第10話
彼はみどりを立たせ、自分は腰を下ろした。身体は向かい合っている。みどりの肉体は、ただ立ているだけでも辺りを圧倒する存在感がある。背側に位置する人も、グラマラスな尻には満足するだろう。
するとみどりが片足を高々と上げた。柔らかい体だ。脚が頬にびたりとくっついた。
幸雄はひょっとこの面を外した。
客席からの反応はなかった。幸雄は美男だが、人は男の顔には反応を示さぬものだ。
舌を伸ばして、股間の離れた襞の中に押し入れた。
そこは既にたっぷりと潤っていた。舌の挿入で、襞の縁にかろうじて留まっていた湧液が溢れて、幸雄の顎を伝い、首筋まで垂れ落ちた。
その姿勢でみどりが少しずつ回転し始めた。幸雄もそれに付いていった。みどりは全くバランスを崩さなかった。
一巡すると、幸雄は完全に寝そべった。するとみどりは反対向きに幸雄の上に被さった。みどりが上の69だ。何度も肌を重ねあったきた男女だからこそ自然にできる阿吽の呼吸だ。
再び幸雄のものはみどりの口中に呑み獲られた。幸雄は目の前の柔らかい襞を更に思い切り拡げた。客へのサービスである。洞のように開いた穴が暗い奥部を見せていた。滲むようにそこからひそかに、しかし留まることのない湧出があり、部屋の薄暗い明りにもキラリと光を返した。洞は幸雄の指に抗うように閉じようとしては、また開く。円い臀部の奥底に窪む小さな口もひくひくと盛上ったり窪んだりしていた。
二人はそれから、密着したまま横になったり、裏返しになったり、回転したり、激しく動き回った。
最終的に下になったみどりは、幸雄の男性部分だけに飽き足らず、更に後方を攻めてきた。握った怒張の膨らんだ唾液まみれの頭部を親指の腹で円を描くように擦り上げながら、二つある玉を順番に口に吸い取ってはしゃぶった。この刺激を痛いとして嫌がる男もいるが、幸雄は平気だった。スワップパーティーで幾度もセックスをしてきたみどりは幸雄の体を知り尽くしている。
相手の体を知り尽くしているのは幸雄も同じだ。充血した肉の突起と、そのすぐ下の小水の小穴、更にその下の襞とその内側で獲物を呑み込もうと貪欲に涎を垂らす口、更にそのもう一つ先、強力な括約筋に守られた柔軟な穴――女の体は穴だらけだ――全てを幸雄は舐め、吸い、ねぶり、突き入れた。最後に両手の親指を最後部の括約筋に挿入してこじ開け、奥深くまで舌を挿し入れた時、自分の同じ部位にも同じ刺激を感じた。
彼らはまた体を九十度回転させ、上下を入れ替えて同じことを繰り返した。顧客サービスだ。二人の顔は互いの体の一番奥深い秘めた箇所に埋まりこみ、そこを貪りあった。
先に音をあげたのはみどりだった。
演技とはとても思えない絶叫をあげて、体をビクビク痙攣させた。
幸雄はみどりの下から身体を抜いた。
はずみでみどりは仰向けになった。まだ痙攣を続け、その合間に腹を波打たせた。軽く目を閉じて、手は曖昧に自分の乳房を握っている。
幸雄はみどりにキスをした。すぐにみどりは貪るように舌を絡めてきた。まだ目は閉じられたままだ。
舌の刺激で彼女はまた昂ったようだ。体を硬直させ、小刻みな痙攣を繰り返した。小さく達し続けているのだ。
幸雄はふいに、好奇の目に無防備な姿を晒すみどりが気の毒になった。自分の身体で覆い隠してやりたいと思った。それは彼の欲望の遂行にも適う行為だった。
彼はゆっくりとみどりの上に重なった。
しかし、みどりの反応はずっと野性的だった。蛙のように脚を折り、自らの股間の角度をずっと上向きにした。とたんに幸雄のものがヌルリと入り込んでしまった。
その感触の気持ちよさに、堪らず幸雄は女体に更に埋まり込んだ。
みどりの肉体は日本人離れしている。がっちりした上半身、巨きな胸、張り出した腰高な腰部、上へ突き出した尻、長く張り切った脚……。
幸雄のけして貧しくない女性遍歴の中で、トップ3は、しをり、由香里、そしてみどりだ。三者の間に甲乙はつけがたい。どの女も、一度裸を目にすれば、瞬時に脳と体が虜にされてしまう程の肉体の持ち主だが、一番日本的な体型がしをり、外人的なのがみどり、由香里は両者のほぼ中間といったところだろうか。
だが、みどりの特徴は他にもあった。肉体の柔らかさだ。
例えば由香里は体はよく締まっている一方、女性らしい柔軟さも申し分がない。だが、この年齢の女性らしく、まだ無駄な脂肪がほとんどない。しをりは柔らかさは変わらないものの、わずかに脂肪を蓄え始めている。二人の差は年齢によるものだろう。だがみどりの場合は、もう根本的に肉体のつくりが違うのだ。祖先は軟体動物だったのではないのかと疑う程だ。みどりのまるで疲れを知らない精力は、この柔軟さに由来するのかもしれない。
幸雄は蟻地獄に陥った犠牲者の絶望的な快楽を味わった。陶然と永遠の眠りにつくエンディミリオンのように、何もかも満足して忘れ去りそうになって、危うく此岸に止まった。
強い克己心を持って抽送を始めた。
後はもう自然の流れだった。二人とも夢中になっていった。肉体があるじになり、快楽以外のプログラムを受け付けなくなった脳が機能を止め、統制を外れた粘膜と皮膚と舌が無政府的に暴走した。昂揚は絡み合う肉体を掬いあげるように、螺旋を描きながら頂点へといざなっていく。理髪店の回転する電飾の赤と青の斜め模様が際限もなく昇り続けて見えるように、床に止まりながらも昇り詰めていった。
しかし理髪店の電飾と違い、勿論物事には必ずお仕舞いがある。
幸雄はついに我慢ができなくなってきた。
果てようとして、それでも幸雄はある事を忘れていなかった。
みどりの頬を両手で掴んだ――これは予め二人で決めておいた、みどりも同時にいったふりをするための合図だ。無論幸雄だけは本当にいくのだ。これだけは誤魔化しようがないから。
合図と殆ど同時に、幸雄の腰部から突き出たプラグの尖端がスパークした。
するとその火花で、みどりまで本当に炎上してしまった。
二人は同時に獣のような咆哮を発して、勾配のきつい放物線の頂点に撥ね跳んでいった。その時はみどりが上になっていた。
二人は荒い息を吐きながら、全身が無気力な弛緩に浸食される心地のよさに浸っていた。
先に幸雄の息が鎮まってきた。遅れてみどりの呼吸も整ってきた。幸雄の顔を眺め微笑むと、唇にキスした。性に昂揚し満足を得た女性の顔は柔和で美しい。
みどりが身体を持ち上げた。
四つん這いになって幸雄を跨ぎ、目を閉じて、じっと動かなくなった。
彼女の股間の方に位置した人々が、一斉に身を乗り出した。後の席の者は首を捻り、人の頭の間から覗き込んだ。男も女も、どの顔も我を忘れている。
温かいものが、まだ十分な硬度を保っている幸雄のものに垂れ落ちた。
みどりは幸雄の上で回転し始めた。自分の股間から男性の液が溢れ滴る様子を客に万遍なく見せるためだ。するとどの方面でも、同じような人の頭の動きがあった。
彼女の口は口でお留守にはなっていなかった。幸雄のものの先からまだ滲み出てくる残滓を吸い、彼の腹に散った液を舐め取っていった。
幸雄の顔の真上に、二度目になるみどりの股間がやって来た。幸雄は開いた唇の端に表面張力で引っかかっている滴りを 舌先を伸ばして口中へ移した。それを潮にみどりはデモンストレーションを終え、身を横たえ、また幸雄にキスした。自分に還流した体液を、幸雄はまたみどりの口中へ送り返した。
あまり間を開けてはいけない――一心地つくと、気合を入れて幸雄は立ち上がった。
まだ硬度を残す逸物を握り、起き上がったみどりの顔面に突きつけた。先端からは、みどりの体奥から還流した体液とまだ湧出し続けている名残が入り混じり、長い雫となって垂れ、揺れている。
みどりはそれを一口パクリと呑んでからすぐに離し、移し入れた白濁した液を口内からじわりと吐き、唇の縁に溜めた。
幸雄は逸物を握り直し、先端をみどりの口の周りに押し付け、液をなすりつけた。
またみどりが銜えた。銜えながら液を吐き出したので、下顎から垂れた。幸雄はそれをまた怒張の先端で掬いとり、みどりの口中へ戻した。
やがてまた本格的にみどりが口戯を始めた。唾液と体液の入り雑じった滴りは、今や彼女の顎から垂れるがままになり、糸を引いて揺れ、跳ね、千切れてみどりの胸を汚した。
一度果てた男性が続けていきにくいことは勿論みどりもよく分かっているので、今度は盛んに手を使った。
幸雄はみどりの頭を押さえつけた。そうして口中に次第に硬度を増してきた怒張を押し入れ、乱暴すぎるかなと思うギリギリで激しく抽送した。ただ喉の奥へは挿し込まなかった。それでもみどりの目には涙が滲んできた。
――そろそろいいだろう。
腰を引いて、口中から抜き取った逸物を自分の手で猛烈にしごいた。
みどりは口を大きく開いて、受けの体勢に入った。
「うむむ……!」みどりの顎を掴み、上を向かせた。
途端、勢いよく放出した。
口中には出さずに、わざと目を中心に射てやる。みどりの瞼が震えた。鼻の脇にどろりとした溜まりでき、唇の脇を流れて顎から垂れ落ちる。それをまた肉棒で絡め取って、みどりの顔に塗りたくった。
みどりも舌を出して、口の周りの汚れを舐めている。その口にまた挿入して、筒内に残った液を全部出しきった。
ようやく湧出が収まり、幸雄は腰を引いた。
みどりは自分の体に垂れた液を掌で掬い取り、乳房に擦り付けた。
最後に二人が立ち上がって、手を繋いで頭を下げると、お義理でなく盛大な拍手が二人を包んだ。
その晩、日本の旅館らしく、絶対に食べきれない量の夕食の後、布団が敷かれるのを待つのももどかしく、二人は再び抱き合った。
それぞれ何度か達してはいたが、やはり金を貰って見せるために人前で営む行為は、どこかで感情の抑制を強いていた。そのストレスが溜まっていた。それを発散させたかった。
旅館は二人に別々の部屋を用意してくれた。だがその晩は宿泊客が多かった。幸雄に用意された部屋は大きく、南に面した部屋だったが、みどりに用意された部屋は北向の狭い布団部屋のような部屋だった。
「生憎空いてるお部屋がこれしかなくて……」
女将は一応申し訳なさそうな顔をした。
「どちらがどちらでもよろしいのですが……お二人さえよろしかったら、大きい方のお部屋にご一緒にお泊まりになってもよろしいんじゃないでしょうか」
みどりは幸雄との同室を選んだ。
「馬鹿にしてるわ。女だと思って!」
女将が下がると、みどりは憤慨した。
確かに日本の旅館には、昔そういうところがあった。露天風呂は男の方がゆったりしていたし、部屋も男客の方から優先的にいい部屋を充てた。カップルの晩席では、おひつを女の側に置いた。
最近は流石にそういうことはなくなり、寧ろ近年増えている女性客を重視して、露天風呂なども女湯の方がゆったりしているところもあるとか。
しかし山奥の古い旅館には、ここのように昔ながらのしきたりが残っているところがあるのだろう。
翌日着替えするみどりをそっと見ると、下着は黒一色だった。少しも煽情的ではなく、しかしそれでいて幸雄の目から見てもなかなかお洒落な下着だった。
車窓から目を外して、幸雄は欠伸をした。
無理もない。ここ二晩あまり眠っていないのだ。疲労感はない。だが精も根も果てた感じはある。一体二晩で何回放出したことか――もうすぐには数えられなかった。
相変わらず平穏な顔で、幸雄の肩を枕に眠っているみどりを見遣った。
ささやかな幸福を感じた。
電車に乗った直後は、昨夜の話しをした。
「びっくりしたよ」
「なに?」
「踊り上手いね」
みどりは幸雄の顔をちらりと眺めて、一瞬醒めた目をした。
「何だと思った?」
幸雄はかぶりを振った。
「さあ」
「知ってるわよ。ストリップよ」
やはりそうだったのだ。
「あたし、ストリップやってたことがあんのよ。他の風俗で働いてたこともあるわ」
「ふうん……」
「男に捨てられて、ヤケになってね……。ついくっついた男が話を持ってきたのね。彼は付け人になったけど、まあヒモね」
「うん」
なぜみどりが過去を話す気になったのかは分からない。だが、聞きたいことは事実だった。そもそも、踊りの話しを仕向けたのも、その下心があったからだ。そうと気付いて、幸雄は内心自身を軽蔑した。
「でも、すぐ足を洗ったわ。ストリップって、移動が頻繁なのよ。あたし東京にいたかったから」
「その男とは、今も?」
「ううん。ある駅で急に決心しちゃって、ここで貴方と別れる、って言ったの。でも優しい人だったな……」
みどりはちょっと遠くを見る目になった。
「……あたしって選ばれる女なのよ」
「うん? ああ、いい女だから。色々寄ってくるだろ?」
「寄ってくるのは、ひひじじいか、やりたいって顔に書いてあるナンパ男ばかりよ。あとは風俗のスカウトだけ。違うの。今もてはやされてる女って、選ばれる女じゃなくて、自分で選ぶ自主性のある女なのよ。今じゃ堅気の男は、そういう女を真面目な交際相手とか奥さんに望む……」
「そうかなあ?」
「うん、そうよ。あたしなんか世間の人から見たら、肉体だけの、頭の中なんか蜘蛛の巣しかない馬鹿馬鹿女なのよ」
幸雄は思わず笑ってしまった。
「ほんとの話よ。今ブラジャーで胸を小さくみせようとするの、知ってる?」
「いや。ほんとかよ? 逆に思えるけどなあ」
「グラマーの時代は、ずっと昔に終わったの。あたしなんか、さしずめ大隕石衝突でも生き残った、時代錯誤な恐竜って感じね。ステゴザウルスなんか、脳が胡桃ほどしかなかったって知ってた? それよ、あたし」
「じゃ、選んでみたら? みどりさんなら、望むものはなんでも手に入りそうだ」
みどりはかぶりを振った。
こうしてライブショーまで一緒にやった今でも、幸雄はまだ彼女を「みどり」とは呼んでいない。そのことはつまり、はからずもまだ二人の間にある「他人」の壁を、幸雄の方から取り払う気はないという意思表示になってしまっていた。それはしかし、みどりに対する不誠実ではないのかと、彼は次第に思い始めていた。
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