第18話

 う~ん……。

 目が覚めた。

 夏の朝の風がゆるりと身体を撫でていく。

 川端の緑がゆったりと梢を震わせていた。それにつれて繁った葉が光を散りこぼす。日が高くなれば、撥ね散らす光の強さは眩いぐらいになるだろう。

 水の音がする。佳花がシャワーを浴びているのだ。鼻唄まで聞こえる。

 四十にもなって、まるで小娘だ。それにしても高い声が出るものだ。話すときはそんなことはないのに。女の声とは皆そういうものなのか。

 そういえば昨日の少女――

 清二は欠伸をひとつし、ゆっくり床を離れた。

 名前は判っているし、住所も大体見当がつく。探し出すのに造作はなさそうだ。固く閉じた蕾を手でぬくませながら、指先で入念に揉みほぐして、花弁を開かせるのだ。花芯に秘められた蜜はどんな味がするだろう?

 思わず口元が弛んでくる。逆に下半身は硬くなってくる部分があった。

 六十も後半に差し掛かったというのに、清二の精力は旺盛だった。

 榊の血なのだ。

 洸一郎もそうだったが、遥か昔に亡くなった父親も老いて益々盛んだった。洸一郎、清二兄弟の母親以外に何人も女をつくり、その頃まだ公然とあった遊廓へも足繁く通った。遊廓に付けを払いに赴く母親の姿をよく目にしたものだ。父親の死因は腎虚だと聞いている。

 居間へ抜けると、浴室の扉が開いていて、湯上りの佳花の後姿が見えた。脚を拭いている。佳花はむっちりした肉感的な身体をしている。屈んだ尻の盛上りが劣情をそそる。

 見ていると、佳花はまず下を穿いた。ショーツを穿くとき、女は必ずがに股になり、股間に布がずれなく密着するように腰を動かしながら引き上げる。その仕種が卑猥だ。

 次にブラジャーを着けた。ホックを前で留め、ぐるりと回して腕を通す。それから 片方ずつ乳房を掴んでカップの中の収まりを直す。これも卑猥だ。

 色は上下お揃いのエメラルドグリーンだ。清二には服の色目の予想がついた。

 佳花は服に合わせてインナーからカラーコーディネートをする趣味がある。初めは男に見せるためなのかと疑ったが、どうやらそういうことではなく、彼女のファッション美学らしい。だから常に下着には凝る。この家には一棹全てがショーツで埋っている箪笥があった。

 仮に男に見せる目的のケースがあったとしても、清二にそれを咎める権利はない。佳花は経済的に清二に依存していないのだ。むしろ居候している清二の方が依存している。

 佳花は金佳花という。在日三世だ。親の代に帰化しているので、戸籍上の名は金田佳子というが、本名はあまり使用していない。親の世代はまだ在日という偏見と差別で苦労したが、佳花の世代ではもはやそういうこともあまりない。肩身の狭い思いもないから、堂々と祖国の姓名を名乗っている。ファッションと同様に、彼女のアイデンティティーの表明なのだ。

 佳花は鏡を覗き込んで化粧を始めた。出かける積りなのだ。

 清二は後から肩を抱き、首の付け根にキスした。

 背中を、爪の先で軽く引っ掻くように撫でた。

「うん~」

 佳花は身を捩って逃れようとする。

 下着だけの腰を両手で掴み、自分の腰を軽く押し付けた。

 ファウンデーションを塗りながら、佳花もそれに合わせて腰をくねらせた。

 戯れているだけなのだが、清二の股間のものは強張ってきた。

 上からショーツの中に手を突っ込み、尻を揉み、撫で回した。

 反射的に佳花が腿を閉じようとする。

 そうはさせじと清二は素早く指を更に奥へ滑り込ませた。

 指が女性の柔らかい部分に触れた。そこを擦りあげながら、同時に指先で抉った。

 佳花は腰を捻って、指を外そうとした。

 清二は深く挿入した。

「こらぁ~。ちょっと、よしなさい!」

 たまらず佳花が声をあげた。

 構わず続けると、指先に触れる感触が、わずかな湿り気から、人肌燗に熱い水気に変わった。

「あ……」

「ちょいと挿れねえか?」

「あたし出掛けなきゃいけないのよ」

「ちょっとくらいいいだろう」

 今や立派に育った息子の肉塊を握りしめ、ショーツの股を脇にずらした。

「綺麗にしたばかりなのに……」

 清二は聞いてなかった。自分の尖端を押し付けた。

「やだ……下着が汚れる」

「じゃ、脱げ」

 清二はショーツを引き下ろした。佳花も諦めたのか、片手を伸ばして自分で脛から下着を抜き取った。自然尻が後に突き出された。すかさず清二はもう挿入していた。

 成長して自分の本体から可能な限り離れた先端を、その故にそうなった肉の襞の内側に埋め込んでいく――その最初の感触は格別だ。

 暫く清二は浅く留まって、抽送を繰り返した。

 内側の入口付近は女にとっても最もセンシティヴな部分の一つだ。瞬間湯沸かしのように佳花は燃え上がってしまった。そこが清二が佳花と離れられない所以だった。

 佳花は洗面台に手をつき、尻を後に激しく突きだし始めた。

 勢い清二のものが根本まで呑み込まれる。そうなるともう味わっているような余裕はなくなった。二つの肉体は野獣のように吼えあい、互いをぶつけあった。

 清二は佳花の腰を握り締めて自分に引き付け、肉を突き破らんばかりに中を抉った。抉りながら腰を左右にも振り、侵入の角度を変えた。内側を掻き回すことが佳花を狂わせることを知っているのだ。

 実際佳花は狂いたった。高速走行する車のエンジンのシリンダーのようなむちゃくちゃな勢いで尻を動かし始めた。

 この野蛮な摩擦力によく抗する男はいないだろう。

 清二もあっけなく討死した。

 だが佳花の勢いはとまらない。

 精を抜かれた男が、まだ収まらない女にしてやれることは一つしかなかった。とにかく付き合ってやることだった。力の抜けた男の腰を突き上げてくる女の貪欲さは、歯茎を剥いて襲いかかる猛獣の足元に、転んで腹を見せてしまった草食動物のような気分に男をさせる。ひたすら恭順に徹して、荒ぶる神の恩赦を願うのみだ。

 それは男の肉体を道具にした女の自慰のようなものだ。暫く佳花の一人舞台が続いた。

 やがて佳花がいきなり呻いた。

「あ~! あ~、あっ!」

 彼女の内股の肉が震え、膝ががくがくした。一敗地にまみれた清二の先端が強く締め上げられた。

 そのあと〝道具〟はやっと解放された。


 ふたりは一緒に風呂に入った。

 脚を大きく開いて、シャワーのノズルを近づけ、念入りに股間を洗う佳花の姿を清二は興味深く眺めた。

 手早く済ませると、佳花はあらためて清二を眺めた。

 性的に満足した女の顔だった。

 なのに佳花は、力をなくした清二のものを摘み上げた。

 中腰になって、湯槽の縁に腰掛けた清二のなまくらを擦りながら、合間に舐め、清二の顔をちらちら見ては効果を計った。

 なすこともない清二も、思い付いて佳花の腹に沿って腕を差し入れ、戯れに佳花の菊座をうかがった。

 石鹸の力を借りた薬指は第二関節までぬめり入った。

「う~ん……」

 佳花の頭が揺れた。伸びた喉が震え、なまめかしい。

 互いに刺激しあっている内に、驚いたことに清二はまた兆してきた。

 みるみるなまくらが厚みを増し、強張り、そそりたってくる。榊の血の驚異的な回復力だ。

 佳花を抱き寄せようとした。すると、

「駄目よぉ。ほんとに行かなくちゃ。いい子だから大人しく待ってなさい」と、勃起したその頭をポンポンと叩かれた。それもまた刺激になった。

 自分でその気にさせておいて、それはないだろう――納得できない清二は佳花を捕まえようとした。

 それを予測していたように、さっと身をかわすと、佳花はするりと浴室を出ていった。

 置いていかれた清二は、仕方なくざぶんと湯に浸った。


 清二が浴室を出た時には、佳花はもう服を着けていた。派手なスカーレットの上下だ。明らかにセットなのに、素材と模様が違っていた。ボトムスは柄の入ったソフトフレアだ。

 驚いた。

「緑のパンティーはやめたのか?」

 インナーからカラーコーディネートする佳花が、インナーに緑を着けているはずはなかった。

「うん。ちょっと気分が変わった」

「嘘つけ。汚れたからだろ?」

「あははは……」

 鏡に向かい、化粧の仕上げをしながら愉快そうに笑った。

「凄い精力ね?」

「ふん。人のこと言えるかよ」

 清二は洗濯カゴを覗いた。緑の下着の上下が投げ込んであった。

「これ、洗濯機でいいのかよ?」

 摘み上げて訊いた。

 鏡の中で清二がヒラヒラさせたショーツを見遣って、

「それは大丈夫。そういうのもないとね……。いつもいつもクリーニングじゃ破産しちゃうでしょ?」と言った。

 凝った下着を沢山持っている佳花は、よくクリーニングに出していた。高い金を出してまで下着にお洒落する――それが彼女なりのこだわりなのだ。

「洗っといてやろうか?」

 鏡の中で佳花が疑わし気に睨んだ。

「変な干し方しないでよ?」

 見かけからは想像つかないが、清二は綺麗好きだ。台所でも洗濯カゴでも、汚れ物が溜まってくるといらいらする。洗濯も面倒がらずに自ら小まめにした。その性癖を知っているから、佳花も拒絶はしない。だが清二は前に佳花の衣料を洗濯した時、外からよく見える場所に派手なショーツを前にして干してしまった前科がある。その時は佳花に散々叱られた。


 佳花は出ていった。

 清二は炸裂できなかった不発弾を抱え、体が燻っていた。

 テレビの電源を入れ、DVDの電源も入れた。

 画面左側に「resume」という表示がでた。昨夜佳花と二人絡み合いながら見たポルノの続きが始まった。

 丁度ダブルペネトレーション(二穴挿入)になっているシーンだった。

 下に寝そべった男に、スプーンが重なるように同じ向きに寝た女が後ろを貫かれている。左右に開いた脚を更に押し広げるようにして、別の男が膝立ちに女に被さり、前に挿入していた。

 下の男は白人。左腕から腹にかけて大きくタトゥーがある。上の男は黒人。女はラテン系だろうか。右脇腹に横文字のタトゥーがある。

 カメラが上からのアングルに移った。黒人が被さっていた上半身を立てた。交接の部分をはっきりと見せるためだ。

 そこへまた別の男が登場した。これは白人。手で自分の道具をしごき、股間に垂れるものをぶらぶらさせながら黒人の前に割って入り、下のふたりの体を跨いだ。黒人はのけ反って、彼のためのスペースを作ってやった。白人は中腰に開脚して道具を握り直した。ポルノ男優らしく巨大だが、柔らかそうだ。

 カメラは少し視点を下げ、近寄って交接を間近から捉えるアングルになった。

 ニューカマーはゆっくりとその先端を、既に先客が居座っている前のそこに押し込んでいった。その間他の三人は動きを止めて、その挿入の完了を待った。

 世にも珍しい三本差しだ。

 充分入ったとみたか、この男が抽送し始めた。他の二人の男達も動き出した。女は自分からは動く積りがないようだ。聞いたことがあるが、こんな時女が動くと交接が解けやすいらしい。

 すぐ女が悲鳴に近い喘ぎをあげた。眉間に皺を寄せているのは、実はやはり痛いのか。

 三人の男達の動きはどこかリズムがあわない。すぐにどれかが外れたりする。驚くべきキャパとはいえ、窮屈な内部で押合いへしあいすれば、はずみで押し出される竿もそれはあるだろう。どこか滑稽だった。

 それでも清二のものは再び力を得てきた。

 浴室へ行き、洗濯機の中から緑のショーツを摘み上げた。

 テレビの前に戻り、自分のものを剥き出しにしてそれにショーツを巻きつけ、画面を見ながら擦りだした。

 やがて画面の男達が一斉に交接を解き、女の顔面に精を放出した。

 同時に清二も放出していた。

「うむ……」

 一つ息を吐いた。

 見下ろせば、掌の上で、彼のものは緑野菜にくるまれたフランクフルトソーセージみたいだった。先端から白いドレッシングが出ていた。

 ブラットブルストを外した。ドロリとした液がショーツの上に作った染みは、SF小説の架空の惑星の地表模様みたいだった。黒ずんで、鈍く夏の光を返している。染みはすぐ裏へ染み通り、手がベタベタになった。

 まだ汚れていない部分で、まだ出てくる残滓と竿全体の汚れを拭い取ると、また浴室へ行って 洗濯機に投げ込み、稼働させた。

 戻ってテレビの電源を落とし、冷蔵庫の中から昨晩のお店の残り物を幾つか取りだし、テーブルに並べた。朝食代わりにそれらを摘みながら、その日の行動予定を考ることにした。

 それにしてもいつまでも暑いな――。

 窓辺によって、ギラギラと光を返す川面に目をやった。

 その清二の目がふと止まった。

 錯覚ではないかと思った。

 橋の上に、昨日と同じ位置に同じ人物がいた。

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