22.関所と魔物
山間にある小街道を走り続けていると、前方の見晴らしのいい小高い丘の上に建てられている砦が見えてくる。
カンタウン王国とテュエヴ王国の国境にある関所だ。
関所の周りにはどちらの国にも宿や店が立ち並び、ちょっとした町と言った雰囲気になっている。
当たり前だが国境越えには関所を通ることとされており、それ以外の場所を通ることはご法度だ。
「変わった形の荷車だな、商人か? 冒険者か?」
「冒険者と旅人だ。通行証を見せる」
関所に到着すると、既に何台かの馬車が検問を受けていた。
ケートラも列の中に並んでいると、検問官二人に話しかけられたのでそれに応じる。
「これで宜しいですか?」
リシャがズサクの冒険者ギルドで発行して貰った通行証を検問官の一人に渡す。
「はい、オッケーっス。荷物確認しますんで、待ってて下さいねー。ところでお嬢さん可愛いっスね。どう? 荷物調べてる間、一緒にお茶でも」
「仕事に集中しろナンパをするな馬鹿野郎! たく……済まねえ、あんたの通行証は?」
年若い検問官をどやしながら、口元に髭を生やした中年の検問官が俺に問う。
「ちょっと待っててくれ……確かここに……あったあった」
俺は運転席に置いている書類入れの中を探して通行証を引っ張り出し、それを検問官のもう一人に渡した。
「……いや、こんなどえらい通行証初めて見た……。『ラスト・バスティオン』のマルヴェールって……あんたが魔王を倒した伝説の……!?」
「ああ、まあ……一応」
何とも気恥ずかしいことだが、俺の通行証は各国の王が自ら調印し作成してくれた自由通行証である。
冒険者時代は魔王討伐のため諸国を駆け回っていたわけだが、その時に諸国の王達が共同で自由通行証を発行してくれたのだ。
魔王討伐後もある種の褒美として自由通行証の効力が生きていると言う感じである。
「検問長、なんスか? それ。有名なんスか?」
「ばっかお前何も知らないにも程があるぞ!? 見ろ、魔王を倒した伝説の冒険者パーティ『ラスト・バスティオン』の名前を! この方はな『ラスト・バスティオン』のマルヴェールさんなんだよ!!」
「ええ!? 魔王って冒険者が倒したんスかぁ!?」
「そこからかよ!!」
そのコントはいいから早く検問を終えて通して欲しい。
「へー、なんか有名な方なんスね。握手して貰っていいスか?」
「あ、ああ……いいよ」
「おーまーえーはー! 畏れってもんがないのかオレだって握手して欲しい気持ちを抑えて仕事を全うしようとしているのにマルヴェールさんオレも握手して貰っていいですか!!??」
「俺なんかで良ければ……」
いや、本当に握手でも何でもしてあげるから早く検問を終わらせて欲しい。
*****************************
「何だか面白い目に逢いましたね」
助手席でリシャがころころ笑いながら言う。
「本当に酷い目に逢った。いや、国境越える度にこんな目に逢ってたら洒落にならないんだが……」
あの後検問官が次々と俺達の周りに集まり始め、最後には関所の責任者まで出てくる一大事となってしまった。
実は魔王を倒しラスト・バスティオンが解散してから初めての国境越えである。
それまではカンタウン王国内をケートラで走り回っていたわけなのだが、今回の国境越えに当たってはどちらかと言うと自由通行証の効力が生きているかどうかの方が問題だと思っていた。
自由通行証が生きていたのは良かったが、こうも関所ごとに大騒ぎになられてはたまったものではない。
「ところで、ここはもうジョッシュ地方どころかカンタウン王国でもないのですね……。私、国から出たのは初めてです」
リシャが窓の外に流れる景色を見ながら言う。
外の景色はまだズサク辺りと変わらぬ風景が続いているが、そのうち植物相も変わり緩やかに別の顔へと変化していくだろう。
殊にテュエヴ王国スィーナン北方領の冬は雪深い。
今は初夏なので非常に過ごしやすい気候であるが、冬はリシャが住んでいた地域とは違い豪雪に見舞われるはずである。
「さて、関所からしばらく行くと、シガン高原付近に最初の町がある。今日はそこまで行って宿を探そう」
途中の
少々時間がかかっても、町まで行った方がいいだろう。
「わかりました。ところで、冒険者ギルドはありますかね?」
「シガン高原の町はどうだったかなあ……。冒険者時代もこの辺りは来たことがないんだよなー」
ケートラをのんびり走らせながらそんな会話をしていると、起伏はありながらも拓けた街道のど真ん中に、何やら生物のような大きな物体が道を塞いでいるのが見えた。
「あれは……?」
「あー、多分魔物だな。しかし、随分とでかいやつだな」
その魔物は身の丈が家屋ほどもある巨体でもって街道を塞ぎ、堂々と寝転んでいる。
近付いてみると左右に二本の角を持つ牛のような魔物であることが分かってきた。
牛のような魔物は寝ているように見えながら背には炎を纏い口から火炎の吐息を吐き出している。
「うーん、これほどの魔物だと街道を使う旅人や周辺住民も難儀しているだろうし、倒しておくか。街道を塞がれているとケートラも通れないしな」
「倒せてしまうのですか? 凄く強そうですけど……」
俺とリシャはケートラを降り、魔物に感知されないくらいまで近づく。
「まあ、倒せるよ。そうだ、リシャの魔法の訓練と行こう。ズサクで『異界の門』を破壊した時には体内のマナを使い切って気を失ってしまったよな? 今回は出来るだけ攻撃の出力を上げつつ、マナを使い切らない練習だ」
そう言うと俺は腰に下げた剣を抜き魔物の方へと向ける。
「俺が魔物を引き付けるから、リシャは
「分かりました。頑張ります……!」
リシャが構えたのを見て、俺は魔物に駆け出していく。
俺が近づいてきたのを察知して、魔物がその巨体を起こし、その身体に炎を纏いながら向かってきた。
「火牛タイプだな……
跳躍の魔法を使って魔物の顔付近へと飛ぶと、俺は思いっきり魔物の鼻っ柱を蹴飛ばした。
牛型の魔物は俺の蹴りの痛みにのたうちながら、尚も口から火を噴き俺に対して向かってくる。
俺はその直線的な攻撃を躱しながら、魔物を引き付け続けていた。
「
俺が魔物と対峙していると、涼やかな声と共に結構な威力の
牛型の魔物はよろけはするものの、しかしまだ霧散するには至らなかった。
「どうだリシャ! 今のでどれくらい自分のマナを使ったか分かるか!?」
「半分……よりも、もうちょっと使ったくらいです……! まだ、撃てます……!」
少しふらつきそうになりながらリシャが再び精神を集中し始める。
「異界の門」の破壊と言い今の
今の時点でどこかそこそこの冒険者パーティに入ったとしても、充分やっていけるだろう。
「おっと、お前の相手は俺だぞ」
牛型の魔物がリシャへと標的を変え口から炎を噴出そうとしたところを、俺が魔法と剣でもって食い止める。
その時間を使ってリシャは周囲のマナを収束させ、次の
「行きます……!
先程よりも威力は小さいが良くコントロールされた
牛型の魔物は断末魔の悲鳴を上げながら霧散し、拳大のマナ結晶へと姿を変えていった。
「……やりました、マルさん」
「ああ、満点だ。よくやったよ」
俺は地べたに座り込み立ち上がれないながらも意識を保ち続けているリシャの頭を撫でて、その功績を称えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます