はあ」


 ここはお言葉に甘えるとするか。ぼくは研究棟を出て、宿舎の個室へ向かった。

 後はもう、シャワーを浴びて寝るだけだ。

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