第22話
6
駄目元で訪ねたのだが、麻里は珍しく家にいた。日曜だが、午後由香里の用が入っているのを 幸雄は知っている。それで自宅にいるらしい。しかし麻里に仕事が入るのは珍しいことだ。最近は麻里が運転手でなければならない仕事は減っていた。好色なクライアント達も、しをりや由香里には面と向かって麻里の体を要求しづらいのである。
代表権のある二人の女性は麻里の処遇を保留していた。近いうちに幸雄を取締役に引き上げて、そうしたクライアント達の窓口にするべきか、それともそもそもそういう商売の仕方をこの際止めるべきか、決めかねていた。そのため仕事がなく、ブラブラしていることの多くなった麻里だが、配置転換や退職の話しも今のところなかった。
運転手をブラブラさせておくこと程無駄なことはないと幸雄は思う。麻里は自分の仕事に誇りとやりがいを感じている。クライアントとのセックスが仕事のメインのわけではない。その彼女からモチベーションを奪うことは残酷だ。雇用し続けるなら、きちんの任務を与えるべきだ。
そういえば自分の股間のものもブラブラしている。意欲を向上させ、身を引き締めて目標に邁進する任務を与えなければいけないな……。
この朝、起き抜けに幸雄は由香里を求めようとした。
するとやんわりとはぐらかすように拒否して、由香里はしをりの部屋に行ってしまった。
どちらも幸雄と肉体関係にある美女二人はひどくうまがあうようだった。大抵は由香里がしをりの部屋に赴くのだが、休みの日でも、そうして何時間でも籠っていた。
「一体二人で何話すんだよ?」と由香里に訊いてみたことがある。
すると由香里は、いたずらっ子のように目をくるくるさせ、蜜も溢れんばかりの笑みで、およそ不釣り合いなことを口にするのだった。
曰く、損益分岐点、曰く、売上高営業利益率……。
幸雄とて経営者一族の一員だ。それなりに勉強もしているが、休日の私邸で若い女性達が交わす話題とは思えなかった。
幸雄が呆れている間に由香里は行ってしまうのだった。
あてが外れた愚息はいきり立ったままだ。どうしてくれようか――
そこでふと麻里を思い出した。車に乗りたくても乗れないのなら、代わりに自分が乗ってやる――妙な理屈を考えて、由香里達には断りを入れずにやってきたのだ。
初めてではないが、久しぶりだった。麻里はあまり人を自宅に招くのを好まないのだ。
営みはだからモーテルをよく利用した。それも少し離れた別の市のモーテルを。野中ですることも多々あった。人家が疎らな林間の開けた窪地などが二人のお気に入りだった。気候のいいよく晴れた日など特に気持ちがよかった。解放感とスリルがたまらない。カーセックスも頻繁にした。
何時でも何処でも誰とでもというのが麻里のスタンスだと幸雄は理解していた。
その麻里が珍しく気が乗らない様子を見せた。既に起きていて、服もきちんと着ていたが、顔が蒼く、酒臭かった。どうやら二日酔いらしい。珍しいことだ。麻里は酒が弱いわけではないが、あまり好まない。それが二日酔いとはよくよくのことだ。
何気なく部屋を見回すと、流しに洗ってないグラスが二客、湯飲み茶碗が二客置いてあった。傍らには日本酒の一升瓶。八分目が空いていた。
相手は一人だったようだが、日本酒を飲む来客は誰だろう? 麻里はそうは飲まないだろうから、大半は来客が一人で飲んだのだろう。一晩で八分目飲むのは余程の酒豪だ。ならば一晩ではないかもしれない。するとかなり頻繁に来る人なのか?
麻里の部屋も畳だ。卓袱台の上に残された急須に触れてみた。まだ熱かった。さっきまで来客はいたようだ。麻里が部屋に泊まらせるような人間は誰だろう?
小百合か? 小百合と麻里は同病相憐れむのか、仲がいい。だがどちらかが何か相談事を持ちかけたというならまだ分かるが、そうでなければ、好色な女が二人だ。男の話を夜通ししても欲求不満がつのるばかりではないか。なら自分はもっと歓迎されていいはずだ。やはり来客は男なのだろう。
しかし二人の間では、そうした詮索はルール違反だった。互いに互いのプライベートには踏み込まない。ただ肉体だけを欲しい時に欲しいだけ求めあう――それが二人の暗黙のルールだった。
「掃除するわよ」
麻里が綿らしいカーディガンを脱いだ。
そういえば冷房が止まっていた。掃除の間窓を開ける気なのだろう。
だが、カーディガンを脱いだ麻里の格好といったら!
白地に淡いグレーの大きな水玉を散らしたノースリーブのオーバーブラウスに、トルコブルーのミニのソフトスカートだが、ブラウスは大胆に透けているので、下着を着けていない体の様子が丸分かりだ。乳房の線、乳暈の広がり、乳首の形などがあからさまだった。おまけに襟繰りが大きい。上からでも手を入れて乳房を掴めそうだった。
「その前にやんない?」
「うん……。シャワー浴びる?」
やはり気が乗らないようだ。珍しいことだ。
「いいよ 家で浴びてきた」
幸雄は実力行使にでることにした。麻里の場合は心より体の方がずっと〝前向き〟なはずだ。
ブラウスの上から乳房を掴み、乳首を摘んだ。
ピクリと肩が跳ねた。
反対の手をスカートの中に突っ込んだ。
予想していた通り、素肌が直に触れた。
女性の部分にそって指を滑らせた。意外に水気がなかった。
今は慎ましやかに閉じている襞の内に隠れた小さな突起を指先で探り当て、弄んでやる。
麻里の手が幸雄の腰のベルトに伸びてきた。両手でバックルを外し、ファスナーを引き下げた。
幸雄の指はまだゆっくりと内側を揉みほぐしている。
スラックスが擦り下げられた。
幸雄の指はまだ水気のない溝に沿って引っ掛かるように擦り続け、やがて奥の方で内側に埋まり込んだ。
途端に熱い液が溢れ出てきた。内部は既に融解していたのだ。
それに応じて麻里は脚を心持ち開き、幸雄の下半身に目を釘付けにして、自らの唇を舐めた。
よし。段々らしくなってきた――幸雄は指使いを更に大胆にした。
今朝の幸雄は半透明なビキニパンツを穿いている。少し前に由香里とペアで求めたものだ。そこから文字通り亀の頭のような肉塊が天に向かって突き出ていた。
麻里はよく撓う親指の腹で亀の口が吐き出した涎を先端全体に塗り付け、次いで首根っこを捕らえ擦りあげた。
麻里は素早くブラウスを脱ぐと、しゃがんだ。幸雄のスラックスを踝まで下げた。幸雄はそこから足を抜いた。
麻里の舌が幸雄の尖端に襲いかかった。
麻里の武器はその長くてよく動く舌だ。人間の舌には意外に力がある。先端を尖らせて突き動かす力はかなりなものだし、舐めあげる圧力も強い。表面がザラザラしているから、強い刺激を与えることができるのだ。他に小突いたり、撥いたりする術もある。
女性から男性にするしても、男性から女性にするにしても、口戯はあまりソフトに終始してはいけない。舌の攻撃力を存分に発揮させるべきなのだ。麻里の場合は舌が長いだけに、更に破壊力が増している。男は纏わりつかれるように擦過される感覚がするのだ
幸雄は麻里を抱えあげ、くるりと逆さにした。支えて立つ幸雄に対し、麻里は頭が下に、脚が上になった。立位の69だ。
今や充血し、突端を外に突き出している肉の芽、その近くのごく小さな小水の孔、その先に浅ましく口を開き、弛緩と収縮を繰り返す体奥に続く穴、更にその先に固く閉ざされた粘膜の小蕾――それらを幸雄の舌は次々といたぶった。
麻里の分泌液と自分の唾液が混じりあい、鼠径部と小菊に溜まり、溢れて身体の両側から下に伝い落ちた
同時に幸雄は、二人分の体重を支えて踏ん張る大腿が割られて、そこに顔が捻じ込まれ、自分の菊の花芯にも女の舌先が挿し込まれるのを感じた。
「最近スィングパーティーに行ってるかい?」
一息ついた幸雄は傍らに寝ている麻里に問いかけた。
このところ出張のない幸雄は、みどりのことが少し気になっていた。
「う……ん?」
情事の後の気だるい浮遊感に浸っていた麻里は曖昧な声を出した。
「……ああ、そういや、この間さ、すっごいマニャックなパーティーに行ったよ」
言葉の後半部分はしっかりした口調になっていた。
「へえ……。どんな?」
「オシッコ掛け合うパーティー。結構楽しめたよ」
「そんなのあんのかよ!? いつ? 何人くらい?」
「ついこないだ。ええと……八人だったな。男と女同数ずつ。温泉の露天風呂でさ」
「汚えなあ」
「そう思う人は向いてないわね。マット敷いて、湯船には絶対しちゃいけないのよ」
「だろうな」
「お互いに掛け合うの。もうまるで野球の優勝祝賀会よ。ずぶ濡れ!」
「はっはっは……。誰にでも好きに掛けちゃうの?」
「男が女に、女が男に掛けるのよね。女同士掛け合ってる人達もいた。男同士はなかったわね」
「掛けるだけ?」
「勿論セックスもありよ」
「だよな。出し終わっちゃったらもうすることないもんな」
「だから水分どんどん摂るのよ。人間の膀胱って結構でかいのよ? 特に男! どれだけ入ってるのかって思うわよ。あたし新顔だったから、皆にやられちゃって! 集中放水だったわよ」
「女にも?」
「そん時は流石に来なかった。でも常連になったら、オシッコ掛けさせてって来る女はいるよ、きっと」
「また行くの?」
「あ、興味あるの? あるんなら連れてったげるわよ。会員制だからいきなり幸雄一人で行っても入れないよ。あたしもメンバーのおじさんに連れてってもらったんだ。だけどあたし自身は正直もういいなあ。あたしはセックスがしたいだけなんだから。――どうする?」
「いいよ、俺も。知らない女にションベンひっかけられんのはちょっとな」
「わかんないよ? 癖になるかも。二人で練習してみる? 掛けたげるよ?」
「掛けるのはいいけど、掛けられんのはやだな。麻里は平気か? いや平気なんだよな! 俺がやったろうか!?」
「うふふ……。別にやじゃないけど、今日は駄目よ。これから仕事! まーた頭洗って整えるのやだから」
「ああ」
「幸雄こそ最近どんなセックスしてんの?」
「別に普通だよ。一対一で、揉んで舐めて挿れて……」
「まんこだけ? アヌスはしないの?」
麻里は言葉を飾らない。幸雄でさえ時々呆れることがある。
「うん」
「健全ね」
「相手が決まってるし……」
「幸雄にしちゃ禁欲的だね。無理してない?」
「まあ、ちょい物足りなくはあるな」
「それであたしのとこに来たの?」
「朝、由香里に拒否された」
正直にいった。麻里は異性だが、彼女なら何でも言えると思っている。
「へええ……。由香里さんが?」
幸雄は朝の顛末を麻里に話してやった。
「ふうん……」
麻里は裸の上体を起こした。じっと幸雄の顔を見守る。胸の膨らみの上にさっき幸雄がつけた紅い吸い痕がついていた。
「しをりさんと由香里さん、仲がいいのねえ」
「うまが合うんだろ」
「うまが合うって……どこが合うと思ってるの?」
「さあ……。気性だろう?」
「ほんとにそう思ってんの?」
「何だよ?」
「人と人がうまが合うってさ――あたしと幸雄はうまが合ってる?」
「俺はそう思ってるよ」
「何が合ってる? 心? そうだとあたしは嬉しいな。あたし幸雄が好きよ? そうあってほしいって憧れてる。幸雄は?」
「……おいおい」
「うふふ……。そんなに困った顔しないでよ。本気にしたの?」
「いや……」
「あたしと幸雄のうまが合うところはね……体なの!」
確かに体の相性というのはある。それは幸雄も分かっている。
「ああ、勿論体だって合ってるさ」
なんだか言い訳がましい口調になってきた。
「しをりさんと由香里さんだってね――」
そんな幸雄の心の動きに麻里は頓着しなかった。していないように見えた。
「毎日家でも会社でも顔突き合わせてるのに、休みの日も何時間も二人で籠りっきりってのは、ちょっと異常よ」
「……」
「由香里さんがしをりさんとこに行くとき、幸雄にどんな顔する?」
「うん?」
幸雄は由香里の謎の笑みを思い出す。その印象を麻里に話してみた。
「そら、ご覧なさい!」
「えっ?」
「男って、ほんと馬鹿ね!」
「馬鹿とはなんだ」
「幸雄が馬鹿というんじゃないの。男が馬鹿なの」
「同じことだろ」
「いい? 幸雄としをりさんは肉体関係にあるわけじゃない」
幸雄は返事に窮した。今まで第三者に気付かれたと思ったことはなかった。それだけの注意を二人して払ってきたつもりだった。
「あたしに隠したってしょうがないわよ。女ってそういうことはわかるもんなの。あたしにわかるんだから、由香里さんは当然わかってると思いなさいよ」
「それは絶対ないよ」
幸雄はそのことには自信があった。
「由香里さんの態度からそう思うの? 嫉妬や怨み、怒りを見せたりしないから?」
「そう」
「じゃ、何故しをりさんの態度から由香里さんが気が付かないと思うの? 同じ女同士なのに」
「さあ……しをりが上手だからだろ」
自然声が弱々しくなる。思わずしをりと呼び捨てにした自分に気付いた。。
麻里は幸雄の抗弁などきいていなかった。
「何故二人の間にトラブルが起きないか。却って異常に親密なのか……。まだわからない?」
「おいおい……」
幸雄にも流石に麻里の言わんとすることがわかってきた。
「うまがあうのは気性だけに限らないわ。あたしと幸雄の例を――」
麻里を遮った。
「レズだというのか?」
「バイよ」
「……う~ん。いつから?」
「洸一郎さんの忌明けから程なく……かしらね。多分」
そうなのだろうか?
幸雄は目を宙に泳がせた。だが、あの時がそれかと思い当たる節はなかった。
目を麻里に戻すと、いつの間にか立て膝した上に肘を重ねて寝かせ、その上に顎を載せていた。脚の間には行為の痕もまだ生々しい股間が覗いていた。
「しをりさんは相当スケベよ」
幸雄は頷いた。それはわかっている。また、そうでなければ幸雄と永続きはしない。
「男なしで悶々としてたのね。そこに由香里さんが女の味を教えたんだわ」
「今は俺がいる」
「そう。でも続いてるわけでしょ? 余程由香里さんが上手いんだわ。あたしにも今度してくんないかな? ――ここまで話せば、由香里さんが何考えてるのかわかるよね?」
「俺を誘ってる……」
「3Pしたいってね」
「呆れるな。女の性欲ってそんなに強いのか?」
「あと、しをりさんとの関係をオープンにしたいのかな?」
「ああ……」
「今度由香里さんから〝サイン〟がでたら、ついていくことね。ついていくっていっても、最初はすぐじゃない方がいいかも。三十分待ってからいくことね。それなら二人ともすっかり出来上がっちゃってるよ? 体中の粘膜が充血しきっててさ、幸雄がハメたらすぐ昇天よ!」
幸雄は溜め息をついた。
「女の方がすごいよな!」
「気持ちよくなるためなら、何だってする女はいるのよ……」
麻里は幸雄の手首を掴み、自分の股間に導いた。
なんら力を入れていないのに、人差し指がヌルリと中に呑み取られた。麻里は膝立ちして、体を寄せてきた。腰をくねくねと振って、幸雄の指を更に奥へ奥へと導きつつ、手を添えて抜き差しもさせた。それが充分深く呑み取れたと見るや、添えた自身の手を外し、幸雄の股間を探った。
幸雄は体を前傾させ、唇を吸いながら、麻里に覆い被さっていった。
麻里の推理が正しいかどうか、確かめる機会はしかしすぐにはやってこなかった。しをりに仕事が入ったり、由香里に出張があったりして、うまく噛み合わなかった。
その間当然幸雄はしをりを何度か抱いたが、直接質すようなことはしなかった。進んで言わないことは敢えて訊かない――それが幸雄の一貫したスタイルだった。
漸く実現できそうな日取りが巡ってきたと期待が高まったある日、突然清二が洸之進を連れてやってきた。
新たに迎えた養子を紹介したいということだった。
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