23.旅人達と若夫婦

 ズサク旅人街りょにんがいよりは拓けた高台に広がる小さな町に、俺とリシャとケートラは到着する。



 スィーナン北方領、シガン高原。


 高原の中央に位置するこの町に名前は存在しないが、便宜的に「シガン高原の町」と呼ばれている。



「すいません、この町に馬車が止められる宿はありませんかね」


「ああ、そんならこの道歩いてあいってすぐんとこさ。酒場さ下にあっから、すぐわかっべ」


 若干訛りのある口調のおじさんにお礼をし、俺は再びケートラを走らせる。


 この町は敷石などはなく土の道路であるが、道自体がズサクよりも広いため、ケートラも余裕をもって走らせることができた。



「あ、あの建物ですね。宿の下に酒場が併設されておりますし」


 低い建物が続く中で一軒だけ三階建ての建物が前に見えてきた。


 リシャの言う通り、あれが先程おじさんが言っていた宿だろう。



 俺は宿の隣にある「馬車止め」と書かれた草地の広場にケートラを止める。



 そしてリシャと共に宿屋の扉を開け……


 ……ようとした、その時である。



「冗談じゃねえ! こっちはあの魔物に仲間が二人もやられてんだ!! これ以上付き合ってられるか!!」


 冒険者と思われる男三人が乱暴に扉を開け、捨て台詞のようなものを吐きながら出てきた。



「お待ちください……! もはやあなた方しかいないのです……!! どうか、助けてください……!」


「俺達だって命は惜しいんだ! 悪いが諦めてくれ!!」


 引き留めようとする二人の若い男女の懇願に対して取り付く島もなく、冒険者達はそそくさと行ってしまった。



「う……うう……どうすれば……」


 扉の前でどうしたものかと顔を見合わせる俺とリシャ。


 そこに、酒場の主人と思われる男が出てきて声をかけてきた。



「あんたら、冒険者か?」


「この子は冒険者だ。俺はただの旅人さ」


「ランクは?」


「Fになりたてだ」


「そうか……なら無理だな……」



 そう言って酒場の主人は奥へと引っ込んでいく。


 二人の男女もそれに続いて行った。



「あー。俺達今日はここに泊まろうと思っているのだが、よければ話だけでも聞かせてくれないか?」


 そう言いながら俺はリシャを連れて酒場の中へと入っていく。


 この酒場は冒険者に対する仕事の斡旋窓口も兼ねているようで、魔導ネットワークの端末が置かれていた。



「彼等はこの近くで酪農をしている夫婦なんだがな、つい最近牧場に大型の魔物が居付くようになっちまったんだ」


「大型の魔物が?」


「ああ。そいつのせいで今、彼等は先祖代々の土地と家業を捨てるか命の危険を冒してでも牧場に残るかの二択を突きつけられてるって訳だ。……さっきの冒険者パーティだがな、二度三度魔物に挑んだんだけどよ、一人の仲間を失いもう一人も冒険者生命に関わる傷を負ったんで、もうこの件から手を引くそうだ。半分がCランクだってのに、お手上げだよ全く」



 パーティの半分がCランクであるにも関わらず返り討ちと言う事は、中々凶悪な魔物である。


 体感で言えば、ジョッシュ地方でリシャのお姉さんを助け出した際に戦った魔族の男よりも強いくらいだろうか。



「B以上の冒険者パーティなんて、そうそうねえしなあ……。俺も何とかしてやりたいから魔導ネットワークを使って冒険者ギルドに支援要請を送ってるんだけどよぉ……手頃な奴がいないみたいでなぁ……」


 酒場の主人が頭を掻きむしりながら俺に言う。



「マルさん、何とかできないでしょうか?」


「うーん……まあ、冒険者ギルドが手を打てないのならやってもいいけど……」



 悲嘆に暮れている夫婦を見ながら、リシャに答える。


 冒険者ギルドに対して依頼が来ている仕事に、冒険者を引退した俺が勝手に片付けるのも気が引ける。


 しかしまあ、肝心の冒険者ギルドが対応しきれていないなら、俺が手を出しても問題無いだろうか。



「親父さん。俺、今は旅人なんだけど、現役の時はB以上だったんだ。この子はFランクだけど元冒険者の俺が後見についていくから、依頼を受けられないか?」


「ああ? 俺は構わねえよ勿論。あんた等はどうだ?」


「か……解決してくれるなら誰でも構いません……! 是非宜しくお願いします……!」


「よし分かった。これが資料だ、見てくれや」


 そう言うと酒場の親父さんはファイリングされた資料を俺とリシャに見せてくれる。



「場所は……シガン高原と関所の間、第三駅宿から少し行ったところか。俺達が通って来たところだな」


「そうですね。ええと、魔物の姿形は、大型の牛、頭部に二本の角を持ち、体躯は家屋程度」



 ん?



「炎を纏い突進してくる。威嚇及び攻撃の手段として、炎を口から噴出する……これって……」



 まさか……。



「あの、つかぬことを聞くのだが、この魔物って一頭だけか? それとも何頭かいるのか?」


「確認できてるだけなら一頭だけだ。こんなやべぇ奴が何頭もいてたまるかよ」



 だよな。


 Cランクの冒険者パーティが尻尾を巻いて逃げる魔物なんて、そうそういてたまるかだよな。



「ええと、そいつなんだが……さっき街道を塞いでたから倒した」


「そうなんだ。どうやら時たま街道にも出て来てるみたいでよ、このままだと大事おおごとになるのも時間の問題……倒したぁ!?」



 リシャが先程手に入れた拳大のマナ結晶を鞄から取り出し、酒場の親父さんに見せる。


「こ……こんなバカでかいマナ結晶見たことねぇ……。マジで倒しちまったのか……? お、おい。あんた等、本当に魔物が倒されているかどうか、ちょっと現地を見回ってきてくれ……!」


「「は……はい……!」」


 親父さんの言葉に、しょげていた夫婦は勢いよく立ち上がり酒場を飛び出て行った。



「あーそれで、今日ここに泊まりたいんだけど、個室二部屋空いてる?」





*****************************





「昨晩牧場中を見て回りましたが、確かに魔物の姿も形も見えませんでしたし、お二人がおっしゃっていた街道の辺りにはあいつとの戦闘の跡がありました……。本当に倒して下さったのですね、ありがとうございます……!」


 翌朝、俺とリシャが親父さんの酒場で朝食を食べていると、昨日の若夫婦が礼の挨拶に来た。



「役に立てたのならよかった。こういう場合って依頼料の支払いとかってどうなるんだ? 俺達は知らん間に処理してしまったからキャンセルとかでもいいのだけど」


「そんな……しっかりお支払いさせて頂きます! ありがとうございます!!」


 そう言うと若夫婦は俺に対して仕事完了の証明書を渡して来たので、リシャに受け取るよう促した。



「本当に倒しちまってたんだな……。いや、すげえよ。元Bランクどころか、Aランクってとこだろ? あんた」


 リシャから渡された仕事完了の証明書を処理しながら、親父さんが俺に対して言う。



「まあ、その辺は想像に任せる。ところで、俺達ソバと言う食べ物を食べに来たんだ。この辺でソバが食べられるところはあるのだろうか?」


「ソバか……。この辺りの飯屋でも出していると言えば出しているんだが、春までには全部食べ切ってしまうんだよな……」


 俺の問いに親父さんが答えた。



「そうなのですか?」


「ああ。収穫が秋で、今が春の終わりだろ? 丁度ソバを切らしてしまう時期なんだよ。間が悪かったなぁ」


 親父さんが申し訳なさそうに俺達に告げたところで、若夫婦が朗報をもたらした。



「おソバでしたら、北方統轄地であるロングフィールド神殿砦の砦町まで行けばあるのではないでしょうか? あの辺りは一大生産地ですし、ソバ料理専門の店が街に何店もあります」


「おお、そうか……そうだな! ロングフィールド神殿砦なら今の季節でも食べられるかも知れねぇ」



 ロングフィールド神殿砦。


 スィーナン北方領の主力要塞であり、その眼下に広がる城下町は北方領随一の都市と聞く。


 シガン高原から西へ進むと大きな川にぶつかるが、その川沿いの街道を川下に向かって進めばロングフィールド神殿砦に着くと言うことだった。



「なるほど。よし、次の目的地はロングフィールド神殿砦ってところだな。三人とも、ありがとうございます」


「いえ、こちらこそありがとうございました。本当に、助かりました……!」



 目的地が決まったのなら出立は早い方がいい。


 俺とリシャは朝食を食べ終わるとケートラに荷物を積み入れ、シガン高原を後にした。

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