第9話

 車両が揺れ、目が覚めた。カーブを通過したのだろうか。

 日曜日の上りの新幹線は空いている。

 幸雄は胸元に凭れて眠っているみどりを起こさないよう注意しながら、反対側の手でビールを飲んだ。発泡性の苦い味が舌を刺激し、頭がシャキッとした。

 ――美味い。

 途端違うものの味を思い出した。

 首を曲げて、みどりを見遣った。

 ざっくり疎らに編んだオフホワイトのコットンの半袖アウターの下、白いインナーの開放的な胸元で、弾け出るばかりに両つの乳房が衝突し、深い谷間の線を作っていた。裾に白いラインを廻した黒のソフトフレアのミニスカートからは、肉付きのいい脚が奔放に伸び出ている。少したくしあがった裾の奥深くに隠されている布の色も、確か黒だった。

 昨夜のことを回想した。


 スワップパーティーの女主人の姉は、妹を一回りスリムにしたような女性だった。顔がよく似ていた。

 だが、きびきびとした立居振舞は、女将として旅館を切り盛りしているからだろう。

 女将は二人を一目見て安心したようだった。満足げに頬を緩めた。人となりの方は妹から聞いているだろう。

 事前に三人で簡単に打合せをした。

 最初に女将がポイントを説明した。

 場所は和室の大部屋で、蒲団を敷いて、周りを車座に客が取り囲む。

 最初に口戯は必ずすること。特にその夜は女性客が多いので、男から女へはたっぷりしてほしい。その際、客に見えるように、顔は密着させないように。なるべく沢山の体位を取るように。車座に囲んでいる客に不公平がないように、常に体の向きを変えて、結合部分は公平に見せるように。その時、よりよく見えるように、深く挿入しないこと……。

「射精は――」と女将はみどりを見た。

「貴女さえ差し支えなかったら、中出ししてほしいの」

 みどりはちょっと考えた。

「病気、ないよね?」と幸雄を見た。

「ないよ」

「じゃ、決まりですね」

 女将が即座に言った。如才ないことだ。みどりも安全日なのかもしれない。

「垂れ出てくるところをお客さんに見せるためです。深くで出すと、なかなか出てこないから、入口近くで出して下さいね。垂れてきたらみんなに見せるように、体の向きを色々変えてね? お股は大きく開いて」

 女将のあけすけな物言いに、みどりは気おされたように、神妙に頷いた。見ていてそれが可笑しかった。

「最後に――」

 今度は幸男に目が向けられた。

「男性に余力があれば、もう一度射精して下さい。まだ濡れてるペニスを女性がフェラして、最後は顔射。いいかしら?」

 そして二人を交互に見た。

 何とも大胆な女性だ。二人はすっかり圧倒されてしまった。

「ああそうだ。それから……恥ずかしかったら、お面があります。おかめとひょっとこの。でも口戯の時は外してもらわなきゃいけませんけど。あと、天狗の面もあります。これはかぶるんじゃなくて、女性を責める道具ね。必要なら使って下さい。お二人なら、きっと皆様喜ばれますよ」

 女将は悠然と笑ったものだ。


 確かに大部屋だった。広すぎるので、金屏風を廻らして適当な空間に仕立てていた。上手いやり方だ。これなら集まる人数に応じて調整ができる。

 控室に充てられた隣室の襖の間から覗くと、既に照明が絞られ、和室なのにミラーボールが妖しい光を撒いていた。

 すでに三十人近くの人が中央の蒲団を囲んで座っていた。こんなにいると想像していなかった幸雄はびっくりした。みどりはというと、かなり緊張している。

 彼女は奇妙な下着姿だった。

 真っ赤で、金太郎の腹掛みたいな形だ。だが胴の部分が大きく欠落していて、むしろブラとショーツが一体になっているのだともいえた。後ろから見ると何も着けていないに等しかった。ブラから上に延びて首の後で結わく布を除けば、細い紐が三本――背に一本、股からV字に腰骨の上に一本ずつ――申し訳程度に体を横切っているだけだった。それだけの紐で前面の布を支えているのだ。幸雄の方は真っ赤なビキニバンツだけを着けている。

 客の前に女将が現れた。お待たせしましたなどと口上を言っている。

 音楽が鳴り出した。演歌だ。幸雄は首を捻った。打合せ通りなら、バックミュージックはポップスだ。

 二人が気合を入れるために手を繋いで呼び出しを待っていると、彼らとは違う名前が呼ばれた。

 すると彼らと反対側の襖が開いた。

 長襦袢姿の中年女性が姿を見せた。片手には小さなバスケットを下げている。

 彼女は戸口で「さあ、おいで」と誰かの腕を引いた。

 引っ張られて現れたのは、セーラー服だ。おずおずといった様子で長襦袢について入ってきた。なりは女高生だが、あまり長襦袢と年は変わらないだろう。化粧焼けした顔に厚化粧を塗り、目尻の皺も深い。そのうえ金髪にしている。こんな女高生がいるものか。

 後できくと、この二人は、幸男達が手当てできなかった時の保険だった。それを前座に持ってきたのだ。

 二人は人を掻き分けて前に出、畳の上で並んで正座し、頭を下げた。笑みを浮かべている。一目見て風俗の世界で生きてきた女性達だとわかる。

 各々名を名乗った。「よろしく……」と喋るセーラー服の声は、やはり中年だった。

 ショーは、長襦袢がセーラー服を手荒く裸に剥くことから始まった。

 服の下は、既に体に縄がうたれていて、しかも貞操帯まではめられていた。縄を解き、貞操帯を外すと、無毛の股間が現れた。まだ少女だからというわけか。だが、剃り痕がいやに黒々としていた。

 ショーは、どうやらストーリーがあるようだった。レズビアンの女役のセーラー服が、男とセックスをしたらしい。赦せない男役の長襦袢が折檻し、貞操帯もはめた。それが、セーラー服が悔い改めたので赦してやる――とまあ、そんな筋らしい。

 長襦袢も自ら裸になり、セーラー服の顔に跨がり、腰を動かし始めた。セーラー服がわざとらしい悲鳴をあげた。

 それから69になり、しまいにはバスケットから取り出した天狗の面を、互いの女性部分に挿入しあい、最後に双頭のディルドーで互いに繋がった。セーラー服が「もう男なんか、一生要らないわ」と叫び出し、揃って仰々しい喘ぎ声をあげて、同時に達した(振りをした)。

 それを見届けて、幸男はみどりの様子を窺った。

 目がとろんとして、唇が半開きになっていた。こんなレベルのものでも、生の性行為であってみれば、みどりを昂奮させるに充分なのだ。

 幸雄はみどりの股間に手を潜らせた。

 布越しでも、掌をぬるま湯に充てたような感触があった。

 みどりは無言で、舌で素早く紅い上唇を舐めた。昂奮が緊張に勝ったようだ。

 拍手が起こった。隣で襖の開閉する音がした。

 次いで、また女将の口上が聞こえた 。さっき急遽つけた二人の名を言っている。

「ナニノフトシさんとアレノヒロコさんです!」

 音楽がポップスに変わった。いよいよ出番だ。

 みどりが素早くおかめの面をつけた。

「貴方は待ってて。あたしが寝て、両脚を上げたら入ってきて。いい?」

 みどりは事前に打ち合わせておいたことを念押しした。

「わかった」

 まず、みどりが一人で出ていった。

 拍手がおこった。幸雄は襖を閉じた。

 隙間から見ていると、みどりはすぐに踊り始めた。

 流れるように華麗な動き。堂にいったものだ。幸雄は感心した。だが、何というダンスか! みどりは曲に合わせ、体の起伏をなぞるように手を動かしていく。更に脚を大きく振り上げたりしている。これはストリップの振り付けではないのか?

 そのうち、勿体をつけるように一進一退させながら、下着の紐をほどき、先ず胸を、ついで尻を、最後に淡い茂みを晒した。

 みどりが親指と人差し指につまんだ布をはらりと地に落とすと、客席から溜め息が洩れた。

 曲は続いている。みどりは車座の中で一人立ったまま、今度は素っ裸で同じ踊りを繰り返した。

 みどりが脚を上げる度に、会場がざわざわした。客はゴージャスな肢体に圧倒され、我を忘れて食い入るようにみどりを見ている。肉が揺れ、撓み、漲り、震えた。惜し気もなく股間が晒されたと思うと、一瞬のうちに隠されている。じらされることで、客は更に昂奮する。おかめの笑ったような面が、奇妙なアンバランスを生み、ひどくエロチックに感じられた。

 曲がスローバラードに変わった。

 みどりは床に身を横たえた。

 びたりと脚を閉じたまま、上半身だけ反らせた。頭が床を支え、白い喉が伸びた。

 大きな乳房を自分で揉みだした。

 次いで両手を股間に持っていき、股を大きく開いた。そちらの方向にいた客が覗き込もうと一斉に頭を傾ける。が、赤いマニュキアを施した手に遮られて、望みは叶わない。

 体が海老反りになった。

 その姿勢で、指先は内側に深く折り込まれているようにも見える。

「ああ! あんっ!」

 腕に挟まれて大きく膨れあがった胸と対照的に、なだらかに伸びた白い喉から声が洩れた。目は閉じられている。幸雄にはそれが本当に演戯なのか本気なのか判らなくなった。

 みどりが再び腰を落とした。手はそのままに、高々と脚を挙げた。白い脚先の赤いペディキュアが艶かしい。

 幸雄はひょっとこの面をつけて、部屋に入っていった。

 低いどよめきがおこった。

 客は皆旅館の浴衣を着て、その上に丹前を羽織っていた。浴衣は男性用が紺、女性用が臙脂だ。そして臙脂が多かった。町内会の婦人会の慰安旅行かと思われる初老の女性ばかりのグループの一団が一角に固まっている。別に初老の男女三人ずつのグループもある。中年の不倫旅行らしいカップルが二組。若いカップルも二組。驚くことに、若い女性の三人連れもいた。

 ひょっとこ面越しに、客達の表情は実によく分かった。皆一様に興奮していた。彼等がこれ迄見たのは女の裸ばかりだ。にも拘わらず、女性客達すら上気していた。理由は幸雄にもなんとなくわかる。女性の特性なのだ。

 女性は性的行為を目の当たりにした時、眼前の女に感情移入するものだ。その女に身を置き換えて昂るのだ。だから、あられもない姿であればある程興奮する。男性は男優に身を置き換えたりはしない。見るのは女だけだ。つまり、男性も女性も女を見ているのだ。

 しかしそうはいっても、やはり女性にとって男性は性的対象だ。触覚のウェートが高い女性は、視覚のウェートが高い男性程ではないが、やはり男の体には興奮もするし、勃起した道具には刺激を受ける。

 だから、女性客は今半々に幸雄とみどりを見ていた。

 みどりの淫らな姿を見ていた幸雄は、既に逸物を猛らせていた。そうなっては、小さなビキニパンツには収まりきれず、既に先端が外に飛び出ていた。それに見入る女達の視線には遠慮がなかった。

 みどりはみどりで、片手で巧みに股間をちらつかせながら、片手を遊ばせて、乳房を揉んだり、腰や腿を撫でたりしている。

 幸雄はみどりに寄った。

 彼女を抱き起こし、肩や腕を撫で、乳房を掴んだ。

 みどりは身を起こして正座に座り、ビキニパンツに手を掛け、いっきに引き下ろした。

 ――おお……。

 嘆息が漏れた。

 弾かれたように躍り出、欲望にひくひくと鎌首を振るそれは、それ程立派だった。

 いきなりみどりがお面をとった。

 またどよめきがおこった。予想外に、みどりが美貌だったからだ。体が若いことは、見れば分かる。地方の田舎のストリップなど、出てくる踊り子はだいたい体形が崩れた、美人とはお世辞にも言えないような年増と相場が決まっていた。前座の二人がいい例だ。

 みどりはすぐに幸雄のものを口に含んだ。

 みどりのやり方は独特だ。手は添えるがあまり使わず、舌と唇で全体をまんべんなくなぶるのだ。その際、ペニスの方はあまり動かさず、頭の方を動かして、角度を変えて責める。すると、彼女が首を振る度に、先端に加わる刺激の質が変化した。

 幸雄は思い付いて後ろ向きになり、尻をみどりの顔面に突き出した。

 すかさずみどりの舌が後ろに突き入った。

 幸雄は身体の向きを回転させた。みどりもついてくる。それで新たによく見える人達が生まれた。後ろの括約筋を舐めながら、みどりは垂れた袋を揉んでいたが、すぐ手を股に差し入れ、逸物をしごきだした。

 幸雄はみどりに向き直った。すると彼女も姿勢を変えた。幸雄と向きあう形から後ろに倒れ込んだ。手は彼のものを掴んでいる。後頭部から着地することを心配して、幸雄は屈んでみどりを支えようとしたが、杞憂だった。鞭のようにしなって、頭と肩で軟着陸した。間髪入れず、幸雄はみどりの顔面に座り、尻を押し付けた。

 みどりの足の向きにいる人達には、みどりの全身と、後門を舐めるみどりの舌が見えるはずだ。

 みどりは片肘を立てた。斜めに上体が起き、それに従って幸雄も腰の位置を高くした。自然片手が床に着いた。みどりは自由な手で自分の股間を玩びだした。

 彼女は次第に腰を上げ始めた。片肘と足だけで体を浮かせた。見ると、時折手をわざと外して 股間をちらちら披露している。エロチックな仕草だ。その度に身を乗り出す男達がいた。

 そろそろ幸雄から仕掛ける番だった。

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