26.旅人達と砦町(3)

「それでは、仕事完了の報告に行って参ります」


「ああ、気を付けてな」


 そう言ってリシャは一人、冒険者ギルドへと入って行く。



 俺はと言えば一度ケートラを宿へと停めてきて、それから朝の公園でリシャのことを待つことにした。


 ……どういうわけか朝と同じ露店の同じ売り子からポムの実で作ったジュースを買わされてしまったわけだが、美味しいからいいんだ、うん。



「冒険者ギルドに結構人が出入りしているな。これはリシャも時間がかかるかもなあ」


 場所にもよるが冒険者ギルドの窓口は結構な頻度で並ぶことがある。


 そうなると随分時間がかかるし、時間によっては翌日に回されたりするので厄介だ。


 できるなら今日中に済ませて欲しいところであるが。



 さて、そんなことを思いながら公園のベンチに腰掛け、立派にしつらえられた冒険者ギルドの出入り口付近を眺めながらジュースを飲んでいたその時だった。


「『ラスト・バスティオン』マルヴェールだな? 話がある」



 公園のベンチに生えている木の裏から話しかけてくる声がある。


 全く、今日はこんなのばっかりだ。



「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。仮にマルヴェールだとしたら、何か用か?」


 俺がそう答えると、古ぼけたコートにフードを被った男が木の陰から出てきて俺の横に座る。


 なんか、そんなにフードを被った男にばかり好かれたくないのだが。



「頼みがある。大商人チルチーヤの用心棒を暗殺して欲しい」


「それは俺向きの仕事じゃないな。他を当たってくれ」



 暗殺なんてしたこともない。


 誰かと間違えているのではないだろうか。



「ターゲットは魔族だ……。それも並の魔族じゃない、魔王の手駒として働いていた魔族だ。お前にしか頼めない」


「魔王の手駒だって……?」


 フードの男は俺の方を見ずに正面を見ながら、頷く。



 魔族に協調性はない。


 今まで出会った魔族の殆どが単独で活動し、単独で俺達の世界に嫌がらせをしてきていた。


 この世界の長い歴史を見ても、一部の例外を除いて魔族が協力して何か厄介事を起こしたと言う歴史はない。



 その数少ない例外の一人が、魔王だ。


 俺達が討伐した魔王は魔族と言う存在の常識を覆し、何百何千もの同胞を束ねて活動していた。


 それ故に魔王の存在は脅威であったのだ。



「いやしかし……そんな事を急に言われても困る」


「だろうな。だが、無理を承知で私が直々にお前に依頼をしていることから、事の重大さを理解して欲しい」



 男はこちらに深い皴が刻まれ白い髭を生やした顔を向け、軽くフードを取る。


 そして懐から王国の象徴たる紋章が刻まれた装飾品を取り出して俺に見せた。



「まさか……テュエヴ王国国軍将軍の一人……、デルフェイン閣下……?」


「元……だ。今は将軍職を引き、政務顧問をやっている。……言ってみれば、陛下直属の便利屋みたいなものだ」



 その顔は確かに見覚えがある。


 魔王討伐に出征する前に開かれた、各地の王や有力貴族が集まった決起会の際にテュエヴ国王の後ろに控えていた武人だ。


 このような大物が共も連れずに単身俺に接触するとはどう言う了見だろうか。



「詳細を話そう。ここ最近、ロングフィールド神殿砦に籍を置く貴族や商人の不審死が相次いでいると言う情報が中央に入ってきたのは、つい一か月前の話だ」


 デルフェイン氏は俺のことをちらりとも見ず、話を続ける。



「我々が陛下の命を受けこの街……ロングフィールド神殿砦まで出向き調べを進めたところ、砦町を拠点とする商人の一人が魔族と共に行動していると言う情報を掴んだ。その魔族と言うのが、くだんの魔王の手駒というわけだ」



 魔族には協調性がなく人と行動をする事はおろか従える事すら稀なのだが、時折そう言った者が現れる事もある。


 リシャの姉を誘拐したあの魔族のように。


 無論魔族と行動を共にすることはご法度であり、ほとんど全ての国で相応の罰が定められている。



「しかしですね閣下、そう言った話は俺ではなく冒険者ギルドに直接持っていくべきでは?」


 この手の仕事は旅人ではなく冒険者ギルドの管轄だ。


 冒険者は対魔族や対魔物のスペシャリストであり、対価さえ払えば引退を表明して自由人となった俺なんかよりも確実に始末してくれるのではないだろうか。



「無論、冒険者ギルドにも内々に依頼は出している。しかし対魔族……それも魔王の手駒ともなると、依頼するに足る冒険者もそうそういないのだ……」


 デルフェイン氏はフードの奥の目を伏せながら続ける。



「我等としても、事が大きくなる前に一刻も早く片を付けたいところではある。そんな折に関所を守る検問官から貴殿が入国したことを聞き、足取りを辿った結果今に至ったわけだ。……勿論のことだが、人の世のしがらみについて貴殿に迷惑をかけるつもりはない」


「事情は分かりました。引き受けよう……とは易々とも言えない案件ですが、俺も気になっていたところです。実は先程、街の外で俺に対して魔族の男が接触してきました。金の装飾が入ったフードを被り妙な口調で話しかけてきた奴でした。それが閣下達の狙っている魔族かどうかは分かりませんが」


俺のその言葉に氏はフードの奥からこちらに目線を向けた。



「その魔族の男は……なんと?」


「『自分はもうこの世界の住人だ』と、本当にそれだけです」


「信用など一切出来ぬな……」



 やはりそうであろう。


 俺自身も数多くの魔族と対峙してきたが、彼等の思想と我々の思想は一切相容れない。


 今更「この世界の住人なので仲良くして下さい」などと言われても根本的に無理な話だ。



「貴殿にコンタクトを取ってきた魔族の男は、我々が追っている魔族の男の情報と一致する。こう言っては何だが、既に貴殿はこの件において関係者と言うわけだ。望むと望まないとに関わらずな」


 そう言うとデルフェイン氏はベンチから立ち上がり、俺の方には目を向けずに歩き出す。



「明後日の日の入り直後、ロングフィールド神殿砦の一画にあるゼンコー祭祀場の裏手で待つ。そこで我々の作戦について具体的に話そう。門兵の問い掛けに『牛』とだけ答えよ」


 氏はそれだけ言うと大通りへと向かい、途中冒険者ギルドから出てきたリシャとすれ違った後に人混みの中へと消えていった。



「ただいま戻りました、マルさん。……あの、先程の方は?」


 リシャは冒険者ギルドから真っ直ぐ俺の方へと向かってくると、ベンチで一緒に座っていた男のことについて聞いてくる。



「この国の元お偉いさんでな、何でも先程街の外で会った魔族の討伐を俺に頼みたいそうだ。全く、なんで行く先行く先でこんなことになってしまうんだろうな……」


 頭を抱えながら項垂うなだれる俺に対してリシャが「よしよし」などと言いながら撫でてくれる。


 違う、そうじゃない。



「それで、マルさんはどうするのです? お受けなさるのですか?」


「今後この国を色々見て回るなら、受けざるを得ないだろうとは思う。この国の中央からの心証はよくしておいた方がいいだろうしな。何にせよ、事情を聴きに明後日の夕方、ロングフィールド神殿砦のゼンコー祭祀場に向かう予定だ。面白い用事でもないのでリシャは宿で寝ていても街で遊んでいてもどちらでもいい」


「勿論私も行きますよ。なにせ私はマルさんとパーティを組んでいますし」



 そんな話は初耳だったが、ここは断るよりもテシェルペタの助言に従いリシャも連れていくことにしよう。


 あの魔族の実力がどれ程のものか分からないのが不安ではあるが。



「よし、それじゃあ全ては明後日だな。今日はもう日も傾きかけているし、宿に戻って休もう」


 そう言って俺はリシャを連れ立ち、宿へと戻っていった。

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