7.軽トラックと旅人とお嬢様(5)

「この度は五日も逗留させて頂きありがとうございました。お世話になりました」


「なんの礼を言いたいのはこちらの方だ。娘の命を救って頂き重ね重ね礼を申し上げる。流石、魔王を倒した冒険者の一人よ。噂に違わぬ武人であった」



 あの後の不届き者達の処分や魔族の男の処理は全てジョッシュ公に任せ、俺は客人としてゆるりと屋敷の一室で過ごさせて貰っていた。


 まだ旅も始めたばかりであると言うのに、五日間と言う休息期間は長すぎたような気もするが。



「次はどこに向かう予定なのかね?」


「ここから更に街道を進んだところに、公が治める商都がありますよね。そこで一度物資の補給をしてから西を目指そうと思っています」


「商都ティカシキに向かうか。ならば街の代官宛に貴殿の事を伝え、諸々便宜を図っておくとしよう。本当に世話になったな」


「いえ。ジョッシュ公御自らの見送りに加え、そのようにお骨折り下さるのは光栄の極みです。このご恩は決して忘れず旅を続けようと思います。それでは」



 雲一つない蒼天の下、ジョッシュ公達に見送られながら俺はケートラに乗って屋敷を後にした。


 そう言えば今日はリシャノアお嬢さんを見ていない気がするが、恐らく無理矢理にでも俺について行こうとしてしまうので自室に軟禁されているのだろう。


 俺が再びこの地に戻る時は、きっとあのお嬢さんもどこか別の貴族へと嫁いで行ってしまっているのだろうな。


 もう会うこともないと思うが、間違いなく思い出に残るお嬢さんだった。





*****************************





 ジョッシュ公の屋敷を出てしばらく行ったところで、街道沿いに美しい湖沼を見つけたので俺は一度目の休憩に入った。


 ケートラに積まれた荷物の中から釣り道具を引っ張り出し、水辺から湖中に釣り糸を垂らす。



 ……魚が釣れずにどれくらいの時間が経っただろうか。


 ふと街道の方を見ると、ケートラを走らせてきた方から数頭、馬が走ってくるのが見えた。



「ん? なんだ?」


 俺は釣り道具をしまいそちらの方をうかがう。


 よく目を凝らすと、それはジョッシュ公本人とその従者達であることが伺えた。



「マルヴェール殿、別れの挨拶をしておきながらすまぬ。貴殿の荷物をひとつ、あらためさせて頂きたい」


「荷物を? ええ、いいですが……」



 俺に追いついてきたジョッシュ公は開口一番そう言うと、ケートラの荷台の中から大袋を一つ、指し示した。


「リシャノア、そこにおるのだろう。出てきなさい」



 ……はい?



 その大袋は、出立の時にケートラに積まれていた荷物の一つだった。


 ジョッシュ公がいくつか旅の助けにと持たせてくれた荷物があり、その中の一つだと思っていたが、まさか……。



「ダ、ダレモイマセンヨー」


「ふざけている場合か! 直ちに出てきなさい!!」



 しばらく後、観念したかのように大袋が自分から開かれると、現れたのはやっぱりと言うかなんと言うか、リシャノアお嬢さんその人であった。



「全く我が恩人にまで迷惑をかけおって……この馬鹿娘が。マルヴェール殿に頭を下げよ。そして、屋敷に戻るぞ」


「確かに、確かにマルヴェール様にかけたご迷惑の事は謝ります。ですがお父様、私には無理なのです。屋敷の中で囲われ、いずれは見ず知らずの誰かの元に嫁ぎ、そのまま生涯を家の中で過ごす……そのようなことができる人間では無いのです、私は!」


「何を言うか馬鹿者が! お前のような世間知らずの娘が外に出て何ができる!」


「私を世間知らずに育てたのはお父様でしょう!? 私は知りたいのです! 外に何があるのか、世界はどうなっているのか!!」



 ……うむ。


 完全に父娘喧嘩が始まってしまった。


 俺は従者四人に軽く目配せをした後その横に並び立ちながら、二人の様子を黙って眺めている。



 しばらく二人の言い合いが続いて膠着状態になる中、俺は二人の沈黙の隙を突いてお嬢さんに言葉をかけた。



「リシャノアお嬢さん。貴女が思うほど世界は優しくないし、自由でもないよ」


「……」



「例えばお嬢さんがなりたいと言っていた冒険者だけどね。彼等は貴女の想像よりも遥かに規則やしがらみに縛られ、実入りも少なく今日の生活にすら困窮する者も多い。それは冒険者に限らず、他のどの仕事でも同じものだ。立場や身分に関わらず、真に自由な者は少ない。皆無と言っていい」


 俺の言葉を聞いて、お嬢さんは黙って俺の顔を見る。



「街の住人や農作業で領内を支えている人達も一緒だ。日々天候や病気と言ったどうしようもないもの、身分が上の者や自分より強い存在に抑圧され、場合によっては明日も生きられると言う保証すらない者もいる。はっきり言ってしまえば、貴女が今置かれている立場の方が余程自由で、明日の生き方が保証されているものだよ。それでも……それでもなお、その立場を捨ててより待遇が悪く、明日も知れないような生き方を選ぼうと言うのかい?」


「……」



 ここまで言えば、自分が恵まれていると言うことに気付いてくれるだろうか。


「……そうです。私は、今の自身が自由である事、そして、明日が保証されている身である事を知っています……。伊達に……領内を歩き回っていたわけではありません。食事もとれず飢えて動けぬ者、困窮故に明日がなかった者も知っています……。名君と謳われるお父様の領内ですらそうなのです、悲惨な地がどれ程の惨状か、想像に難くありません……」


 リシャノアお嬢さんは一度呼吸を置き、更に続ける。


「それでも、それでも見たいのです。この目で、はっきりとこの世界と言うものを! 世界がどうなっているのか、世界とは何者であるかを!!」



「……もうよい」


 娘の言葉が終わるか否かと言ったところで、ジョッシュ公はそれを遮るように口を開いた。



「もうよい。もはやお前など、我が娘ではない。どこへなりとも行くがよい」


「マルヴェール殿。その娘を連れるでもよいし、手に余るようならばどこぞに棄て置いても構わぬ。この度は本当に苦労を掛けた、重ね重ね礼を言う。お前達、行くぞ」


 ジョッシュ公はそう言うと馬に乗り、従者四人と共にこの場を後にする。



「全く、その頑固さと愚直さは誰に似たんだか……」という呟きが聞こえてきた気がした。



「……ええと」


 さて困った。



 俺としてはケートラと一緒に二人旅を続ける予定であったが、このままお嬢さんを放り出すわけにはいかない。


 このお嬢さんの気性から言えばこのまま屋敷に戻るとは思えないし、かと言ってここで放っておけば完全素人のお嬢様は本当に明日を迎える前に死んでしまいかねない。


 と言うか、ジョッシュ公が引いたのも「熟練の冒険者であった俺に預けておけば、ひとまず悪い事にはならないだろう」と言う算段もあるのだろう。


 そうなるとやはり、連れていくしかないのか……。



「取りあえず、助手席に乗りなさい……」


「……! 良いのですか!?」


「不本意だけど、そうするしかないでしょ。ただし、我儘は許さない。明日も生きていたければ、俺の言う事をよく聞き自分の身を守るだけの力を身につけていきなさい」


「は……はい! 宜しくお願いいたします!」



 お嬢さんは嬉々として助手席に座り、俺は軽くため息をついてケートラを撫でた後、運転席に乗り込んだ。



 こうして、俺とケートラにリシャを加えた三人の旅が始まったわけである。





*****************************





 整備された街道を、マルヴェールとリシャノアを乗せた白い軽トラックが走り続ける。



 そんな中、車内のカーナビ画面には現地の言葉で文字が流れ始めた。


「只今累計走行距離が2,500kmを越えケートラの経験値が3,000点に到達しました。

 これによってケートラのレベルが10に上がり『パッシブスキル:軟地走行3』、アビリティポイント4点を取得しました。

 アビリティポイントは現在25点貯まっています。アビリティを取得したい場合は、メニューにある『能力』の項目からアビリティを選択してください」



 その文字列は二人に気付かれないまま、流れ去っていった。

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