17.旅人達と温泉街(2)

「ここがこの町の冒険者ギルドだな」


「ティカシキほど大きくはないですけど、趣のある建物ですね」



 ズサクの観光と美味しいものをそこそこ堪能した俺達は、この町の冒険者ギルドへとやってきた。


 年季の入った石造りの建物を今も丁寧に使っていることが見てとれ、この町の歴史を感じさせる冒険者ギルドである。



「中の作りも中々懐古主義的と言うか、新しさを感じたティカシキとは正反対だ」


「ええ。何だかタイムスリップしたみたいです」



 静かな冒険者ギルドの中を俺とリシャは小声で会話をしながら受付窓口の方へと向かう。


 職員の顔を見るに流石に俺がラスト・バスティオンのマルヴェールだと気付いているようだが、特に話しかけてくるわけではなかった。


 平穏で結構である。



「リシャと申します。仕事の受注に参りました」


「ギルドカードの提示をお願いできますか」


「はい」



 仕事の受付窓口にリシャがギルドカードを提示し、窓口の職員が魔導ネットワークのデータを照合、そして今ある仕事の確認に入る。


 そして窓口の職員が仕事のまとめられたファイルを開こうとしたところで、静穏な冒険者ギルド内に突然大きな声が響き渡った。



「あーら! 職員達の見間違いかと思ったけど、本物のマルちゃんじゃなぁい! 冒険者はやめたって聞いてたけど、まだ続けてたのぉ? 歓迎するわよん!」


 どこかで聞いたことがある野太い声がする方を見ると、身の丈が俺よりも頭一つはでかい筋肉達磨が、妙にクネクネしながら立っていた。



「げ……! あんた、どうしてここに……!」


 ……あまり会いたくない類の顔見知りである。



「どうしても何も、ここのトップは今アタシがやってるの! マルちゃん達も凄いけど、アタシもずいぶん出世したでしょお?」


 その巨体の筋肉達磨は俺に投げキッスを送ってきた。



「マルさん……その、お知り合いですか……?」


「あー……昔冒険者をやってた時に、何度かその場限りの即席パーティ連合を組んだことがあると言うか……」



 俺もこいつも違うパーティに所属していたが、大物退治の時などに何度か共同戦線を張ったことがあった。


 あの時のこいつは確か重装鎧を着こんだ前衛だった気がする。



「思い出すわぁあの頃を……。アタシがマルちゃんのお尻を護って、マルちゃんがアタシのお尻を護るの……熱い夜を何度も繰り返したわねぇ……」


 言い方ぁ。


 大体いくら即席でパーティ連合を組んだとは言え行動はパーティ単位だったから、あんたに背中を預けたことはないはずだが!?



「と、申し遅れたわお嬢ちゃん。アタクシ、冒険者ギルドズサク支局の支局長にしてズサク旅人街りょにんがいの代官、テシェルペタよ。テシェちゃんって呼んでね」


「よ……宜しくお願い致します、テシェちゃん様……」


 テシェルペタがリシャにウインクし、リシャがテシェルペタにお辞儀をする。



「なあ……ズサクの代官って……こいつだったのか?」


「いえ……このような特徴的な方でしたら覚えていると思うのですが……」


「あらお嬢さん、この町ズサクの代官をご存じ? アタシが代官になったのはね、つい最近よ。と言うか、臨時代官って言うのかしら?」


 リシャの言葉にテシェルペタが反応した。



「つい先日のことなんだけど、前任者が腰痛のせいで急に引退しちゃってね。次の代官が決まるまで、ひとまずアタシが務めてるのよ。はぁ、いやんなっちゃうわぁ……ただでさえ支局長の仕事が忙しいのに、その上臨時代官の仕事なんて……寝不足でお肌が荒れちゃうわ……」


 そんなことを言いながら、テシェルペタが急に黄昏始める。


 まあ、寝不足は辛いものな……。



「ああそうそう。話が逸れちゃったけど、マルちゃん冒険者を続けてたのね。ちょっとやって欲しい仕事があるんだけどさぁ、頼めない?」


「いや、冒険者をやめたって言うのは本当だ。もう登録は抹消してギルドカードも返上してしまったよ。今は旅人をしながらリシャの後見をしているから、冒険者ギルドに立ち寄っただけなんだ」


「ええーーーそうなのーーーー! もったいなぁい! それじゃあさあ、タダ働きでいいから頼めなぁい!? ほんとに出来る人がいなくて困ってる仕事があるのよぉーーー」


「なんでしれっとタダ働きになってるんだよ! そうやって仕事を押し付けられるのがイヤだから、冒険者をやめたの!!」



 まったく、どいつもこいつも!





*****************************





「で、地滑りが起きたはずみで山の上にある監視台の土台が崩れて、危険な状態になってるってわけだ」


 俺は町の裏手に立ち上がる、崖のように急な山の斜面を見ながらテシェルペタに言った。


 中腹には今にも崩れ落ちそうな木造りの監視台が斜めになって何とか耐えている。



「そぉなのよぉ。足場が脆くなってて、ちょっとでも刺激を与えると崩れちゃいそうなのよねぇ……」


 監視台の下にはこの町の有力者達の邸宅が存在しており、万が一崩れ落ちた場合には大きな被害となるだろう。


 一応下の住人達には危険を知らせているらしいが、いつまでもこうしているわけにはいかない。



「あんな状況になってしまうと、中々手を出しずらいだろうな……でも、この町にも大工とかいるんだろ?」


「その大工連合から、冒険者ギルドに依頼が来たのよ。下手したてを見れば分かるとおり、町の有力者達の邸宅が並んでるでしょ? 失敗は許されない状況なの。手を出すにはあまりにもリスキー過ぎるから、やりたくないのも頷けるわ」


「確かにやりたくない仕事だな。行きずりの冒険者になすり付けるのが一番丸い」



 下手に手を出して有力者の邸宅に被害を出しては責任問題に発展しかねない。


 その点外部の冒険者であれば、たとえ失敗したとしてもその冒険者を差し出せば責任逃れはできるだろう。



「マルさん、このようなお仕事を引き受けてしまってもよいのでしょうか? 今のお話だと、失敗したらマルさんが全ての責めを背負ってしまうと思うのですが……」


「そうなったら、一目散にこの町をとんずらだな」



 心配そうに声をかけてくるリシャに対して、俺はフォローの言葉をかけた。


 リシャの表情を見るに、あんまりフォローになってなかったかもしれない。



「お嬢ちゃん、アタシ達だってそんな無責任じゃないわよ。マルちゃんが失敗したとしても、冒険者ギルドが責任をちゃんと負うわ。アタシのクビの一つでも差し出してね」


「それで、どうやって解決するかだな。時間をかけてゆっくり解体していく方法が一番いいと思うんだが」


「下の有力者達からの突き上げでね、すぐに解決して欲しいそうよ」


「だろうな。それじゃあ、とっとと終わらせるか。ロープがもっと大量に必要だから、用意しといてくれないか」


 そう言うと俺は今用意されているロープの束を肩にかけ工具をいくつかツールポケットにしまう。



「大丈夫なのですかマルさん。私も何か手伝うことはありますか?」


「いや、一人の方がいい。危なくない位置に下がって、見ていてくれ」


「マルちゃんはね、大工仕事とかも得意なのよ。昔アタシ達が冒険者をしてた時も、即席でキャンプ地なんかを作っちゃうような人なんだから」



 テシェルペタの言葉が終わるかどうかと言ったタイミングで、俺は跳躍の魔法を使いながら崩れ落ちそうな監視台を越えて山の上手うわてへと飛んでいく。


 そして山の上でしっかりと根を張った木々にロープの片側を括り付け、ロープを伝いながら監視台の方へと降りて行った。



「結構ぎりぎりだな。今まで持ちこたえてくれたのが奇跡みたいなものか」


 監視台を見ながら俺は独り言を呟くと、斜めになっている監視台にロープを回し落ちないよう固定する。


 そしてもう一度跳躍の魔法を使い山の上手うわてと飛びロープのもう片側を木々に括り付けた。





*****************************





 ロープを木に固定して監視台の方へと降りロープを回す。


 そして再び上に戻ってロープのもう片側を別の木に固定する。


 ロープがなくなったら下に取りに行ってまた同じ作業をする……を、何回繰り返しただろうか。



 取りあえず、監視台をロープやら養生やらでぐるぐる巻きにして滑落しないようにすると言う応急処置は、その日のうちに取ることができた。



「あとは数日がかりで解体していくって感じだな」


 夕日に照らされた崩れかけの監視台を見ながら、俺はテシェルペタに進捗を報告する。



「助かるわぁマルちゃん。ホント、どうしようかと思ってたところなのよぉ」


「リシャも悪かったな。せっかくの観光のつもりが、こんなことに時間を取らせてしまって」



 本当はもう少し町をぶらりと見て回りたかったのだが、今日は半日この仕事にかかり切りになってしまったし明日明後日も丸々使ってしまうだろう。


 この町での観光を楽しみにしていただろうに、何とも申し訳ない。



「いえ、見ていて勉強になりました。冒険者にはこのようなお仕事もあるのですね」


「大体が戦闘と単純労働よ。マルちゃんみたいに何でもこなせる子は少ないから、ホント重宝するわ」


「どんなにお世辞を並べても、これ以上は働かないからな」



 どうせおだててまた別の面倒くさい仕事を押し付ける気だろう。


 その手には乗らんぞ悪徳ギルド支局長め。



「あら、お世辞じゃなくて本気で褒めてるのよ? マルちゃんみたいな冒険者なんて、他にいないわ。オンリーワンでナンバーワンよ」


「全く、どの口が……。まあいいか、今日は日が暮れる前に宿に戻って温泉と晩飯だ」


「そう言えばマルちゃん、どこの宿取ったの?」



「『望泉亭ぼうせんてい』ってとこだよ」


「んまぁー! この町で一~二位を争う高級宿よ、随分と奮発したじゃない! やっぱり稼いでる人は違うわねぇー」


「こんな贅沢旅するつもりじゃなかったんだけど、ケートラ……あ、いや、馬車を止められる宿がなくてな。……ん? リシャ、どうした?」


 ふと振り返ると、リシャがいつにも増して笑みを浮かべながら後ろからついて来ていた。



「いえ、何でもありませんよ。私は後ろで聞いておりますので、お話を続けてくださいませ」


「あ、ああ。分かった」



 やっぱり観光できなかったことに対して少々ご立腹なのだろうか。


 いや、表情や仕草を見るに怒っているとか言うわけではないみたいだが。


 何とも言えない感じなのだが藪をつついて蛇を出すことにもなりかねないので、取りあえずそっとしておくことにした。

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