第4話

 幸雄はしをりの手を外し、最早自分では制御できなくなった怒張を口に突き入れた。

 赤い唇が花びらのように開いて、受け入れた。しをりは目も見開いていた。濡れたようにしっとりした眸だ。恥じらっているのか、まだ幸雄を見ようとはしないが、性の営みに際して積極的になった大人の女の眼差しだった。

 しをりの舌遣いは絶妙だった。長くてよく動く舌が貪欲に彼の先端を苛んだ。

 幸雄は片手でしをりの股間をまさぐった。

 それに応じてしをりが身動ぎした。体を捻って幸雄の方を向き、上になった脚を折り曲げて立てた。下になった脚は腹側に曲げられた。これだけのことで股間の角度が変わり、幸雄の指が入りやすくなった。

 しをりは更に動いた。片肘を立てて自ら幸雄を呑み込みやすくした。このしをりの格好はかなり卑猥だ。しをりはセックスに慣れていた。

 幸雄は腰を下ろし、自分の片脚を曲げて畳に寝かせた。しをりの姿勢的な負担を除いてやるためだ。しをりは素直に幸雄の腿を枕にした。

 しをりの自由になった手は幸雄の陰曩を揉みだした。幸雄はしをりの後頭部を掴み、頭を自らの下腹部に押し付けた。練絹よりもきめ細かい頬の膚がそこに密着した。するとしをりの空いた手が背側から彼の腰の下に潜り、よく屈曲する指が彼のアヌスを探り、中に突き入った。

 二人はまるで常に肌を重ねあっている男女のように、あうんの呼吸で、流れるように絡みあいだした。

 幸雄は乳房を掬い上げるように揉み、親指と人差し指で乳首を挟んで少し強めに捻りあげた。これ以外、愛撫は行わなかった。既にしをりが出来あがっていることは、彼女の股間に入れた指が教えていた。

 しをりの口からペニスを引き抜くと、しをりの脚を掴んで開かせ、ゆっくり挿入した。

 しをりは自ら両生類のように脚を大きく真横に拡き、幸雄を迎え入れた。

 ゆっくり侵入していく。

 潤いと熱、柔らかさと締め上げる圧力が同時に彼のものを包み捕った。

 突き入るにつれ、幸雄は驚嘆した。しをりの内側は驚く程表情に富んでいた。多様なニュアンスで一斉に襲い掛かり、容赦なく絡め取った獲物を苛んだ。

 うかうかすると、すぐに終局に持っていかれそうだ。幸雄は深く挿入し、女体を押さえつけることで、相手の動きを封じ、一息ついた。それでも内部は独立した生き物のように自ら蠢き、軋み、締め上げることで幸雄を刺激し続ける。

 それでもなんとか立ち直った幸雄はまた動き出した。

 二つの肉体は繋がった部分を支点に、体位を変えながら頂点に向かって突き進んでいった。あまり寄り道はできなさそうだった。幸雄にできることといったら、なるべく進行を遅らせることぐらいだった。

 波が引いて造られた滑らかな浜を、また波が満たし、また引いてはまた寄せる。波は襲いながらも浜で形を変えられ、広がって浜を満たす。そして撤退するが、また寄せてくる――その浜と波のように二つの肉体は互いに干渉し、相克しながら満たしあった。

 だが幸雄は、快楽の昂ぶりに身を委せながらも、闘っていた。

 何とか?

 榊洸一郎の影と。

 セックスは、優れて男の主導がもたらす男女の一つの対話である。特定の男の流儀は必ず女の体に刻印される。それに慣れた女は、その流儀に従って自らの快楽を得るようにチューンナップされている。彼女の快楽回路には幾つかのスィッチが設けられていて、別の男ではスィッチが入らない。そこを如何にだましながら誘導し、または強引に捩じ伏せて、頂点にまで引き上げていけるか――それが、新しい男がぶつかる試練なのだ。

 しをりの場合、榊老人は手強かった。彼の〝流儀〟にはっきりとした信念があることを幸雄は感じた。しかもテクニックのレベルも相当高かった。だが厭わしくは感じなかった。剣の達人どうしの、真剣の打ち込み稽古のように、相手の力量を信頼し、考えを読みながら対応していく、味のある〝対話〟でもあったのだ。

 それでも、幸雄は貼り付くようにまつわりついてくる肌目細かい肌と、破滅へといざなう刺激に次第に我を忘れていった。

 気が付くと持ち堪えられなくなっっていた。

「駄目っ!」

 敏感に察して、しをりが牽制した。幸雄は〝戦略的撤退〟をしようとしていた。

 しをりがしがみついてきた。

 その動きによる刺激が幸雄に止めをさした。

「おお……う!」

 抜き身を振りかざして雄々しく敵に突撃した戦士は、相手の力量の前にあえなく玉砕した。

 どくどくと流れ出る音まで聞こえそうな激しい到達だった。それだけ煽られたということだ。

 しをりは体を小刻みに震わせていた。男の射精を受けて、自分も軽くいっているのだ。

 幸雄の体からストンと力が抜けた。

 気が付くと、しをりの目が瞠かれて、そんな幸雄を見ていた。セックスに昂揚した女の顔は美しい。だがまだ満足を得られていないと訴える女の目でもあった。

 白い腕が幸雄の頭を抱え込んだ。

 一息入れたい幸雄は、彼女に気付かれぬよう、音をたてずに息を吐いた。彼の逸物はまだ彼女の中だ。そして十分な硬度を保っている。

 しをりが腰をグラインドさせ始めた。獲物に襲いかかる軟体動物を思われる、柔軟で仮借ない動きだ。しかも内部の締め付けが更に強まっていた。

 幸雄はしばらくだらしなくしをりの腹の上で揺られていたが、段々と気持ちがよくなってきた。

 ついには、しをりに合わせるように腰を動かし始めた。

 途端にしをりに大波が来た。

「あ~あ! あ~!」

 膣のすごい握力だ。

 少し置いて行かれた感があった。だが、幸雄も昂ってきているのだ。

 反攻に転じた。

 ピークを越えたはずのしをりだったが、幸雄の動きに瞬時にまた燃え上がった。その応酬は脂ぎっていた。

 激しい絡み合いになった。だが不思議と呼吸が合っていた。激しい中にも柔軟性があり、互いを斥けず受け入れ、共鳴しあい、煽りあっていた。

「ああ……!」しをりの喘ぎが大きくなった。「ああああ……ああ!」ついには物凄い声をあげた。

 全身でしがみつかれた。体が撓む程一体化させられて、幸雄は自分でも女の快楽を体感できているような錯覚すら覚えた。

 女体が硬直し、漣のように痙攣した。

 何度も何度も、しをりは繰り返し達した。

 最後の昂りの時、幸雄も一緒に果てていた。

 幸雄は深い満足を得た。

 思っていたように、しをりは性に貪欲な女だった。女が好色な方が男も楽しい――幸雄はそう考えるタイプの男だ。その方面の、榊老人の女を見る目は確かだった。

 そんなしをりが、一年以上も性行為から遠ざかっていたのだ。どれ程餓えていたかは容易に想像がつくというものだ。そして現実は遥かに想像を超えていた。

 幸雄ももてない男ではない。女性経験も豊富な方だと思う。その幸雄から見ても、しをりの肉体はトップクラスだった。これまた榊老人の眼力の凄さだった。

 妻の由香里が物足りないわけでは全くない。由香里も幸雄にとって極上品だ。こちらは榊老人の血なのだろう。洸一郎の存在感には畏れ入るばかりだ。榊家は性の天才の血なのだ。


 その後、二人は全裸のまま仲良く手を繋いで納戸を出、さっき別々にはいった風呂に、今度は一緒にはいった。

 湯槽の中で互いの体をまさぐっているうちに、またしをりが本格的に求めてきた。

 もう二度放出していた幸雄は、こうなると別のことを心配した。その夜の由香里とのセックスである。男とは現金なものだ。

 だが、結局しをりの攻勢には抗えなかった。

 三度目の放出を終えた時、流石に幸雄も疲労を感じた。綺麗に真っ白い灰になったような、満ち足りた、心地よい疲労感ではあったが。


 人の気配で目が覚めた。

 素っ裸で寝ていた。

 腹の上にだらしなくのびているペニスを喪服姿の由香里が見下ろしていた。

「あ……寝込んでしまった。今何時なんだ?」

 外は依然として明るかった。夏の午後は長い。

「五時よ。今お義母さまと今夜はてんやものにしようかって話したところよ。いい?」

「うん」

「パジャマ着ないの?」

「うん……ああ、気持ちよかったからね」

「よくパジャマ、場所わかったわね?」

 由香里はベッドの側の椅子に引っ掛けてあるパジャマを見遣った。

 さっき一緒に風呂を出た後、幸雄としをりはどちらも衣類に袖を通さず脇に抱えて、裸のまま各々の部屋へ引き上げたのだった。別れるまで手をつないでいた。

「偉いだろう?」

「昨日替えたばかりなのに、また替えたのね」

「そうだったか? 忘れてた」

 幸雄は、実は同じパジャマを三日程着る。独身の頃からの習慣だ。由香里は毎日替えたらと言うのだが、何となくそのままになっていた。因みに由香里は全裸で眠る。

「あたしもお風呂入ろっと」

 由香里は喪服を脱ぎだした。

 入念に化粧した額にも、長襦袢にも汗が看て取れた。暑いのも暑いが、生来由香里は汗かきなのだ。

 榊家では、洸一郎の方針であまり冷房はいれない。夏は夜、窓を開けて寝るが、風のない夜は汗まみれになる。由香里とのセックスは、体をぶつけあう度に汗が飛び散る程だった。ここに来て約二年、それにもすっかり慣れてしまった。

 素っ裸になって、由香里は下着を抱えた。

 幸雄は腕を伸ばして、彼女の片側の尻を掴んだ。汗で濡れ、ひんやりと冷たかった。

 出ていきかけた由香里が振り向いた。

「ねえ。貴方、役員になりたい?」

「なんだ。叔父さんの話し、気にしてるのか?」

「ううん。そうじゃないの。あたしも前からそう思ってた。お義母さまもよ」

「出世したくないわけじゃない」

 寝転んだまま頬杖をついた。

「でも、今はまだ実務に精通したい。じゃないと、後々正しい判断ができないだろう?」

「遠慮しなくてもいいのよ。父はもういないんだから」

「うん。これでも人を見る目はあると思ってる。お前やお義母さんは経営の才があるよ。亭主なのに女房の下に甘んじて、男の沽券にかかわるなんて思ってない。そこは知っといてほしい。お前たちも世間体が悪いなんて、気兼ねする必要はないよ。時代は変わってきてるんだ」

「ならいいのよ。もういいと思ったら、遠慮なく言ってね」

「うん」


 開けた窓から夜風が通るのが気持ちがいい。今夜は風が強いようだ。

 しをりはどうしているだろうかと幸雄は思った。

 洸一郎夫婦の寝室と、幸雄夫婦の寝室は相当離れていたが、こうして開け放っていると、風向きの具合で、どうかすると向こうの閨事のあられもない声がはっきり聞こえることがあった。

 そういう時、由香里は必ず興奮するのだった。幸雄にしても、何度しをりの淫らな姿を夢想したことか。

 夜のシャワーを浴びた由香里がベッドの幸雄の隣にやってきた。

 若い夫婦の寝室はベッドだ。しをりは今頃畳の上に延べた床に身を横たえているだろうか。

 由香里の、きちんと脚を揃え、後ろ向きにベッドにつつましく腰を下ろす仕草は女らしいが、一旦身を横たえると、彼女は豹変する。全身から性のオーラを発散させる。いきなり淫らな格好になるわけではない。慎ましげに脚を寄せて、ベッドが軋まないように、静かに横たわる。そこから変わり始めるのだが、どちらも彼女の真の姿なのだ。優雅と淫蕩の同居――女性原理の一つの理想の姿だと幸雄は思う。

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