16.旅人達と温泉街(温泉饅頭付き)(1)
馬車がギリギリで通れるかどうかと言う感じの林道が続く。
ケートラの横幅も馬車と似たようなものなので、平地の街道ほどはスピードを出すことができない。
時折冒険者と思しき徒歩の旅人とすれ違ったりするのだが、藪に足を突っ込むほどに避けて貰ったりしているので申し訳なさが溢れてくる。
「随分と狭い道ですね。マルさん、運転の方は大丈夫ですか? 疲れませんか?」
「大丈夫だ。だが、もうすぐ抜けてくれないとちょっと困るな……」
そんな会話をしたところで、前方が明るくなってくる。
林道の出口だ。
林道を抜けると、そこには整った街並みが広がっていた。
「ここが……ズサク
「ああ。俺も来るのは初めてだが、なかなかいい街だな」
石畳が敷かれた道路の両側には美しい家が建ち並び、水路の所々で湯気が立っている。
水路の湯気を見るに、恐らく町全体に温泉が行き渡っているのだろう。
「この町は昔から湯治客で賑わっていてね。景勝地と呼べる場所ではないが、一級の観光地なんだ」
景勝地と呼べる場所ではない、と言うのは誰かの受け売りだったが、歴史の深さ故の渋さと美しさが同居する景観の良い町並みであった。
その姿は充分に観光地足りうる佇まいである。
しかし。
「馬車通りがあるとは言え、道は狭いな……。この町をケートラで見て回るのは難しいかもしれない」
町中を走っていると道の狭さゆえに人とぶつかりそうになる。
長距離馬車が開通しても道の幅が広げられないのは、古い町の宿命なのだろう。
今も徐行運転を心掛けているので大事には至っていないが、道幅も広く馬車通りも整っていた商業都市ティカシキとは違い、この町をケートラで見回るのはちょっと難しそうである。
「取りあえず、ケートラも止めることができる宿を探そう。この町は
「分かりました。ケートラさんが充分お休み出来るお宿だとよいですね」
リシャの言葉に頷くと、俺は人の往来が多い馬車通りを徐行しながら進んで行った。
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「いや……思った以上に高くついたなこの宿……」
宿、あんまり選び放題じゃなかった。
と言うか、宿は沢山あるけどケートラを止めることができる宿が二~三軒しかなかった。
すっかり失念していたわけだが、ここは
こんな町中にケートラが止められるような馬車止めがある宿と言うことは、プライベートで馬車を所有している大商人やお貴族様がお泊りになられる宿と言う事であり、総じて贅沢な作りになると言うわけだ。
そりゃあ宿泊料も高くなるし、身許の確認も厳格になるわな、はっはは。
身許についてはリシャに貴族パワーを使わせてしまったので、何と言うか申し訳ない気持ちでいっぱいです。
「でも、素敵なお部屋だと思います。寝室が三つに分かれていますので、いつものように別々の部屋に分かれる必要は無いですね」
「ああ、部屋に鍵もかけられるし、何より宿に温泉を引き込んでいるのがいい」
大体の宿は宿自体に湯殿はなく町の要所にある共同浴場の利用を勧めているが、この宿はお大尽が利用する宿だけあって宿内に湯殿を完備し温泉を引き込んでいる。
こんな贅沢許されるのだろうか。
そう言えば冒険者時代後半も金だけはあったから、無駄にこんな宿にも泊まったりしていた。
同部屋の二人はベッドに入れば秒で寝てしまう不愛想な男と、止めない限りいつまでも酒を飲み続けるスキンヘッドであったが。
「そう言えば、この町にも代官がいるんだろ? 会ったことはあるのか?」
「ええと、あるのかも知れませんが、覚えていないです。屋敷のある場所からも遠いので、収穫期の挨拶にもあまり来ることはなかったように思います」
「そうか。一応アンテマさんからこの町の代官宛てに連絡が来ているかもしれないけど、俺達の方が到着が早い可能性の方が高いし、挨拶に行くとしても後ほどでいいかな。さて、せっかくだし町の観光といこう。まだ日が落ちるには早いしな」
「はい! 参りましょう!」
荷物の整理もそこそこに、俺達は町の中心へと行く事にした。
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「マルさん、見て下さい! 物凄い量のお湯が流れております!」
町の中心部には大きな人口の池があり、その池に向かって
池からはもうもうと湯気が立ち込めており、多量の温泉であることがうかがえた。
「あれは湯畑と言うものらしい。湯温を調整したり、温泉の成分を分離させたりする役目があるようだ」
おれはこっそりと案内看板を読みながら、リシャに説明した。
湯畑はズサク
王都から来たと思しき観光客や多種多様な冒険者、そして隣国の庶民と見受けられる人型種族まで様々だ。
「ところでこの蒸し練り粉、お手軽に食べられて美味いな」
そんな様子を観察しながら、俺は先程露店で買った小麦粉菓子を食べながら言った。
温泉の蒸気を利用して蒸された菓子であり、小麦粉を練って蒸したものの中にはビーンズジャムが入っている。
以前にティカシキ付近で食べた小麦粉菓子のように蒸したあと更に焼くと言う捻りは無いが、これはこれでオーソドックスな美味しさである。
「とてもふかふかで美味しいです。ビーンズジャムと言うものは初めて食べましたが、とても甘いんですね。あ、マルさん、足湯と言うものがあるみたいですよ。行ってみませんか?」
リシャは小麦粉菓子を上品に食べながら、湯畑の傍に併設されている東屋の方へと向かっていった。
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「そう言えば、マルさん。目的がないとは仰ってましたけど、どうしてこの町に来ようと思ったのです?」
少し熱めの足湯に両足を浸けながら、リシャが小麦粉菓子を片手に俺に聞く。
「
「この町が?」
「ああ。例えば隣のテュエヴ王国に行くとするといくつか候補となる街道や玄関口があるんだけど、その中で温泉で有名な町がこのズサク
「そうなのですね」
今俺達がいるカンタウン王国の西方には、山深き北方領と広大な海岸線を持つ南方領の二つの顔を有するテュエヴ王国が存在しているわけだが、カンタウン王国からテュエヴ王国へと向かうにはいくつか街道が存在している。
その中の一つ、がこのズサク
だって、せっかくなら入りたいじゃん。温泉。
「あとは、冒険者ギルドのある町って言うのはあるな。俺だって元冒険者だから、どうしても名前の知ってる町は冒険者ギルドのある町に偏るんだ。そうだ、せっかくだしこの町の冒険者ギルドにも後で行ってみるか?」
「本当ですか? 是非行ってみたいです!」
「よし。もう少し観光したら行ってみるか」
人の集まる場所と言えども、この辺りは都市部から離れており僻地と言って差し支えないため魔物が強い。
そんな中にあって冒険者ギルドが存在し宿も充実しているので、この町を拠点にして魔物を狩ることを生業にしている冒険者も多い。
そんなわけで、流石にここの冒険者ギルドであれば高ランクの冒険者も多く滞在しているので、たとえ元ラスト・バスティオンと言えども無駄に騒がれることはないだろう。
湯畑の辺りを適当にふらふら観光しながら美味しいものを食べた後、俺とリシャは冒険者ギルドへと向かうことにした。
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