第14話

「ふうぅ……」

 つねは肩で息をした。

 よくヤンキー娘が軟弱そうな洸之進なんかを相手にするものだ。年上というところがポイントなのかもしれない。洸之進にはどうも年上の女の母性本能を擽る何かがある。

 つねは古めかしい柱時計を見上げた。

 零時を回っていた。何度見ても針は遅々として進まない。長くて辛い夜だ。

 丹色だけにした薄暗い部屋で、つねはもんもんと寝返りをうった。気が付くと寝巻きをすっかり脱いで、下着も取り、素っ裸で乳房を握っていた。

 足元の方にも同じように蠢く影がある。

 つねは肘をついて頭を起こし、開いた鏡台を覗き込んだ。

 発情した牝の姿がそこにあった。

 乏しい光の下でも、ばっくり裂けた襞の奥からぬるりと溢れ出るものがあり、光るのが判った。

 年の割には均斉の取れた肉体。だが年相応にししおきもついた肉体。ほら。あたしだって女盛りなのに――とつねは思う。

 洸之進はいつもこうなのだ。清二が殆ど家に帰らないことをいいことに、いつもいつも違った女を連れこんでは、わざと自分にあてつけるように派手な痴態を繰り広げる。何でそんなことをするのだろう?

 若い女だけというのならまだしも、洸之進は見境がなかった。中年や明らかにつぬより年上の女も連れてきた。そうして年嵩の女達も一様につねの存在など歯牙にもかけない態度を示した。洸之進は彼女達につねのことをどう話しているのだろうか? 見るからに水商売やすれっからしの女も少なくなかったが、そうかと思うと、明らかに良家の奥様というのも混じっていた。

 つねは〝あの夜〟のことを思い出す。

 夜な夜な女を連れ込む洸之進に業を煮やして、つねは洸之進を叱りつけに行った。たまたまその晩、洸之進は一人だった。

 外から声をかけた。障子を開けて姿を見せた洸之進を見て、つねは息を飲んだ。

 素っ裸だったのだ。

 動転寸前、何とか踏み留まって、つねは叱り始めた。

 すると洸之進がにこりとした。

 それから何が起こったのか、つねにはすぐには分からなかった。

 気がついた時にはキスされていた。それにどこをどう捌けばそうなるのか、寝巻きの紐が落ちて、大きくはだけ、彼女の内側深くに洸之進の指が入り込んでいた。

 あっと思う間も無く、畳の上に押し倒され、のしかかられていた。華奢そうといっても男の力だ。押さえ付けられ身動きできぬまま、次には挿入されていた。

「ぎゃああ!!」

 つねは絶叫した。

 もう激しい抽送が始まっていた。有無を言わせぬパワーで責め立て、狩の獲物のようにつねを追い立てていった。追い立てられた獣は退路を失い、自由を失い、狂乱のうちに止めを刺される。

 意志に反して肉体の暴走は止めようがなかった。つねはここ何年か、清二と没交渉だった。つねの肉体は男に餓えていた。あっさりとつねは洸之進の前に膝を屈してしまった。

 それ以来、つねは洸之進の性の奴隷だ。女を連れ込まれて無視されようと、長いこと放っておかれようと、離れることができない。一週間に一度ほどの、お情けのようなセックスが与える快楽に、つねはすべてを赦した。

 身を起こして、鏡の中の女の顔を眺めた。

 満たされない欲求が澱のように凝って、精神を苛む黒い隈になっていた。それでいて、理性が崩壊する寸前にまでに昂った蕩心が、見る者を思わず後ずさりさせそうな、ある種の凄絶さを生んでいた。

 あたしだって昔はいい女だったんだ――

 両手で乳房を掴むように持ち上げた。手放せば、二つの房は重力に従ってプルンと垂れて弾み、揺らしたグラスの中の水のように滑らかに躍った。

 事実若い頃のつねはなかなかの美人だった。

 実は彼女も一時洸一郎の寵愛を受けたことがあった。だが洸一郎はすぐにつねに飽きた。その理由を洸一郎は、あの女は阿呆だ、と言っていたと人づてに聞いた。

 そして弟の清二に押し付けたのだった。清二こそいい面の皮だ。清二夫婦の不仲は始めから運命づけられていたようだ。

 つねは四つん這いになり、股の間から鏡を覗き込んだ。

 普通なら見るのも憚られるあからさまな女体の奥部――その中央部には、潤み弛んだ襞の中、暗い洞が開き、ひくひくと喘ぐように開閉しながら、欲望の涎を垂らしていた。その浅ましい部分の前方に垂れ下がる乳房があり、、先端から強ばった乳首が突き出ていた。息が不規則に乱れ始め、それにつれて全身の火照りが増し、体が悲鳴をあげて悶えた。胸の膨らみの狭間に見える自分の顔も悩まし気な色を濃くしてきたようだ。

 こんな淫らな自分の姿をわざわざ鏡に写して見るようになったのも洸之進のせいだ。

 鏡を使用するのが洸之進の性癖だった。後から抱き抱えるように交接され、幼児の小便のように脚を持ち上げられ、その格好を正面から見させられたり、床を這わされ、頬を畳に擦りきれんばかりに押し付けられて尻だけを上げさせられた格好で後から挿入される屈辱的な姿を見させられたり、とろんとした目で、洸之進のいいなりに陰曩の裏を舐めている自分の横顔を見させられたり――とにかく恥ずかしい姿ばかりを見させられてきた。

「いいぃ……いゃあああ……ひぇええー……いぃぃ……」

 変な宗教の呪文みたいな何とも奇妙な悲鳴が、粘り付くような重苦しい闇を切り裂いて耳に刺さって来た。軋むような金属的な声なので、よけいに勘にさわる。

「ふんん……」

 つねは鼻からねっとりとした息を吐くと、身を起こし、寝巻きを肩に引っ掛けた。

 もう一度鏡に一瞥をくれて、放恣な姿に蕩心をたぎらせると、部屋を出た。

 寝巻きが引き戸のどこかに引っ掛かった。するりと布が剥がれ、一糸まとわぬ生身だけが廊下に踏み出ていた。が、そんなことはもう気にならなかった。

 廊下にはむっとする暑い空気が澱んでいた。中生代の獰猛な肉食竜のあぎとに、生臭い息を浴びながら濡れた舌で絡め取られたらかくや、という感じだった。

 つねは全裸でゆっくりと薄暗い廊下を進んでいった。足下で板がギシッと鳴ったが、幼児の嬌声のように甲高くはない。地方の旧家らしく堅牢に組み上げられた床材の声は、むしろ老人のしわぶき声のように低かった。

 一歩歩むごとに昂っていく。汗に濡れた解れ毛が額にまつわり付いている。その感触すら鋭敏につねの性感を刺激し、欲望を滾らさせた。

 案の定洸之進の部屋は全開だった。照明は丹色に落とされている。

「い……いゃやややあ……ぁいいいぇ!」

 また呪文が、今度はすぐ側でした。

 覗きこむと、真っ先に鏡面が目に飛び込んできた。

 西洋の祭壇画のように三面に開いた右端の鏡面が、彼らのあられもない交接をつねに見せていた。

 洸之進は、いつもつねをそう扱うように、ヤンキー娘を後から抱き抱えるようにして交接し、腿を掬い上げた体を鏡に晒させていた。洸之進の腰がクイクイと動き、ヤンキー娘の女の部分を深く浅く抉っていた。

 つねは体が粟立った。痛いようなさざ波がザワッと両腿を這い登り、股間の深奥でぶつかり、呑み込まれた。呑み込まれた〝口〟がそれでこじ開けられる感覚が、今度は乳首や頬、唇など全身を刺激した。体から力が抜け、頭が揺らぎ、肩が振れ、膝がガクガクした。

 鏡の中で洸之進がにやりと笑いかけた。

「おいでよ」

 その声に、勝新太郎の座頭市みたいに白眼を剥いていたヤンキー娘がはっと目を見開き、鏡を見やり、間髪入れず振り向いた。

「いやあっ!」

 女は洸之進の膝を転げ落ちた。

 痩せた女だった。手足が長い。それも骨張っている。腰も小さい。だがさっき鏡の中に垣間見た女陰は、ムール貝みたいに大振りだった。

「なんだよ、てめえ。このババア!」

 その言い草で踏ん切りがついた。つねは構わず部屋に入った。

 胡座をかいている洸之進の肩を撫でた。洸之進は左手でつねの尻をまさぐり、肉を割って間に指を沈めた。

「何だってんだよ。てめえ!?」

 ヤンキー娘は横座りになり、二の腕で胸を隠した。一応羞恥心はあるようだ。

 器量よしとはいえない細い顔にそばかすが浮いている。気の強そうな眸が睨み付けていた。

 洸之進は笑っているだけだ。

「出てけよ、ババア!」

 挟雑物の多い声がヒステリックに叫んだ。

「ここはあたしの家だよ。騒ぐのは止しな」

 つねは伝法な口のききかたをした。相手に合わせたのだが、地でもあった。

「どぉゆう積りだよお!?」

 女は今度は洸之進に食ってかかった。牙を剥いた山犬みたいだった。

 洸之進は相変わらず笑っているだけだ。指だけは忙しく動かしている。クチュクチュと卑猥な音がつねの股間からたった。

「むむ……!」

 つねは立ちながら股を開いた。

 女は憎々し気に洸之進を睨みつけた。

「とんだ変態やろーだ。好きなだけババアとやってろ!」

 女は脱ぎ散らした衣服をかき集めだした。

 女の脚を洸之進の右手が捉えた。そのままずるずると手元に引寄せた。

「な、何すんだよお! は、な、せ、よぉ!」

 大して力をいれていないようなのに、女の体は滑るように容易く引寄せられていく。

 右の背側――尻の上部に刺青があった。二枚のトランプが重なった図柄だ。ハートのエースとクィーン。エースが上だ。洸之進はそこに舌を這わせた。

「止めろよ!」

 女が殴ろうと振りかざした腕を素早く捕えて、すぐに反対側の腕も捕え、洸之進は後ろ手に女の両手首を重ねて動きを封じた。それを右手一本でしたのだ。それでもう女は全く動けなくなった。

「ぁにすんだよ! 放せよ、こんガキ!」

 女は必死で抵抗した。立ち上がろうとして、背を向けてしゃがむ格好になった。却ってそれがよくなかった。洸之進の一押しで頭から床に崩れ落ちた。突き出た尻が洸之進の格好の的になった。

 片膝立てた洸之進が後から突き入った。

「ぎゃああああああ!」

 死んでも出ない程の悲鳴だった。女は身を捩って猛烈に頭を振った。

 そんなことには頓着せず、洸之進はつねの股から指を抜いて、人差し指でつねに指示を出した。

 躊躇なく、つねは女を跨いだ。すると股間にまた洸之進の手が潜り込んだ。

 女のような柔和な顔をした洸之進は指も柔らかい。それに一本一本が独立して器用に曲がる。突き出た部分にも落ち込んだ部分にも、軟体動物の脚のように指は同時に絡み付いた。

 洸之進は猛烈に腰を振りながら、一方で高速で指を動かした。

「いいいいゃああああああ……!」

 女がまた悲鳴をあげた。今度のは嫌なのか嬉しいのか、微妙だった。

 どちらかなど気にする様子もなく、洸之進は動き続けた。

「ごふっ……」喉に息を詰まらせ、女が一旦静かになった。

「あああああ……。いい、いい、いい……!」今度はつねがよがりだした。

「いっ……いっ……いっ……いっ……」抑え込まれた女もこまぎれな呻きを漏らし始めたかと思うと、

「いっ! ゃあああああ!」突然絶叫した。

 洸之進の腰の動きが変わっていた。テンポが遅くなり、かわりにストロークが深く鋭角的になっていた。彼も達しかけているのだ。

 一方で手の方は更にテンポが速くなっていた。器用なことだ。両手足が別の動きをするドラマーみたいだ。

「ああっ。ああっ、あっ……」

 つねもおかしくなってきた。頭が真っ白になった。

 突然股の間からシャワーのように液体が迸った。

「ああああああああ……!」

 人の集まっている海水浴場で、海中で放尿するような、後ろめたくも陶然とする快感があった。

 奔流は洸之進の手に妨げられ、四方に飛び散り、しかし主にヤンキー娘の顔に降り注いだ。洸之進はわざとそうしたようだった。

「いやああああああ! いぇいぃいぃいい……!」

 ヤンキー娘はまた神がかりのような絶叫をあげて、猛烈に暴れだした。マスカラが流れ、派手な付け睫がとれかけている。

「へん、へん、へん……うぉー!」ヤンキー娘は噎せた。

 ふいに洸之進が女を解放した。

 転がるように女は洸之進から逃れた。服を抱えて立ち上がろうとしてよろけて、つねにぶつかりそうになった。

 つねは今では面影がないが、学生時代は器械体操をやっていた。元来反射神経はいい。素早く体をかわすと、女はたたらを踏んで障子に激突し、突き破った。

 辛うじて踏み止まると、

「ばっ、ばかやろお! てめえら二人とも憶えてやがれ!」

 と、喚き散らしながら、ばたばたと飛び出ていった。

 がたんがたんとあちこち体がぶつかる音がして、それから急に静かになった。

 突然洸之進が笑いだした。

 一旦笑いだすとなかなか止まらない。笑い上戸なのだ。

 仕方なくつねは舌を出して唇を舐めながら、自分で自分に触った。そこは洸之進の指にこじ開けられたままに弛んでいた。その形の中心に自分の指を挿し入れた。

 このまま何もしない積りはさらさらなかった。どうしてもする気だった。だって邪魔者はもういなくなったのだ。

 ふいに洸之進が笑い止んだ。

 目が合った。

 つねはふっと微かに洸之進が動いたと感じた。

 次の瞬間には、つねはもう畳の上に自分を見出していた。

 洸之進の動きはいつもこうなのだ。強い力を繰り出すわけではない。触れるか触れないかのほんの小さな力で、つねはいつも体を大きく動かされている。体に衝撃は殆ど感じない。背中に自分が放出した液の生暖かさを感じただけだった。

 自分の体内から突如として奔出する液体の正体をつねは知らない。どこから出てくるのかも分からない。ただ快感が最高潮に高まった時、ふっと身体の力が抜ける――その瞬間に噴出することがあると認識するばかりであった。

 気付いた時の格好は炙られているブロイラーのようだった。そんな姿勢のつねに上から洸之進が被さり、もう交接していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る