第8話
「やー、会いたかったよ、トモミちゃん。毎晩夢に見るよ」
「嘘ばっか。泥棒になっちゃうよ」
意外に古いことをいう。
幸雄はトモミの横に腰を下ろした。ソファーは予想の外低く、柔らかだったので、腰がぐっと沈みこんだ。足が前に突き出る格好になり、半勃ちのペニスの亀頭が小さなビキニから飛び出た。
「あ――」
「あはは……」
女達が嬌声を上げた。
すかさずトモミが握りしめた。拳がビキニの中に入ってきた。
話の腰を折られたトガワは少々不満げだ。
「おおお……元気だね」
確かに幸雄のものは、みるみる長さと硬度を増していった。
「ヤマダさんのは、でかいよね」
「だろ? 口に入りきんないぞ」
「あたしのテクを舐めないでよ?」
「舐めるのは任せる……」
言い終わる前に、トモミにパクッと銜えられていた。
それでトガワの手がトモミの胸から外れ、ブラジャーからはみ出た乳房が幸雄の腿で潰れた。幸雄はそれを揉んだ。乳首は既に硬く尖っていた。そこを責めると、トモミが身悶えした。
ハツエもいつの間にか腰をずらして、トガワのものを銜えていた。
こうしてパーティーが始まっていた。
ここではコンドームが義務づけられている。コンドームを装着すると、感覚の鈍化は避けようがないが、逆に長持ちはする。
幸男がトモミの上で奮闘していると、徐々に人が集まってきた。
新来者達はすぐには参加せず、元からの二組の営みを見ていた。いつの間にかリョウも姿を見せて、遠慮のない喜悦の声をあげるトモミを、ちょっと複雑な顔で見ている。
スィートにはいくつかの部屋がある。その内新来者達もパートナーを選んで、好きな場所へと移っていった。
その後もやって来る者がいた。今夜は参加者が多いようだ。それでも、前もって主催者が偽名で部屋を抑えるので、その部屋数分しか客は来ない。男女の数に偏りがあったり、何となく盛り上がらない時など、主催者夫婦の片方ないし両方が参加することがあるのだが、今夜は彼等の出番はなさそうだ。
トモミの上で果てた幸雄の目に、ちょうどやって来た女の姿が映った。
待っていた。みどりだ。
みどりが現れると、いつも場の雰囲気がガラリと変わる。パッと華やかになるのだ。
みどりはグラマーだ。上背もあり、ダイナマイトバディーだ。そのくせ小顔で優しい顔をしている。人目を惹く美貌だ。
「ハ――イ」
幸雄に手を振り、にっこりする。
「ハ――イ」
幸雄もトモミから彼自身を抜いて、それを振ってみせた。
「あはは……やだ!」
居合わせた男達が面白くない顔をした。幸男が羨ましいのだ。皆は幸男がみどりの好みなのだと思っているだろう。だが実は二人は旧知なのだ。
幸男が初めてこの会に顔を出したのは、まだ学生時代、麻里に連れられてだった。セックスが大好きな麻里は当時ほうぼうの、似たような会に顔を出していた。その内の幾つかに、幸雄も顔を出すようになったが、そのうちに飽きてしまった。今も続いているのはこの会だけだ。
何故この会だけ出るのかというと、みどりに会えるからだ。
みどりは高校の同級生だ。
郷里のM県――今またUターンして暮らしている――の県立高校で、一二年の時同じクラスだった。
当時みどりは男子生徒に絶大な人気を誇っていた。男子の間で華やかな争奪戦が繰り広げられたものだ。だが、みどりは誰にも靡かなかった。
一方幸雄はというと、入学した時はチビだった。それが高校生になって、いきなり背が伸びた。男子は普通中学で伸びるものだが、稀に高校生になってから伸びる者がある。そういう者は例外なく長身になる。幸男がそうだった。日々伸びていく幸雄は学内でよく目立った。甘いマスクは女子に人気があった。人気という点では、幸男とみどりは男女の双璧だったのだ。だが、それが却って互いに相手を意識させたのかもしれない。みどりの気持ちは分からなかったが、幸雄はみどりが好きだった。だが何ら行動に移せないまま、三年生になって別のクラスになり、やがてみどりは転校していった。その内幸雄の方も転校し、縁が切れた。
この会で偶然邂逅した時、互いに一目で相手が分かった。
「山田君でしょ!?」
「鈴木じゃないか!?」
みどりの苗字は鈴木だ。平凡な名前だ。やり取りを聞いていた人達は、二人を本名だとは思わなかっただろう。
みどりがどうしてこんな所にいるのか――立ち入ったことは訊かなかった。人にはそれぞれ事情があるのだ。そして、こういう場所に出入することを知る人間の数は、少なければ少ない程いいのだ。顔見知りに知られるのが特に危険だ。脅しや強請、ストーカーの種になり、生活の破綻につながる恐れがある。同級生といえども、心をゆるすわけにはいかない。事情はみどりだって同じだ。だから互いに踏み込まないのだ。
しかし、ちょっと話しただけで、みどりが好感をもてる女性だということはすぐに分かった。少なくとも短時間ならそう思わせるだけの社交力はある。加えて、みどり程の容姿なら男に困ることはないだろう。だからここに来るには、何かしら理由があることになる。単純に荒淫なだけという可能性もあったが――麻里のように。
その麻里は彼女らしく、新たに現れたみどりに全く妬心を抱かなかった。一方幸雄は、自分にまだみどりへの執着があることを改めて自覚した。
みどりに対する思いと由香里に対する思いと――どちらが本当の思いなのだろうか? またしをりに対する思いととは?
それには幸雄自身も答えられない。同じように好きだとも言えるようだし、各々個別に好きなのだと言うこともできそうだ。
丁度美術愛好家が、モネ、ルノアール、ゴッホ、マチスをいっぺんに好きになれるように。音楽愛好家がバッハ、モーッアルト、ベートーベン、ショパンを同時に好きになれるように。
恋愛においても、社会的なモラル感から自由な人間には同じことがおこりうると幸雄は常々考えている。ただ、絵画や音楽と違うのは、男女間の情愛には相手を独占しようとする感情が強く働きがちなことだ。
では、自分は特に誰かを独占したいのか? そして反対に誰を独占できなかったのか?――この自問にも、幸雄はうまく答えられない。これ迄自分が好意を抱いた女性に袖にされたことはないし、もともと麻里のような女には愛を感じていないからだ。
その夜みどりを相手にできたのは一時間ほども経ってからのことだった。みどりも幸雄も人気があるのだ。
何度目かのシャワーから戻ってきたみどりを、自分も直前にシャワーを浴びたばかりの幸男がリビングでうまい具合に捕まえた。偶々ソファーが空いていた。二人は自然にそこに腰を下ろし、言葉を交わしながら手を握りあった。行為に及ぶにはそう間はなかった。
みどりの体はゴージャスだ。しかもくびれるところはくびれ、膚には張りがありつやつやしている。まるでそこだけ照明が灯ったようだ。幸雄も筋肉マンとはいわないが、逆三角形の若々しい身体をしている。おまけに道具が立派だ。
二人が営みを本格的に始めると、休憩をとっていた男女が周りに集まってきた。こうしたことがよくあった。二人の組み合わせは絶品なのだ。いつの間にか経営者夫婦まで来て、一緒に見ていた。
みどりは見られると興奮するタイプだ。股の開きが大きくなり、動きが激しくなる。大きな乳房が、揺らした枡の中の水のように、激しく波打って暴れる――天然巨乳に典型の動きだ。尻の肉もプリプリと波打っている。
幸雄が股間にぶら下げている肉の袋は、人より大きめだ。それが開ききった女の股を叩く。肉が打ち合う音がリズミカルに響いた。みどりにはそれがアヌス周辺への刺激になるようだ。喘ぎ声が一段と高くなり、ついには絶叫になった。一方、何度か抜いている幸雄は刺激に免疫力があった。
前から後ろから、上から下から――二つの肉体は絡み合ったまま激しくその体位を変え、フィギアスケートの選手がリンクを目一杯使うように、ソファーとその下に敷かれた大きなカーペット全体を完全に使いきって互いを貪った。
何度目かの射精を遂げた後、流石の幸雄も脱力した。直前に達したみどりも力を搾り尽くしたのか、グダっと寝そべって、激しく息を弾ませた。腹が大きく波打っている。
期せずして拍手がおこった。荒い息をつきながら、みどりがクスクス笑った。その動きで、急速に萎えていく幸雄のものが瞬間また強く握られた。
交接を解き、幸雄はみどりの横に身を横たえ、抱き寄せて、一度キスし、しばらくそうしていた。
やがてみどりは大きく一息吐いて、起き上がった。幸雄にキスし、離れていった。足取りにはまだ生気があった。
女は恐いと幸雄は思う。女はエンドレスだ。いつまでも欲望をたぎらせることができる。
側で悶え声がした。そっちに首を捻ると、目の前にまさに今男のものを呑み捕った女陰があった。幸雄たちに煽られた男女が交接を始めたのだろう。だがそれを見ても、もう何も感じなかった。
みどりとは、これでしばらく会えなくなる。一時会って肌を重ね、またすぐに別れていく――それが二人の付き合い方なのだ。
シャワーを浴びた幸男がそろそろ帰ろうと思っていると、内藤が寄ってきた。
「山田さん、まだいらっしゃいますか?」
「いや、もう帰る」
「お話ししたいことがあるんですが、少しお時間貰えませんか?」
「ああ、いいですよ。何ですか?」
「家内がお話しします」
寝具収納室を兼ねた小部屋に連れていかれた。そこにはみどりもいた。
「済みません、お遊びのところを」
内藤の妻はヴォリュームのある体をずらして、幸雄のためにスペースを作った。こう固太りだと、肉に圧迫されて肝心の道具は狭そうなものだが、実は易々と拡がることを幸雄は知っている。
「いえ」
幸雄はみどりに目を向けた。見返す目は、彼女も用件を知らないと言っていた。ついで内藤を眺めた。何も言う気がなさそうな顔をしていた。用件があるのは、女房の方らしい。
「実は、お二人を見込んで、たってのお願いなんですが……」
二人は女主人に注目した。
「あたしの姉がG県で旅館をやってます。M温泉っていうんですが、ご存知ですか?」
「いえ」
二人は首を横に振った。
「山奥の一軒宿なんです。代々やってましてね、知る人ぞ知る隠れた人気スポットなんですよ。東京から案外近いんですよ。新幹線と在来線、バスを乗り継いで二時間半ですね。うちバスが45分。まあ、これが一番不便です。それが却って人里離れた感じがしていいんですね。リピーターが多いんですよ」
話の行方が見えず、二人は曖昧に頷いた。
「そこで土曜の夜だけライブショーをやってるんです。ライブショーって、分かりますよね?」
「男女の本番ですか?」
「そうなんです。専属のカップルがいるんですけど、家に不幸があって、急に出演できなくなっちゃったんです。他に臨時に頼む人なんかもいて、姉は声をかけたんですが、皆さん都合が悪くて……」
ようやく話が見えてきた。
「そのために予約してくるグループもいましてねえ……特に女の人のグループなんか、そんなときじゃなけりゃ、見たくても見られないでしょう? 今更なくなりましたなんて言えないんですよ。それで困ってしまって、あたしに泣き付いてきたんです。こんな仕事してるんだから、あてがあるだろうって思ったんですね。
それで……こんなことお頼みするのも失礼なんですけど……どうでしょう、お二人にピンチヒッターをお願いできないでしょうか? 失礼ですけど、鈴木さんと山田さんなら、身体も素晴らしいし、お顔もお綺麗でしょ? AV女優や男優だって敵わないかも知れませんよ。どうでしょう……何とか承知して頂けませんかねえ? 謝礼はさせてもらいますし、勿論交通費も食費も出します。……どうでしょうか?」
幸雄とみどりは顔を見合わせた。
「土曜というと、まさか明日じゃないでしょうね?」
「そのまさかなんです」女主人は溜め息をついた。
幸雄とみどりはまた顔を見合わせた。
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