24.旅人達と砦町(お蕎麦付き)(1)

「通ってよし。冒険者ギルドはこの門から続く馬車通り沿いにあるから、宿が決まった後にでも立ち寄ると良かろう」


 街の入口にある入街大門にて、国境で見せた通行証を見せいくらかの通行税を支払い、ケートラと共に都市とも言うべき大きな街へ入った。



 ロングフィールド神殿砦……テュエヴ王国スィーナン北方領の中心地にして統括地である。


 古くはスィーナン北方領に伝わる古宗教の中心地であったが、商都ティカシキと同じく商業都市に形を変えて発展した街だ。


 かつての宗教的中心地だった神殿は現在では政庁として利用されている。



「ここがロングフィールド神殿砦とその砦町か。中々の街並みだな」


「ええ、ジョッシュ地方でこの街に匹敵するのはティカシキくらいでしょうか」


 街中はティカシキと同じく馬車通りが発達しており、ケートラでも走りやすい街だ。



「まずは宿を決めよう、そしたら次はソバ屋だ。ここに来た目的はソバだからな」


「ふふ、余程楽しみにしているのですね。私もどのようなものか楽しみです」



 何だか食いしん坊みたいな感じになってしまいかなり気恥ずかしいが、実際楽しみではあるのでそこは勘弁して欲しい。


 そんなわけで俺は本日宿泊する宿とソバを出してくれる店を同時に探していた。





*****************************





「へい、ザルソバとカケソバね!」


 昼時を過ぎていたにも関わらず少し並んでしまったが、無事にソバを注文することができた。


 店内はそこそこ広いながらどの席も埋まっており、人気店であることが伺える。



「お宿もありましたし、おソバを食べられるお店も見つかりましたし、良かったですね」


 リシャがにこにこしながら俺に言う。



「ああ、これでやっと念願のソバが食べられる。そう言えばソバは箸と言う食器で食べるそうだが、扱えるか?」


「ええ。お箸ならばカトラリーとして我が家でも時折使っておりましたので大丈夫です」


「そうか、なら良かった」



 あまりメジャーな食器ではないが、一部の地域や料理で箸と言う変わった物を使う時がある。


 貴族の食卓にも出てくると言うのは意外であったが。



「お兄さん達、旅のお方? おソバは初めて?」


「ええ、初めてです」


 相席となった隣の老夫婦のうちご婦人の方が声をかけてきた。



「おソバはね、ちょっとお行儀が悪いように感じるかもしれないけど、音を立ってすすると美味しいのよ」


「そうなのですね」


 ご婦人と会話をしながらおソバを待つ。



 少し経った頃だろうか、突如、店内が騒がしくなり始めた。


 店の入り口の方を見ると、ごてごてと派手な格好をした若い男が屈強な男を数人連れて、何やら店の者と揉めている。



「だーかーらー! このリチッチ様が直々に食べに来てやったんだぞ!! 今いる奴等ぜーんいん追い出して、貸し切りにしろって言ってるのが分からないか!!」


「ですから、当店は身分の上下なくお客様に商品をお出しすることが認められておりまして……。たとえどのような身分の方でも、特別扱いすることはできかねます」


「ボクは大商人チルチーヤの息子なんだぞ! 砦の貴族だってボクのパパに頭が上がらないんだ! お前のことなんてパパに言いつけて、この街にいられなくしてやるぞ!!」



 どうやら何かを勘違いしたボンボンが難癖付けているようである。


 迷惑至極であるが、ああいう手合いはどこにでもいるし冒険者の中にも時折あのような奴を見てきた。


 まあ、大体の奴は悲惨な末路を辿って行ったので、いずれはこの勘違いボンボンもその様な末路を辿る可能性が高いだろう。


 取りあえず店の者に対応に任せて、俺達はソバを待つことにする。



「横暴は止めにしなさい! 父が何ですか、貴方自身が何者でもないのに。これ以上皆様に迷惑を掛けるのはおよしなさい!」


 面倒事は御免と言った態度で無視を決め込んでいた俺。


 しかし、俺の前にいる金髪碧眼の女性が席を立ち上がり勘違いボンボンに啖呵を切った。



 リシャ……どうして……。



「な……な……なんだとぉ! ボクだって、いずれはパパの後を継いで大商人になる男なんだぞ!? それをチミはなんだ!!」


 勘違いボンボンがズカズカと店に立入り、リシャの前に立つ。



「へ。よく見ると結構かわい子ちゃんじゃない。さっきの言葉取り消してくれたら、ボクとデートしてあげてもいいけど??」


「貴方のような下賤な者と親交を深める気は一切ありません。直ちにこのお店から立ち去りなさい!」


「おお、こわっ! へへ、この気の強い子猫ちゃんはどんな声で鳴くのかなぁ~? おい、お前達! この子猫ちゃんを連れて来なさい!」


「「「は!」」」



 ボンボンに続いて屈強な男達も店へと侵入してくる。


 こう言う手合いは店とか衛兵に任せておけばいいのだが仕方がない。



「いい加減にしないか? あんた等のせいで店側も迷惑しているし、俺の仲間に手を出すのは言語道断だ。今すぐこの店から出ていって欲しい」


 俺も席から立ちあがり、リシャの前に立つ。


 そして屈強な男数名を前にして、名乗りを上げた。



「冒険者パーティ『ラスト・バスティオン』のマルヴェールだ。知らないとは言わせない」


 そして俺は皆に見せるように、懐から装飾の入った首飾りを出して掲げる。


 ラスト・バスティオンの一員であったことを証明するクレストが入った唯一の装飾品だ。


 俺自身の体内にあるマナを首飾りに軽く込めると、淡く緑色に輝き出した。



「ラスト・バスティオン……本物だ……」


「すげぇ……ラスト・バスティオンがいる……!」


 周りの客はざわつき出し、男達は怯む。



「ど……どうしたお前達!! は、はやくそんな小男なんてぶっ飛ばして、子猫ちゃんを連れてけよ……!!」


 勘違いボンボンは俺の事は知られなかったようで、呆気あっけにとられながらも男達に指示を出した。



「坊ちゃん、無理だ。俺達にどうにかできる相手じゃねえ」


「今回は諦めてくれ」



 そう言うと男達は喚くボンボンを抱え込みながらそそくさと退散する。


 しかしこういう時といい通行証の件といい、何だかんだで未だにラスト・バスティオンの威光を頼っているんだよな……俺。



「リシャ、行こう」


 席を立ちあがったついでに俺達も外に出ようとする。



「マルさん、おソバは宜しいのですか?」


「これだけ騒ぎになってしまったんだ。店側としても俺達が居座られると迷惑だと思うよ」


 呆気にとられている皆に見送られながら、俺達二人が店を出ようとしたその時である。



「待ちな」


 奥で料理をしていたと思われる職人のような風情を持った店の主が、俺達に声をかけてきた。


「この店はルールに従うならどんな奴だろうがソバを出してる。たとえ世界を救った英雄様でも特別扱いはできないが、それでいいなら食っていきな」





*****************************





「おお……これがソバ……何という美味……」


 俺が頼んだのは最もシンプルなザルソバと言うものであるが、麺を口に運ぶと爽やかな清涼感とほろりと切れる食感が大変心地よい。



「とても美味しいです。爽やかで夏向けのお食事ですね」


「そうなのよ、夏に食べると美味しいの! でも、おソバ職人さん達は納得していないみたいよ。『ソバが一番美味しいのは新ソバが作れる秋だ!』なーんて。お嬢さん達も、良ければ秋まで待って新ソバを食べて行きなさい」


「秋ですか……結構先ではありますね」


 相席しているご婦人の方がそうおっしゃるが、流石にそこまでここに滞在するわけにはいかないが、迷うところでもある。



「それにしてもさっきの啖呵、気持ち良かったわよお嬢さん」


「いえ、あのようなことをしてしまい、お恥ずかしい限りです」


 そんなご婦人とリシャの会話に、ご婦人の連れ合いの旦那さんが入ってくる。



「あいつの父親はな、元々小金を持っていただけの街の商人なんだ。だがしかし、近頃なんでか知らんが力を持ち始めて、この街の政治にも口を出し始めてきた」


 旦那さんは更に続ける。


「この辺りは先の大戦からようやく復興してきたばかりでな。どうにも荒事が多い」



 スィーナン北方領は大戦初期に異界の門が数多く開き、魔族の侵攻も激しい場所であった。


 後半の数年間は魔王もスィーナン北方領からは手を引いていたので大戦の最中さなかでありながら復興することができたが、今でも魔物の残党が多かったり、統治を担当していた貴族が戦死しその相続で揉めに揉めていると言う話は聞いていた。


 その隙を突いて台頭し始めたのがあいつ等のような豪商と言うことだ。



「わし等もこの地に暮らして長いんだが、別に多くは望まねぇんだ。だが、引っ掻き回されるのは御免こうむりたいところだな」


 老夫婦からそんな事情を聞きながら、俺はソバをすすった。





*****************************





 マルヴェールとリシャノアが蕎麦を食べ終わり、街の観光へと向かおうとした丁度そのくらいの時間であろうか。


 砦町から少し離れた郊外にある屋敷の一角で、二人の男が上等なブランデーを飲みながら話をしていた。



「それでは次の標的は、神殿円卓会の一人、モリナン商会の主人モリナンその人と言うことで宜しいデスね?」


「そうだ。漸くお膳立てが整ったんでな、奴さえいなくなればワシに円卓会の席が回ってくるというわけだ。魔物に襲わせても事故に見せかけても構わん」



 一人は豪勢な衣装を身に纏った商人風の男、もう一人は金の絹糸を編み込んだフードを被った、背の高い男である。


 何やら不穏な雰囲気を出しながら、薄暗い部屋で二人は何やら密談をしている。



「しかし最初は驚いたよ。まさか魔族である君が、協力してくれようとはな」


「ふふふ。私といたしましても、今の魔族の在り方はもう古い! と感じておりマシテね。これからの時代はマネー、そしてビジネス! これにつきマスよ!」



 フードの中には二本の曲がった角が収められている。


 決してこの世界の人とは相いれないはずの、魔族たる者の象徴だ。


 魔族は人を奴隷のように使うことはあっても、並んで話をすることはない。


 その魔族が、人間と親しげに話をしている。



 そんな二人の空間に、私兵や見張りを外に立て誰も入ってくることがないようにしているにも関わらず、一人の男が飛び込んできた。


 息を切らし情けない声を上げながら、商人チルチーヤに言う。



「パパ! 助けてよ!! クソみたいな男に、この僕が、酷い目に遭わされたんだよ!!」


 その男は先程マルヴェールに蕎麦屋で追い返された、お坊ちゃんだった。



「突然なんだリチッチ! パパは重大なお話の最中なんだぞ!」


「パパの威厳にもかかわる事なんだよ!? パパの息子であるこの僕が、マルヴェールって言う男にいじめられたんだ! 何でもいいからそいつを懲らしめてやってくれよ!!」



 マル……ヴェール?


 魔族の男の顔が、歪む。



「ご子息サマ……それはひょっとして、『ラスト・バスティオン』のマルヴェールでは……?」


「確かに『ラスト・バスティオン』って名乗ってた気がするよ!? けど、それがなんだってんだよ!!」


「リチッチ、『ラスト・バスティオン』の名くらいは知っておけ。ついこの間魔王を倒した、冒険者集団だぞ」


「知らないよー! 冒険者みたいな野蛮な奴なんて!」



 親子の言い合いが続く中で、傍にいるフードを被った魔族の男はニヤつくような、苦虫をかむような、そんな複雑な表情をしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る