27.元魔王の配下、リドラリドル
砦町から少し離れた田園の中に、一軒の屋敷がある。
そこは商人チルチーヤの別荘であり、商談の場所でもあった。
「さて、お約束のとおり、モリナン商会の
ソファに座りブランデーを片手で回しながら、魔族の男リドラリドルが商人チルチーヤへと言う。
「良かろう、万事お前に任せた」
そう言いながら、チルチーヤもグラスに入ったブランデーに口を付ける。
「ところで、ワシやお前の周辺を嗅ぎまわっているネズミ共がいるようだが」
そしてチルチーヤは口元に笑みを浮かべながらも目は笑わず、リドラリドルに問うた。
「別に構わないでショウ。今までだって何も出来ていなかったのデス、今更何ができますカ」
「ふむ……しかし用心するに越したことはなかろう。その方はワシの方で手は打っておく」
「フフ、流石は名うての大商人デス。そう言った細々としたお仕事については私苦手ですので、お願いいたしますヨ」
芝居がかった仕草でリドラリドルは立ち上がり、そしてチルチーヤへと一礼をする。
「それでは、私はそろそろ此度の仕事の総仕上げをして参りマス。仕事が完了しましたらまた伺いにあがりますので、それまでの間ご機嫌ヨウ」
そう言い残してリドラリドルは黒い霧と共に姿を消した。
後に残されたチルチーヤは窓すらない部屋で一人呟く。
「あと少しだ。『神殿円卓会』に潜り込めさえすればその後は簡単な事だ。円卓会を牛耳り、私がスィーナン北方領の支配権を得る」
神殿円卓会とは、この地方を治める合議制の統治集団である。
貴族十人、平民三人の十三人で構成されているが、貴族達は先の大戦での傷跡が癒えずその力は大きく弱体化し、現状では平民三人が主導権を握っていた。
平民三人のうち一枠は慣例的に商人が割り当てられるが、その中の一人が商人モリナンでありチルチーヤの最大のライバルというわけである。
「それにしてもあの魔族……リドラリドルもそろそろ頃合いか。魔王すら倒したラスト・バスティオンが今この街にいるのならば都合がいい。モリナン暗殺の後にリドラリドルには消えて貰うとするか。ラスト・バスティオンを利用してな」
不敵に笑いながら、チルチーヤは上等なブランデーに口を付けた。
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「神殿円卓会ネ……。この世界の住人はナゼ、そのようなものに拘るのでしょうネ」
街道沿いの
「統治機構など純粋で強力な暴力の前では、
魔族達の間にも、覇権争いは確かにある。
しかしそれは純粋な力と力のぶつかり合いであって、根回しをして小細工を弄してなどと言った回りくどいことは一切ない。
単純に力の強い者こそがトップになるべきであり、力量に応じた領地を持つべきなのだと信じられている。
「まあ、それでこの辺りが私の領地となるなら、それでヨシとしまショウかねえ」
リドラリドルにとって商人チルチーヤの野望などどうでもいい。
適当に影から力を貸してチルチーヤの立場が強くなったら、彼になり代わるなり傀儡にするなりしてこの地を支配する予定である。
そう言った意味では、リドラリドルも魔族の中では魔王の考えと近いのかもしれない。
「……イヤ、そんなわけないでしょう。私があの魔王と一緒だなんて、考えたくもない」
ふと自分の頭に浮かんだ独白を否定するように、リドラリドルは頭を振る。
魔王は人間達のやり方を真似て、魔族の間には皆無であったピラミッド型の支配体制を作り上げ、数多くの魔族を従えてこちらの世界へと進軍してきた。
リドラリドルも屈服させられ魔王の下で働くこととなった魔族の一人であり、その屈辱を忘れえぬ中で当時スィーナン北方領の侵攻を任されていた。
大戦中期に人間達にスィーナン北方領を奪還され、その時に深い傷を負ったためしばらく潜伏していたが、傷が癒えたと同時に魔王が倒されたので再び出てきたわけである。
「それにしても、ラスト・バスティオンのマルヴェールデスか。面白い獲物が飛び込んできマシタねぇ……」
リドラリドルにとって魔王が人間に倒されたことについてはどうでもいい。
だがしかし、魔王を倒した存在であるラスト・バスティオンについては興味があった。
「ラスト・バスティオンを打ち倒せば私が魔王を倒したも同然ですものネ。やはり間違っていたのデスよ、私が魔王如きの下につくなどと」
そう言ってリドラリドルは立ち上がると、巨大な異界の門の門柱をひと撫でする。
「さあ、我が最高傑作『ヤクルス』ヨ。存分に暴れまショウねぇ……!」
リドラリドルのその言葉と共に、魔界の門は緩やかに口を開け始めた。
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「はぁー全くどいつもこいつもボクの事をバカにしやがって! ボクは大商人チルチーヤの御曹司、リチッチ様なんだぞ!」
砦町にあるチルチーヤ本宅の一室で、リチッチはジュースの入ったグラスを床に叩きつけた。
パパから付けられた護衛達は役に立たないし、頼りにしていたパパ本人も最近は忙しいらしくリチッチの事は後回しである。
今は頼りにならない護衛達を遠ざけ、新たにリチッチに取り入ろうとしている召使い衆におべっかを使われながら何とかご機嫌斜めで済んでいる程度だ。
「お前達はボクの気持ち、分かってくれるよな! あいつらと違ってな!」
「勿論ですお坊ちゃま。たかだか冒険者一人に恐れをなして逃げ出すなんて、何とも腰の抜けた連中ですよ!」
男性の召使い達が床に叩きつけられたグラスと中に入っていた飲み物を片付けながら、リチッチに追従する。
彼等は今までリチッチに付けられていた護衛達と比べて戦闘力で劣るため、チルチーヤからはリチッチのおもりとして認められていなかったためか、ここぞとばかりに主人に取り入ろうと必死である。
「それにしても、あの子、性格はムカついたけど顔は可愛かったなぁ……」
諸々の掃除は召使に任せ自分はベッドに寝転びながら、リチッチが呟く。
「はぁ……どうにかしてあの子を連れ去れないだろうか……」
「リチッチ様、私の調べたところによりますと、リチッチ様に無礼を働いたその女も冒険者のようです。庶民の依頼を受けて街の外に出ている姿も目撃されております。その時に隙を突いて攫ってきてしまえばいいのではないかと」
リチッチの言葉に、床の片づけをしていた召使いの一人がリシャの誘拐を提案をした。
「なるほど……! お前、頭いいな!!」
街の外に出てしまえば、周りの目もなくどうとでもできると言う寸法である。
無論リチッチ達の中にはマルヴェールの事など計算にも入っていない。
「その女は白い荷車に乗って移動しているようです。女が泊まっている宿と荷車は分かっていますので、それを追って女だけ連れ去りましょう」
別の召使いが負けじとリチッチに提案する。
「よし、善は急げだ。お前達、早速明日の朝から張り込みをして、あの女が街の外に出るのを見張っておけ! 外に出たならボクも行くぞ!!」
「了解しました。必ずやリチッチ様のお役に立ってみせます!」
「ふふふ。ボクは優しい女の子も好きだけど、気の強い女の子を屈服させるのも大好きなんだ。あの女の子はどんな顔をしながらボクに体を預けるのかなぁ」
下卑た笑みを浮かべながら、リチッチは一人悦に入る。
そして召使い達にあれやこれやと命じながら、自分は既に新しいおもちゃを手に入れた気になって部屋の中をそわそわと歩き回り始めた。
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