第13話
駅にはきっかり10分で着いた。
ジベルニーはすぐに見つかった。駅前のロータリーに面した一番目立つ場所に派手な看板が出ていた。店は飲食店ばかり入ったビルの地下だ。
「らっしゃい!」
耳を塞ぎたくなる程の大声で、近くにいた店員が声をかけてきた。他の店員もそれに唱和した。声だけで、こっちを見ない店員もいるが、とにかく活気のある店だ。昼時なのに混んでいた。
空いている席を探すふりをしながら、小百合の姿を探した。
すぐに見つかった。
奥が座敷になっていて、間仕切りを払って一杯に使っていた。そこに年齢が同じと見える若者ばかり集まって気勢をあげている集団がいた。その中程、壁を背にこちらを向いて、小百合は座っていた。いつもと髪型がちょっと違うようだ。おめかししたようだ。見たことのないノースリーブの黒のカットソーを着けている。座っているので、下の服装は分からない。
あてが外れた。本当に小百合は来ていたのだ。これでは、若い愛人の素行が気になって仕方がなく、やむに已まれずこっそり確認に来た、自信がない哀れな老人の図、だ。まあ、事実そうなのだが、小百合には覚られたくなかった。閉じている障子の影に隠れようとしたが、
「らっしゃい。こちら、どうぞっ!」
鼓膜を破る勢いで、側の店員ががなりたてた。
小百合が清二を見た。
しまった――
清二は観念したが、小百合は何事もなかったように目を転じた。向かいの男に話しかけられて にこにこしている。清二のことは全く無視だ。同級生に老人の妾だと知られたくないという気持ちは分かるが、露骨にそう振舞われたら、面白くない。
それでも清二は小百合の視界から外れ、彼らのテーブルを観察した。
色々飲み物が並んでいる。ビールの乾杯は大分前のようだ。食べ物も皿の中は大分減っている。空いた皿が何枚も片隅や畳の上に重ねられていた。
「ご注文は?」
若い店員がまだ傍らにいた。気付けばテーブルの前に立っていた。そこは空席だった。
「賑かだねえ?」
座るつもりはない。
「同窓会かね?」
「ええ。まあ……」
店員の声の音量がずっと落ちた。
「何時からなの?」
「12時半からですね」
「だけど、何人か遅れて来るのもいるだろ? 案内も大変だね」
「いえ。今のところ遅れていらっしゃった人はいませんね」
小百合は遅れて来たのでもなかった。
ところでどうするんだ、というような目で店員は清二を見遣った。
「人と待ち合わせしたんだが、店を間違えたようだ。邪魔したね」
「はあ……」
清二は入口へ向かった。
暖簾をくぐる清二の背に、
「ありがとうございましたあ! またどうぞ!」
今日一番の大声が浴びせられた。
店を出た清二は小百合の家へ回った。
駐車場には小百合の赤いシビックがあった。
清二は唸った。
モーテルからここまでは約30分。ここから駅までも30分だ。合わせて一時間。モーテルに着いてから、何もしないで家に帰り、車を置いてすぐタクシーでジベルニーに向かっても、同窓会の開始には間に合わない。それどころか、絶対に清二より早く着くことは出来ない。
やはり自分の勘違いだったか? そもそも小百合と洸之進が知り合っているわけがない。いくら狭い市といっても、小百合と洸之進では、年齢も居住区も生活パターンも違う。小百合が気になるあまり幻覚を見たか? そうだとしても、何故洸之進だったのか? 洸之進を小百合と関係づけて考えたことは一度もなかった。
俺もヤキが回ったか?
不機嫌に車を出そうとして、ふと目が止まった。
シビックのタイヤに、心なしか土が多目に付着しているように見えた。
やはり農道を走った? まさかな……。
清二は首を振った。そうだとしても、ジベルニーまで一時間かかるのは同じだ。時間的に清二を追い抜くことはできない。
馬鹿馬鹿しい! 一人相撲を取ってしまった。とんだ道化だ。
首を振り振り、清二は車を発進させた。取り敢えず夜までどこで時間を潰すかが問題だった。
榊洸之進は笑いこけていた。
さっきからずっとこうなのだ。小百合の顔を見ては笑いだす。はじめは自分も可笑しいので、彼女も一緒になって笑っていたが、そのうち馬鹿馬鹿しくなったようだ。
「何よぉ……」
小百合は下になった洸之進の頬をびしゃぴしゃ叩いた。
するとまた洸之進は激しく笑いだした。
果てた後の男の部分がまだ充分な硬度を保ったまま体内に納まっている。それが洸之進が笑うにつれ、中で暴れる。
「うん……!」
また気持ちがよくなって、小百合は首をくねらせた。
「ゆりさんも悪だよね?」
洸之進は目に涙を溜めて笑っている。そんなところが年上の女には何とも可愛らしい。顔だけ見ている分には女みたいで、キスする時など、まるで同性にキスするようで、分かっていてもつい倒錯的な興奮を覚える。
「
キッズケータイとは、親が子供の居場所を把握するために持たせる専用の携帯である。近頃は地方都市といえども物騒だ。塾や稽古事で遅くなる子供をもつ親が、子供の現在位置をディスプレーの地図上ですぐに確認できるように出来ている。
(※作者註:この物語の舞台になった二〇〇〇年前後の当時の状況)
そのお子様用携帯を、小百合は清二に買い与えたわけだ。
好色な小百合が、連れ込んだ男に清二を鉢合わせさせないために考えた工夫だ。
初めに清二から電話があった時、小百合は応答しなかったが、すぐに彼の位置を確認した。だから清二の車の前を通過した時は、目視より先に存在を把握していたのだ。
「あんただって! まりの話し偶々しただけで、それ巧く利用しようなんて、よく頭回るね?」
まり、とは小百合の一卵性双生児の姉妹である。清二からの着信の前、洸之進達は偶々まりのクラス会の話しをしていた。小百合とまりは同じ高校に通った。クラスは別なので、今日のクラス会は小百合は全く関係ない。それを利用しようと言い出したのは洸之進だ。
「でも、麻里さん呼んだのはゆりさんだよ」
「それは、あんたがどうしてもすぐしたいって言うからよ……。麻里に感謝しなよ?」
「するよ。麻里さんが来なかったら、僕、途中で焼けたアスファルトに降ろされてた。そしたらゆりさん、義父と今頃やってたな……」
「仕方ないでしょ? でもちゃんと望み通りできたんだからいいじゃん。麻里の相手もちゃんとしてよ?」
「わかった」
モーテルに向かいながら、小百合は麻里に連絡を取った。偶々日曜日だったことが幸いした。麻里は家にいた。彼女の家というのは近くだった。清二の傍らを走りぬけたメタリックシルバーの車を運転していたのが麻里だった。
麻里は国際A級ライセンスの持ち主だ。
モーテルに到着した麻里は、シビックのキーを小百合から受けとると、直ちに農道を抜けて小百合の家へ向かった、というのが真相だった。
麻里自身ここのモーテルはよく知っていた。車を運転するのが商売の彼女は、農道の抜け道も承知していた。小百合からの要請に、可能と即答したものだ。
麻里への報酬は洸之進の体だ。
淑女協定というやつだ。
「大丈夫? 弾切れじゃない? 麻里とやれる?」
まだ鋼のように勃っている男のものをぺしぺし叩きながら、小百合は舌でチロチロ自分の唇を舐めた。
「大丈夫だよ」
小百合は、さっき冷房の風を避けるため洸之進が胸に掛けた掛布団を剥いだ。
色の白い小百合と同じくらい色白の肉体は、男なのに若々しい膚の艶に照り輝いている。
よく締まった胸を擦った。すべすべだ。指で小さい乳首を刺激した。するとコリコリと硬くなってきた。
「あ~ん。可愛い!」
小百合は洸之進の胸に頬擦りし、自分の胸を合わせ、重力で下方へ膨らむ乳房を押し潰した。片手で洸之進のものを摩擦し、片手で避妊具を引き寄せた。
「またしよう!」
麻里のために洸之進の精のストックを気にしたことなど、もうすっかり忘れていた。
すぐに跨がって腰を沈め、騎乗位で激しく腰を捏ねて責め立てた。
結局、更に二度、洸之進は放出させられた。
モーテルを出た時は4時を回っていた。麻里の車で麻里の家に洸之進を送り届け、シビックのキーを返してもらって、タクシーで小百合は自宅に帰った。
洸之進との行為で一度〝仕上がって〟しまった好色な体は、容易に鎮められなかった。小百合は自分で自分を慰めながら、コケにした清二の登場を待つ身になった。
つねも自分で自分を慰めていた。
さっきから断末魔の獣めいた金切声が洸之進の部屋から聞こえてくる。入口の障子を開け放っているのだ。この暑さだから仕方ないが、少しは同居人にも配慮すべきではないか。曲がりなりにも自分は彼の義母なのだから。
10分程前、女を連れていきなり洸之進が帰ってきた。髪を金髪に染めたヤンキー娘だった。洸之進より少しは年上だろうが、大して変わらない小娘だ。女はつねの顔を見ても恐縮する振りもなく、洸之進もつねを紹介しなかった。女はつねをおおかた女中くらいに見なしたようだ。
そして洸之進の部屋に入るや否やいきなり始めたのだった。
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