5.軽トラックと旅人とお嬢様(3)
「あのバカ娘……性懲りもなくふらふらと出て行ったところを捕らえられたか!?」
「いえ……捕らえられたのはリシャノア様ではなく……エルニア様でございまして……! 領内にて視察の折、雨が降ってきたので民家の軒下を借り雨具の手配をしていたところで、ならず者共の襲撃に合い村の者共々拘引された由にございます!!」
衛兵の言葉を最後まで聞くか否かと言ったところで、ジョッシュ公はフラフラと椅子に座り込む。
「不覚であった……。近頃隣国から得体の知れぬ連中が領内に潜り込んでいたのは把握していたのだが、素性が不確かなうちは悪党と決めつけてはならぬと監視にとどめていたのだ……。もう少し早く動いていればこのような事態には……」
ジョッシュ公は右手で額を抑えながら力なく呟くが、しかし流石は侯爵である。その立ち直りは早い。
「奴等の
「は!」
衛兵が広間から駆け出したところで、俺も立ち上がりジョッシュ公に告げた。
「不肖ながら、俺も行きましょう。人手は多いほど、そして用兵は早いほどいい筈です」
「おお……。しかしこれは我が領内の話……、客人である貴殿の手を煩わせるわけには……」
「公もご存じのとおり、俺も魔王を倒した者の一人です。不届き者程度、敵ではございません」
「すまぬ……。我が領民を……そして娘を頼む……!」
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激しい雨が打ちつける中、俺はケートラの扉を開け運転席に乗り込む。
そしてギアを変えアクセルを踏み屋敷の門前に移動すると、隊列を編成中の兵士達に声をかけた。
「腕に覚えのある者は荷台に乗れ! 僅かな人数なら連れて行ける!」
「旅人殿! その荷車は!?」
「まあ色々あって、神より授かった乗り物だ! 馬よりも早く走ることが出来る!」
そして俺は重装備の男達を見渡して、概算でケートラの最大積載量と比べてみる。
「よに……いや、三人までだ!」
流石に重装備の兵士は、重い……!
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「無事でいてくれよ……」
大雨の中ぬかるんだ道をいつもよりも速いペースでケートラを走らせながら、俺は思わず独り言を呟く。
現行戦力は荷台にいる屈強な兵士が三人、そして元冒険者の俺。
戦力としては少ないかも知れないが、何か間違いが起こる前に速度重視で相手の拠点まで行くのは悪い事ではない。
例えば交渉なり何なりして粘っていれば、有利なのはこちらの方である。
「しかし結構な雨だな……。土砂とかで行き止まりになっていなければいいけど……」
「この街道沿いは土砂崩れが起こるような場所は無いので心配御無用です。問題は、山道ですね」
「そうだな。ケートラは細い山道は通れないからな……」
俺は透き通るような可愛らしい声に返事をした。
ん?
ちょっと待って。
「……て、何で隣にいるんですかー!!」
首を横に振り助手席を見ると、そこには金髪碧眼、可憐なお召物を着た人形のようなお嬢さんが座っていた。
「だって、お姉様と領民の危機なのですよ!? 私が行かないでどうするのですか!!」
そう。
噂のリシャノアお嬢様である。
恐らく助手席の下に体を丸めて隠れていたのだろう。
よく確認しなかったこの俺、一生の不覚である。
しかし、いつの間に潜り込んでいたのだろうかこの娘は……。
「お嬢さんには何もできないでしょー! 大人しくおうちに帰りなさい!」
「あら。貴方、この乗り物が走れるような道を把握していて? ちゃんとお姉様達の元へ迷わずに辿り着けます? 私、伊達にこの辺りを歩き回っていませんよ。不届き者のアジトくらいきっちりしっかり把握しています!」
「そ、そうなのか?」
確かに相手の大体の場所は聞いてきたが、ケートラが無事に走れる道を通れるかどうか分からない。
それに、今道を引き返してリシャノアお嬢様を屋敷に置いてくるとなると、大きな時間のロスになるだろう。
不本意ではあるが、ここは助手席で少しでも戦力になって貰う他はない。
「だったら、できるだけ街道を使った道を教えてくれ! 川渡りは避けてな!」
「お任せなさい!」
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「木々の向こうに僅かに光って見えるのが、奴等のアジトです。かなり近くまで来ることが出来ましたね」
「ああ、道があったのは幸いだった」
リシャノアお嬢様の指示の元、俺達は不届き者が潜伏しているアジト付近までケートラを走らすことができた。
相変わらず雨は降り続き雷鳴が轟いているが、むしろ隠密行動には持ってこいだろう。
「君はケートラの中にいろ。外に出たい気持ちもあると思うが、ここから先は本当に君の存在が足手まといになる」
「……仕方ないですね。安全になったら、合図なさい」
リシャノアお嬢様と会話を交わした後、俺は運転席を降り三人の兵士と共に敵のアジト近くまで向かう。
「どうやら、奴等もここに着いたばかりのようですな」
「ああ、ケートラを飛ばして来た甲斐があった」
数珠つなぎで縛られた村民達が敵のアジトと思われる廃屋の中へと引っ張られていく。
その中には、高価な召物を身に纏ったひときわ美しい女性の姿があった。
「エルニア様……! よくご無事で……!」
「さて……皆の無事は確認できたが……これからどうする?」
「荷台より周囲を見ておりましたが、我々ここには相当な速度で到着しました。恐らく本隊が到着するのはかなり先でしょう。どうにか時間を稼ぐか、あるいは我等だけで殲滅するか……」
パッと見た限り敵の数は十数人。
訓練を受け重装に身を包んだ三人プラス俺ならばやってやれないことはない。
……相手が人質作戦などを取らなければだが。
しかしそうこうしているうちに、我々が出ざるを得ない状況がやってきた。
敵のアジトの中で不届き者の一人が剣を抜き、村人の一人に向ける。
そしてその間に、エルニアお嬢様が割って入ったのだ。
「おのれ……もう我慢ならぬ! 我等だけで、敵を殲滅する!!」
兵士の一人が鬨の声を上げアジトに突撃し、残りの二人がそれに続く。
こうなると黙ってなどいられない。
俺も相手から死角になるような移動の仕方をしながら、三人の後に続いた。
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「な……領主の犬共だと!? 馬鹿な! 早すぎる!!」
「つけられたか!? だがそんな気配、無かったぞ!?」
「この領内での狼藉、決して許さぬ! 不届き者ども、覚悟せい!」
ジョッシュ公の兵三人は強かった。
数人を瞬く間に討ち取り、アジトを制圧していく。
一方俺は廃屋の外を死角から死角へと移動しながら、人質解放の算段を整えていた。
「上から行けるか……ならば……
短い魔法の詠唱を唱え、廃屋の上部に空いている明かり取りの窓へと飛び移る。
そして窓からアジトの内部へと潜入し人質達の裏へと回ると、戦闘の混乱の最中に人質達の腕に掛けられた縄を切っていった。
「貴方様は……!?」
「静かに。もうすぐ貴女の父君の兵が隊を成してこちらへ到着します。いずれはお助けしますので、まだ捕まっているフリを続けてください」
そう言い残し再び俺は薄暗い廃屋の闇に紛れる。
「怯むんじゃねえ! 相手に数はいねえ! たかだか三人だ!」
大雨と闇に乗じて兵の数を悟らせない作戦だったがもうバレた。
仕方ない、ここは一気に制圧と行くか。
「
「おぐっ」
「がはっ!」
闇の中から撃ち出したマナの矢は、不届き者二人に命中する。
死にはしないだろうがもはや戦力とはならないだろう。
「魔道士がいるぞ!? くそ……どこだ!」
「こちらだ。
闇に隠れることはやめて打って出る。
そして同時に放った火炎の魔法は、奴等の気勢を削ぐには充分な威力を持っていた。
一方三人の兵士は粗方の敵を倒し、相手の頭領へと迫っている。
もはや制圧は時間の問題かと思ったところだが、予想外の事態となった。
頭領は巨大な棍棒を振り回すと、三人の兵士は一気に吹っ飛ばされる。
「ぐぅ……」
「がは……」
「く……」
三人は甲冑に護られ致命傷には至っていない。
だがしかし、この場の戦力としてはリタイアだ。
「ったく、弱っちいなぁ人間って奴ぁヨォ……」
身の丈が常人の倍はありそうな不届き者の頭領が呆れたように呟く。
その言葉は、恐らく敵である三人の兵士にも味方である自分の部下達にも向けられた言葉なのであろう。
「……こんなところに、魔族か」
俺は敵の頭領を見上げながら呟く。
「訳知りだな? お前さんヨォ」
不届き者の頭領は俺を見下ろしながら、そう答えた。
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