第3話


 膳場はギヤをバックに入れた。

「仕方ありませんね。裏に回りましょう。幸雄さん、鍵持っていなさるか?」

「持ってます」

 膳場はかなりのスピードで、巧みに車をバックさせた。

 清二と膳場、それに洸一郎の間に過去何があったのか、幸雄は知る由もない。だが顔を見ただけで、あの厚顔な清二に尻尾を巻かせるだけの経緯があったのだ。一つの出来事のせいなのか、長年に亘って積りに積った感情なのかは分からないが。

「中に入れますから、鍵貸して下さい」

 車を停めた膳場が振り向いた。

 鍵は脇戸用だ。脇戸から入り、門を開けようというのだ。

「いや、いいよ、膳場さん。歩いていくよ」

 降りようとする膳場を制して、幸雄は後部座席のドアを開け、降り立った。

 夏の暑気がムッと押し寄せてきた。

 脇戸を潜って中に入ると、それだけで、もう汗が吹き出てきた。喪服が熱を溜めこんで、体が煮えるようだ。だが、幸雄は満足して眩い日輪を仰いだ。夏が好きなのだ。肌を灼く狂おしい程蒸れた陽射しの中にいると、生きているという実感がする。

 上着を脱いで、幸雄は歩き出した。

 車が通れる太い道を外れ、灌木の間を縫って歩いていくと、すぐ低い生垣を廻らせた建物が見えてきた。母屋から延びた翼が、細長く張り出しているのだ。

 外れ――右端――に浴室がある。その隣が脱衣室。廊下に胸元位までの高さの衝立があって、この二つは一応外から目隠しされている。 その左から、母屋へ向かって幾つか部屋が続く。各部屋へのアクセスは、前面に細長く続く廊下からだ。廊下側には、レースのカーテンが引かれていることが多いが、この日は引かれておらず、強い陽射しが、ガラス越し、廊下を明るく照らしていた。

 幸雄は生垣に沿って母屋の方へ回る積りだった。

 生垣に達した時、携帯の呼び出し音を聞いた。 それは建物の中から聞こえた。誰のだろう?

 呼び出し音は鳴りやまなかった。こんな所に置き忘れて、さぞ困るだろうな、では回収しに行くか、と思っていると、突然、衝立越し、脱衣室の扉が開くのが見えた。

 廊下にしをりが飛び出て来た。

 身体にバスタオルを巻き付けただけの姿だ。

 幸雄の足が止まった。思わず傍らの木の陰に身を隠していた。何も邪心を起こしたわけではないのに、いけないものを覗き見ているような罪悪感を覚えた。

 しをりは、丈の低い黒檀の長持ちの上から携帯を取り上げて、画面を眺めた。

「もしもし」

 声がはっきりと聞こえた。

 その時、どこかに引っ掛けたのか、バスタオルがハラリと開いた。

 しをりは慌てて、タオルを押さえた。すると、携帯を落としてしまった。

 今度はしをりの注意が携帯にいった。

 だが、運悪く、お手玉した携帯は跳んで、長持ちの裏に落ちたようだ。バスタオルも床に落ちてしまった。

 ほれぼれするような見事な肉体だった。

 湯上がりの白い裸身がギラギラと照りつける陽を撥ね返し、まるで肌自体が発光しているように、眩く幸雄の目を射た

 掛けてきた相手は余程大事な得意先なのか、しをりはバスタオルを諦め、長持ちの上に屈みこんで、携帯を拾いにかかった。

 眼前に、たっぷりした白い尻が突き出された。

 手の動きにつれて、その肉がプルプルと震える。股間があからさまだ。円やかな肉の盛り上がりと対照的に、中心に落ち込む谷筋がピンク色に深く彫り込まれている。

 両足が開かれた。

 筋が綻び、谷が広がった。谷底の奥まで、滾るような夏の日光が突き入り、そこがギラギラと光を返し、濡れているように見えた。

 幸雄は下半身が暴走し始めるのを感じ、ぞくりとした。その姿勢のしをりに後ろから押し入りたいという強い欲求にかられた。

 しをりははなんとか携帯を拾い上げた。相手に詫び言を言いながら、背筋を伸ばした。今度は半身になった胸に、ひとしお白い乳房が見えた。こんもりと盛り上がり、薄く染まった乳首は勃っているように見える。

 喋りながら、空いた手が無意識に乳首を摘み始めた。それを見た幸雄は我知らず動き出していた。

 浴室の傍らには外に通じる扉がある。普段は出入りする者もないが、多分水回りのメンテナンスとかの際、出入口が近くにないと不便だから設けられているのだろう。ここの鍵は幸雄も持っている。

 鍵を開けて、扉を開いた。殆ど音がたたなかった。

 靴を脱いで上がる。強い光に馴れた目に、前面に窓がない三和土は暗く感じられた。

 目の前に、側面に陽を浴びて立つ、バロック彫刻のようなしをりの裸身があった。しをりは幸雄にまだ気付いていない。丁度通話が終わったらしく、思案に耽りだした。手は乳房に軽く添えられている。

「ただいま……」

 開いた扉を、音がたつように強く閉じた。

「キャッ!」

 驚きに、しをりが竦み上がった。

「あ。いや……驚かせて済みません! 今戻りました」

 こちらも面食らった表情をうまく作りながら、そう言った。

 しをりは携帯を握ったまま、両の腕と手で、胸と下腹部を隠した。楽園追放のイブの姿のようだった。

 幸雄は廊下に上がり、素早く床のバスタオルを拾い、しをりの体を覆った。

「祭が出ていて、表から入れなかったものですから。済みません」

「ああ。そうよね……」

 バスタオルを纏いながら、彼女は上気した顔を幸雄に向けた。その表情には、少なくとも非難や警戒の色はなかった。

 それなりに厚さがあるタオルが、それでも女体の起伏に沿って盛り上がるのを、思わず食い入るように眺めてしまった。

「ご苦労様でした。幸雄さんもお風呂に入ったらいかが?」

 その声は平静だったが、表情は明らかに幸雄の目を意識していた。彼のスラックスの前が突っ張っているのにも気付いたはずだ。

「そうします」

「さっぱりしますよ」

 その場で服を脱いで、いきり立つものをしをりに見せつけてやりたいという衝動にかられたが、下品過ぎる。幸雄は黙って脱衣室に入った。

 年季の入った古色を帯びた籠の中に、きちんと畳まれた喪服が入っていた。

 捲ってみると、洋式の下着ではなく、腰巻があった。

 まだ温かみの残るそれを抜き取り、顔を埋めた。汗の入り混じった熟れた女の匂いが鼻腔に充ちた。

 天を衝かんばかりに上向きに逸り勃ったものが、更に固く締まり、自分でも痛い程だ。先端が早くも濡れだした。


 湯から上がり、脱衣室に出ると、しをりの喪服はなくなり、幸雄の夏のバジャマが用意されていた。よく見つけられたなと感心する。だがこの陽の高い内からパジャマか……?

 下着はなかった。しをりは幸雄の妻ではないから、そこまでは遠慮したのだろう。幸雄は裸の上に直にパジャマの上下を着けた。

 廊下に出て、辺りを窺った。

 しをりの姿はもうなかった。だが、どこか近くにいる気配を感じた。

 今広い邸宅の中に、しをりと自分二人きりなのだ――。

 ゆっくりと歩きだした。廊下は小さな軋み音をあげた。しをりが近くにいれば、彼の接近に気づくはずだ。

 脱衣室の先が納戸になっている。その戸が開いていた。

 中にしをりがいた。

 納戸は普段着ない服などをしまっておく所だ。しをりの持っている喪服がまさか一枚だけということはあるまい。今日はいつも使用していない服を着用したということか?

 しをりは白い夏らしいスリップ型のワンピースを着て、畳の部屋の真ん中に正座していた。彼女の前にはタトウが広げられていた。

「幸雄さん」

 廊下の気配に、しをりが振り向いた。

 心なしか、その眸に潤みがあった。

「済みませんけど、背中、上げてくださらない?」

 澄んだ女らしい声。

 ワンピースの背中のファスナーが、中ほどで止まっていた。

「はい」

 幸雄の声は低い男らしい声だ。しをりの女らしい声といい対をなした。どちらの声も静かな室内に軽く反響した。

 幸雄はしをりの背後に回った。

 昔流行ったボディコンとまではいかないが、身体の線を強調するワンピースだった。胸の隆起や尻の膨らみがはっきり看て取れる。ブラジャーはしていない。

 そっと肩に左手を置いた。

 ぴくりと体が震えた。搗きたての餅のような肌が一斉に毛穴を開いて、全身で呼吸をし始めるような印象を持った。

 ゆっくりとファスナーを引き上げた。キューと細作りのファスナーが小さな悲鳴をあげた。

 静かにファスナーを離す。

 片手はまだ肩に置いたままだ。しをりもじっとしている。

 おそろしい程張り詰めた一瞬が流れた。重圧に耐えかねたように、肩がまた震えた。

 次の瞬間、幸雄はファスナーを、逆にいっきに下まで引き下ろしていた。

 しをりの背が竦みあがった。

 間髪を入れず、割れた後身頃を左右に大きく裂いた。湯上がりのピンク色に染まった肌が露わになった。

 後ろから抱きつき、腕を回して引き寄せ、乳房を鷲掴みにした。

「ああ!」

 しをりが喘いだ。飲む息と一緒に洩らした切ない声だった。

 正座が崩れ、尻が畳に落ち、脚が流れた。すかさず裾を捲って、手を入れた。

 予想通り、下着は着けていなかった。剥き出しのそこに指が直に触れ、そのまま潤んだ内奥に滑入した。

「おおお…!」

 しをりの喉が鳴った。その白い喉を反らせて歪む顔に、みるみる血の気が差してきた。

 その顔が幸雄の方に曲げられた。目はその瞬間閉じられ、それからおずおずと開いた。悩まし気な表情が、ぞくっとする程美しい。

 半開きの唇からそっと舌が出てきた。

 もとより望むところだ。

 唇を重ねた。柔らかく甘い唇。幸雄も舌を突き入れ、互いに口を貪りあった。

 ほっそりした腕が下方へ伸びて、男の腰をまさぐった。人妻らしい仕草だ。パジャマの前はボタンをとめていない。暴れ出ようと張り切っていたものは、いとも容易く引きずり出され、柔らかい掌にくるみ取られた。先端からはもう魁となる透明な液が垂れている。すぐにしをりの手が動き出した。

 いい意味で予想を裏切る大胆な手の働きだった。ペニスは堪らず膨張した。

 幸雄は乳房と女体の奥深いところを弄んでいた手を放し、女の腰周りに押し下げられていた服を纏めて掴み、いっきにしをりの体から引き抜いた。

 乱暴な行為にしをりの髪が巻き上げられ、乱れて散った。肩を越す素直な黒髪だ。

 しをりをそっと突き倒した。

 後ろ向きのまま、肩甲骨の間を押さえて床に押し付けた。

 しをりは、体を一直線にして横たわった。ぴたりと腿を閉め、動きを止めた。

 幸雄は舐めるように裸体を視た。真っ白な全身に血の色が注ぎ始めている。

 豊かな腰部に盛り上がる双丘。それを鷲掴みにして、外側に引っ張るように揉んだ。奥まったところで潤っている部分が強制的に開かれたり閉じられたりし、するとそこから湿った音がたった。

 しをりの反応が見たくなった。

 力を篭めて仰向けにした。上を向かされたしをりは両手で顔を覆った。

 彼女の全身が白日に曝された。幸雄はその肢体の美しさに言葉を失った。

 二十八という年齢がもたらす、若々しくも成熟したしし置き。盛り上がった乳房は特に白く、静脈が微かに浮いて見える。くびれた胴。腰から膝にかけての円い曲線。縦に切れ込む臍。程よく脂を置いた下腹。その下の淡い茂み。そして秘められた部分に開く潤った渓谷……。すぐにも埋まり込みたくなる欲望を抑えて、幸雄はゆっくり、しかし力強くしをりの股を割った。

 そこは、深い夜が明け、新しい日を迎えたばかりの、朝露に濡れた白い薔薇のようだった。大輪の花弁はほんのり赤みを帯び、重なりの内側が、更に濃く染まっていた。

 幸雄は我が物とした美しい獲物を、かぶりつく前の肉食獣のように舌舐めずりしながら、目で食べていった。

 たっぷり視線で犯してから、おもむろに自分も裸になった。


 しをりの裸身を見たのは、初めてではない。

 秘部を見たことも、そこが男のものに貫かれて、淫らに拡張する様子も幾度も目にしていた。

 榊邸には露天風呂がある。因みに、さっき入った風呂もそうなのだが、この辺り一帯は温泉が出る。どこの家も、熱泉を水にうめて家庭の風呂に使用していた。

 榊の露天風呂は三十坪もの広さがあった。そこを家族や使用人が使うのだが、榊家では混浴がしきたりだった。

 幸雄もよく夫婦で入ったが、洸一郎もしをりを伴って入りに来た。幸雄達が岩風呂の中で抱き合っている時、洸一郎達が入ってくることもあった。

 榊家では風呂場へのバスタオルは持ち込み禁止なので、しをりは手拭いで下腹部のみを覆って、恥ずかしそうに姿をみせた。湯船に手拭いを入れることも禁止だから、浸かる時にはそれも放すことになる。

 洸一郎や由香里には羞恥心というものがなかった。二人は何も隠さず堂々と入ってきた。幸雄も二人に倣ったが、抵抗感はなかった。

 だが洸一郎などは、湯に浸かるなり、すぐしをりを引き寄せて、いきなり行為に及ぶことがあった。

 湯の真ん中に立った洸一郎に、駅弁スタイルで貫かれるしをりや、流し場で後ろから犯されるしをりの姿を、幸雄は何度も目にした。そんな時、由香里なぞは平然としていたが、幸雄は下半身の変調を誤魔化すのに苦労したものだ。

 洸一郎にはその方面の良識は全く欠如していた。彼にしてみれば、精力は男の活力の源泉であり、行為はその証だったのだ。

 その洸一郎も、実の娘の由香里には流石に手をつけない。だが幸雄と由香里の行為を目にすることを嫌った。老人から見れば、どこの馬の骨ともわからない男に大事な愛娘が玩ばれているような気がして、我慢ならなかったのだろう。露天風呂で夫婦が営みを交わしているところを何度か洸一郎に見られ、あからさまに不興の色を示されてから、幸雄は露天風呂に足を向けなくなった。老人の死後もその習慣は続き、だから、しをりの裸を見るのは一年半ぶりだった。

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