6.軽トラックと旅人とお嬢様(4)

 その男は人間の倍はあるかのような巨体の持ち主であり、頭には魔族の象徴たる草食獣のような角が生えていた。



 ……魔族とは、この世界に繋がる別の世界、異界と呼ばれる場所の住人である。


 その思想は我等とは一切相容れず、ただ侵略と破壊を是とし、自らの領土を広げる事だけを目的としている。



 見た目が美しい奴はいくらでもいる種族なのだが、こいつについては醜男だ。



「俺達を知っている割にゃア、随分と無謀だナァ人間」


「そうでもないさ、実力はわきまえているつもりだ」



 捕らえられていた村人達以外にこの場で立っている者は、もう俺とこの魔族の男しかいない。


 俺は剣、相手は棍棒を手に持ち、少し弱まった雨の中、廃屋の外で互いに睨み合っていた。



「魔王は倒されたぞ、人の手によってな。あんたももう、帰ったらどうだ?」


「はっ」


 不届き者の頭領である魔族の男は鼻で笑い、こう続けた。



「俺ぁなあ、魔王がいなくなったんで出てきたんだヨォ。全く、有難いこったぜ、頭ごなしに怒鳴りつけてくるうるせえ奴をぶっ潰してくれてナァ。よぉく聞け人間、次はこの俺、ガイネガイン様が魔王ダ。言っとくが、俺は前の奴のように甘くぁねぇぞ」


「あんたが魔王? 笑わせる。井の中の蛙は、せめて井戸から頭を出して隣にある小さな池くらいは知るべきだ。お前じゃ魔王のお茶汲み係にすらなれないな」


「そうかそうか。それじゃあお前は、その蛙に一飲みされる羽虫の役目だナ!」



 相手の台詞が終わるかどうかと言ったタイミングで、俺の脳天に棍棒が振り下ろされる。


 無論その一撃を黙って食らってやるほどお人よしではない。


 俺は横に大きく跳躍し棍棒による攻撃を躱した。


 棍棒は空を切り、雨によってぬかるんだ地面を大きくひしゃげさせる。



「ウラァ!!」


 気合の一声と共に再度棍棒を横薙ぎに俺へと振り抜く。


 が、やはりその程度の動きで俺を捉えることはできない。



「ちょろちょろと鬱陶しいんだヨォ!」


 中々俺に対して攻撃が当たらないことに苛立ったのか、魔族の男は出鱈目に棍棒を振り回し始めた。


 勿論そんな攻撃に当たるわけが無い。


 全て余裕をもって躱しきる。



「どうした? 一飲みにするんじゃないのか?」


 はっきり言って、こいつは弱い。


 魔法が得意な魔族にあってマナを扱う気配もないし、全ての攻撃が単調で捻りがない。


 こんなに弱い魔族を見たのは久々である。



「クソ! クソ! 当たりゃいいんだ……! 当たりゃこんな細っちろい人間……!」


 そうかそうか、当たれば俺のことを倒せるのか。


 ならば当ててみろ。



「ガアアァ!」


 雄叫びと共に放った魔族の男の渾身の一撃を、俺は左手で受け止める。


 棍棒の直撃に顔を崩し笑みを浮かべる魔族の男。


 しかし、その笑みは一瞬で引きつった顔に変わった。



「何故……何故砕けない!? 何故吹っ飛ばない!? 何故無事でいる!? 何故俺の攻撃が効かない!?」


「なに、簡単なことだ。あんたの一撃よりも俺の防衛術プロテクションまさっていただけのことだよ」


 僅かに白く光っていた左手の防御魔法は、効果時間が切れただのマナ粒子となり周囲へと還っていた。



 同時に俺は剣を構え、別の魔法の詠唱を始める。


雷光剣ライトニング・ブレイド!」


 詠唱完了と共に帯電した剣は青白い光を帯び始めた。



「おのれェ!!」


 相手は最後の悪あがきに棍棒を振り下ろすも、俺には当たらない。



「はっ!」


 そして攻撃後に隙だらけとなった相手の腿に、俺は帯電した剣を突き刺した。


 同時に電流は全身を駆け巡り、魔族の男は黒い煙を吐きながら仰向けに倒れ込む。


 ……勝負は一瞬でついたようだ。



「これで死なないんだから、あんた等本当に頑丈だよな……」


 全身から煙を吹きながら気を失い倒れている魔族の男に向かって、俺は呟く。



 ふと空を見上げると、既に雨はやんで雲は晴れ上がり星空が瞬き始めていた。





*****************************





「エルニアお姉様! ご無事ですか!」


 解放された村人達の助けを借りながら、倒れている不届き者達に縄をかけ負傷した兵士三人の介抱をしていると、ケートラの中で待機させていたリシャノアお嬢さんが駆け寄ってきた。



「リシャノア、貴女まで来ていたのですか!?」


 領主の長女であるエルニアお嬢さんが兵士を介抱する手を止め、リシャノアお嬢さんへと振り向く。



「そうです、この方の荷車に乗せて頂いて。……そうだ! 貴方様、酷いではないですか! 安全になったら合図せよ命じておいたのに、一向に何の音沙汰もないなんて!」


「あ、ああ。すまない……忘れてた……」


 その件についてはごめんなさい。



「それにしても……本当に四人だけでこれだけの人数の敵を倒してしまわれたのですか……」


 リシャノアお嬢さんが周囲を見回しながら呟く。


 十数人の不届き者達は意識のない者もある者も全て、縄に掛けられている。


 頭領であった魔族の男は特に厳重に捕縛されていた。



「ええ。殊に不届き者の頭領については、我が屋敷の兵達三人でも敵わなかったものを一人で倒してしまわれました……。リシャノア、この方は一体……?」


「旅のお方のようですが、父から客人として屋敷に招き入れられておりました。ちらりと聞いた話では、魔王討伐を成し遂げた冒険者一行『ラスト・バスティオン』の一人であるとか……。旅のお方、それは本当なのですか?」


 二人の視線が俺に向く。



「まあ、嘘ではないかな。パーティの一人と言っても、荷物持ちおまけだけれども」


 謙遜とか抜きで、他の四人は俺よりも圧倒的に強い。


 なので俺の戦闘によってラスト・バスティオンの強さが測られることについては気が引けるのだが、この程度の相手だったので何とかなった。



「それよりも、麓に見えるあの松明の明かりは本隊が到着したところだな。夜は冷える、屋敷に戻ろう」


 木々の向こう側、山の下の方を見ると、暗がりの中で松明のような明かりがちらほらと見え始めてきている。


 ジョッシュ公が派兵した本隊が、俺達に追いついてきたのだった。



 ……その後、俺達は本隊と合流し、ケートラをフル活用しながら怪我人やお嬢様二人、そして村人達を少しずつ輸送する。


 全ての処理が終わり漸く屋敷の部屋へと戻ってきたときは、既に夜が明ける頃となっていた。

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