25.旅人達と砦町(2)

「朝早くにも関わらず、大通りは人が多いなぁ」


 そんな何の意味もない独り言を呟きながら、俺は公園にあるベンチで一人、ポムの実で作ったジュースを飲んでいた。



 ポムの実はこの辺りで有名な農作物であり、街道沿いの農場でもよく植わっている。


 秋ごろから実を付け始める品種が多く雪にも強いため、ソバと並んでこの辺りが一大生産地であるそうだ。


 公園にある露店から声をかけられ流れで買わされたわけだが、買ってよかったと思えるくらいに美味である。



「しかしまあ、この街といいティカシキといい、結構儲かってるんだなあ冒険者ギルドも」


 俺が見上げた先にある公園近くの大きな建物、この街の冒険者ギルドへとリシャは足を運んでいる。


 今回は冒険者ギルドに一人で行ってみたいと言うことなので、リシャにお任せした。


 冒険者ギルドで囲まれがちな俺に対する気遣いもあるのだろう。



 冒険者ギルドの方を眺めていると、扉から小柄な少女が出てきてこちらの方へと駆け寄ってくる。


「マルさん、お待たせしました。戦闘系の依頼、魔物退治です」


 リシャが冒険者ギルドの依頼票を片手にこちらへとやってきた。


 無事に仕事が取れたようである。



「場所は街の外の農場か。よし、ケートラで向かおう」


 俺達は宿に停めてあるケートラを使って、依頼の場所へと向かうことにした。





*****************************





「あれだ。あの熊みたいな奴が、一昨日からずっとオラの農場に居座ってんだ」


 若い男性の依頼主が農場の中央を見ながら、俺とリシャに言う。


 畑の真ん中には熊型の魔物が堂々と居座り、農作物を食い荒らしていた。



「あのサイズならリシャの光弾ブリットで一撃で倒せそうだな。できるか?」


「やってみます」



 そう言うとリシャは身を屈めながら魔物の方へと近づく。


 そして魔法が届くか否かの範囲ギリギリまで近づくと上体を上げ、両手にマナを集中した。



光弾ブリット!」


 リシャの発声と共に放った光の弾丸が、熊型の魔物を射抜く。


 魔物は霧散し、マナ結晶へと姿を変えた。



「お見事だ。光弾ブリットも随分とコントロールできるようになってきたな」


「ふふ、修練の賜物です」


 俺の言葉にマナ結晶を拾って戻ってきたリシャは誇らしげに笑う。



「いや済まねえなぁ。ほら、これ、証明書だ。感謝すっぞ」


 依頼主はそう言ってリシャに仕事完了の証明書を手渡し野良仕事へ戻っていく。



 一方の俺達は、思いのほか早く仕事が片付いてしまったので少し消化不良な感じだ。


「そうだ、折角広いところまで来たし、光弾ブリット以外の魔法も覚えてみるか?」


 俺は農場と反対側に広がる平原を見ながら、リシャに提案した。



「はい、やってみたいです」


「宜しい。それでは我が秘術を伝授しよう」


 秘術の伝授……なんて言ってみたが、大昔からあるごく一般的な魔法の一つである。



 魔法の基本はマナ操作であり、効率的なマナ運用パターンは限られてくる。


 複雑なマナ操作がいらない魔法は教本や辞典に載っているような基礎魔法であり、ほとんどが名前をつけて効率よく管理運用できるようにしているわけだ。


 魔法発動の際には別に魔法名を言わなくてもいいのだけれど、大体の術者は魔法名を叫びながら魔法を発動している。



「今から教えるのは俺がよく使う跳躍術エアリアだ。戦闘でも戦闘外でも使える大変便利な魔法だぞ。ただし、跳躍術エアリアは大きく跳べるだけで着地の制御とかはしなきゃいけないし、空を飛ぶことは非常に難しい。なので自分が使える範囲内で使用すること。いいね?」


「はい。分かりました」



 そう言いながら俺はリシャに対して跳躍術エアリアの主要素となるマナ操作方法を実演して見せる。


 俺は平屋の建物の屋根くらいまで飛び上がり、そのまま着地した。



「こ、こうでしょうか……跳躍術エアリア!」


 それを見ていたリシャは自分で試行錯誤を繰り返しながら、跳躍術エアリアを使って平原をぴょんぴょん飛び跳ね始める。



「そうそう、中々筋がいいぞ。分かっていると思うが、体内のマナを使いすぎないように注意するんだぞー」


「大丈夫です。マルさん、少し遠くまで行ってみます」


「俺が見える範囲でなー」



 そんな会話をしながらリシャの魔法訓練をしていると、冷や汗が出るような独特の気配を感じた。


 この世のものではないこの気配……間違いなく、魔族だ。



「そこにいるのは分かっている。出てこい」


「ドウモドウモ。いやぁまさかと思いましたが、本当にラスト・バスティオンのマルヴェールサマご本人とは」


 虚空に向かって独り言のように呟くと、俺の後方に突如発生した黒い霧の中から金の刺繍が施されたフードを被った男が現れ、軽妙な声色で話しかけてくる。



「知り合いだったか? あんたのような奴は友人にいないはずだが……」


 腰に下げた剣の柄に手をかけ、いつでも戦闘ができるように準備をする。



「いえいえ、私が一方的に顔を知っているだけで、完全に初対面デス。それに、ご安心ください。私、今は人に紛れてひっそりと暮らしている、この世界の住人デスよ。皆サマに危害を加える気は一切ございまセン」


「魔族の言葉を信用できると思うか?」


「私がその気になれば、この程度の街すぐに攻め落とせるコトをお忘れなく。それをしていないと言うコトは、つまり、そう言うコトでございマスよ」



 ニヤニヤ笑いを浮かべながらフードの男は俺に対して随分と不穏なことを言う。


 この程度の街とは言うが、ロングフィールド神殿砦の砦町は指折りの都市であり、軍事面でも随分と発達している。


 ここを単独で攻め落とせそうな魔族と言えば、魔王くらいしか俺は知らない。


 ハッタリにしても大きく出すぎであろう。



「俺の前に来た目的は何だ?」


「特にありません。ただ、噂に名高い『ラスト・バスティオン』のお顔を拝見しようと思っただけデス。ただのヤジウマ根性デスよ」



 その男は挑発的な笑みを浮かべながら、更に続ける。


「魔王を倒して下さりありがとうございマス。イヤ全く、あのような青臭い理想を掲げて我々を振り回していたコトは、甚だ迷惑でございましたカラね」



 魔族と言う存在は一切信用ならない。


 だがしかし、戦意のない相手を叩き斬るのも気が引けるし、そもそも叩き斬れるかどうかも分からない。



「それではまた、どこかでお会いいたしまショウ。アデュウ!」


 そう言うとフードを被った魔族の男は黒い霧の中へと消えていく。


 魔族の気配は消え、後には静かな空間だけが残った。



 ラスト・バスティオンの他の四人なら、問答無用であいつの事を倒していただろうか……?


 そんなことを思いながら、今この場であの魔族を斬らなかった事を僅かばかり後悔した。



「マルさん、戻って参りましたよ。マルさん、マルさーん?」


「お、おおっと。リシャか」


 謎の魔族との邂逅に半ば放心していると、目の前にはリシャが帰ってきていた。



「どうかなさいましたか?」


「リシャは何ともないか? ……俺の前に魔族が現れて、挑発して帰っていった」


「魔族が……?」


 リシャも首を傾げるような仕草をしながら何ともないことをアピールする。



「ああ……何がしたいのか分からんが目の前に現れて消えていった。用心した方がいいかもしれないな」


「そうですね……なにもないとよいのですが」


 我々に対する敵対者であることは確かなのだが、魔族の行動はどうにも理解できない。



「それはそれとして、日が高いうちに街に戻って冒険者ギルドに報告に行こう。魔族のことはケートラに乗りながら考えよう」


「はい、分かりました」


 そう言って俺達はケートラへと乗り込み、街へと戻っていった。

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