28.旅人達と砦町(4)

 ロングフィールド神殿砦に併設されたゼンコー祭祀場。


 そこは砦町に住まう貴族や町人の冠婚葬祭を一手に司る宗教施設である。


 太陽が西の山に落ちた後の薄暮の中を、俺とリシャはゼンコー祭祀場の裏手付近を歩いていた。



「人の通う場所ではありませんね……本当にどなたかいらっしゃるのでしょうか?」


「ああ、俺も正直不安になってきた」



 神殿砦の一画とは言いながら、ゼンコー祭祀場の裏手とやらは濃い緑に囲まれている。


 果たしてこの場所で正しいのだろうか。



 そんな整備されているのかされていないのか分からない自然の中を歩いていると、何やら篝火が焚かれた門とその前を守っている衛兵を見つける。


 俺とリシャは警戒しながら衛兵の元へ近づくと、彼は案外気さくな感じで声をかけてきた。



「おうお二人さん、日も暮れてからのお参りとは随分と信心が厚いことだな。何かの動物にでも引かれてやって来たのか?」


「牛だ」



 俺の言葉を聞いて衛兵は一瞬表情を変える。


 そしてすぐに元の顔へと戻り、指で「こちらに来い」と言う合図をした。



 俺とリシャは顔を見合わせながら衛兵と共に門をくぐる。


 そして門の先をしばらく行くと、小路の奥に小さな物置小屋が現れた。



「デルフェインさん。話に聞いていたラスト・バスティオンが来ました」


「通せ」


 その言葉と共に小屋の扉が開かれ中へと入ると、古ぼけたフードを被ったデルフェイン氏とその側近と思われる数人の男達が、中央の火を囲んで座っていた。



「奴等の動向が分かった。商人チルチーヤは魔族と結託し、この街の要人を暗殺している。次のターゲットはモリナン商会主人、モリナンとのことだ。結論から言おう。我々は魔族がモリナンに襲いかかったところで返り討ちにし、然る後にチルチーヤを魔族と結託した罪で捕縛する」


 デルフェイン氏は俺達を歓迎すると言った態度も言葉もなく、さも当然と言ったような感じで開口一番そう伝えてくる。



「商人モリナン、そして商人チルチーヤと言うのは?」


 俺とリシャはデルフェイン氏の部下と思しき男に促されるままに、空いている席に座った。



「まず商人モリナンについて話そう。モリナンはこの街の統治を任されている神殿円卓会の一人だ。古くからこの地に根差す商家の主人であり、この街の顔役と言ってもいい存在だ」


 氏が商人モリナンの情報が書かれている紙を俺に渡しながら言う。



「そして商人チルチーヤは最近力を付けてきた新興の商人だ。小さな商会から大商人にのし上がってきた、謂わば出世頭とも言える存在である。その手法は外道かつ詐欺紛いの強引なものであるらしいがな」


 続いて商人チルチーヤの情報が書かれた紙を、リシャの方へと手渡した。



「続いてチルチーヤと結託している魔族だ。貴殿も会ったと思うが、奴は金の刺繍が入ったローブを被り、道化のような口調で我々を翻弄する。先の大戦で大きな傷を負ったが、ここ最近再び見かけられるようになったそうだ。『リドラリドル』と、本人はそう名乗っている」


 最後に魔族の男リドラリドルの情報が載った紙を、俺とリシャの間に置いた。



「続いて、我々の作戦の詳細を説明しよう」


「ま、待ってくださいデルフェインさん、まだ俺達はまだ作戦を共にするとは言ってませんよ」


「ここまで来たら最早一蓮托生であろう。それに、この魔族……リドラリドルはラスト・バスティオンを敵視していると言う情報も掴んでいるぞ。先にも言ったとおり、既に貴殿もこの件において関係者と言う扱いなのだ」



「ですよねー」と言う心の声と共に、俺はため息をつきながら項垂うなだれる。


 こうなったらもう、どうにかしてリシャだけでも無事に済ます方向を考えるしかないか……。



「分かりました。どのような作戦でいるのです?」


「まずは魔族の男、リドラリドルの首を取る。チルチーヤ商会に忍ばせている我が配下の情報によれば、リドラリドルは明日の朝、商人モリナンが商談のために南方にある自由市場メイツマートへと向かう道中で暗殺を企てる予定らしい。商人モリナンを餌にリドラリドルをおびき寄せ、その場で奴を討ち果たす。チルチーヤはその後だ」



「モリナン氏の護衛はどうするのです? 増やして貰うのか、あるいはこちらから人員を割くのですか? もしくは、替え玉を使うとか」


「下手に動きを変えれば勘付かれる可能性がある。モリナンには何も伝えず予定通りの行動をして貰う」


「そんな……それでは無関係のモリナン氏があまりに危険すぎます」



 俺の言葉にデルフェイン氏が目を伏せる。


「……無論、我々もモリナンの動向を見ながら安全には注意を払うつもりだ。だがしかし、この地方の脅威となる魔族の排除と天秤にかけて、より確度の高い方を選ばせて貰うことは理解して欲しい」



「……」


 俺はその言葉に答えない。


 沈黙を肯定と受け取ったか、氏は更に続ける。



「貴殿にやって欲しい仕事は、魔族リドラリドルの討伐だ。無論我々も全力を尽くすが、最後の最後では対魔族のエキスパートである貴殿に頼ることとなるだろう。リドラリドルの討伐をもって貴殿の仕事は完了とし、商人チルチーヤについては貴殿の手を煩わせない」


「……承知しました。それで、リドラリドルについては生け捕りじゃなくていいんですね?」


「リドラリドルはかつて魔王からスィーナン北方領侵攻を任された程の男だ、生け捕りにできる保証はない。生死は問わぬ」



 デルフェイン氏が力強く「生死問わず」と言ったところで、今まで黙っていた部下の一人が声を上げる。


「デルフェインさん、今の時点ではどうにもチルチーヤと魔族が繋がっている根拠が弱い。生け捕りにして明確な証拠が欲しいところだ」



「生死は問う。リドラリドルは生け捕りにして、チルチーヤとの繋がりを吐かせられるようにしてくれ」


 部下の言葉を聞いて、表情一つ変えずにデルフェイン氏が言葉を翻した。


 結局生け捕りなんかーい。



「ええと、作戦としては以上……ですか?」


「うむ。あとは現場で適宜私の方から指示を出す」



 作戦にしても何だか随分と行き当たりばったりな感じがするのだが、大丈夫なのだろうか。


 確かに彼等の情報収集力は大したものであるのだが、それだけに作戦の安直さが際立っており「強く当たって後は流れで」を地で行っている気がする。


 だだまあ、好意的に解釈するのであればこの手の作戦は安直な方がいいのだろう。


 それに俺も既に「強く当たって後は流れで号」に乗船してしまっているのだから、やるしかない。



「貴殿は明朝約束の場所で我等に合流してくれればよい。その方が余計な勘繰りをされずに済むだろう」


「分かりました。では俺達は明日の朝、自分の荷車を使って宿から現地へと向かいます。リシャ、今日のところは宿に戻ろう」


「はい、承知しました」


 デルフェイン氏に明日のことを約束し、俺とリシャは物置小屋を後にして宿へと戻った。





*****************************





マルヴェールとリシャが物置小屋を去った後、デルフェインとその部下達は明日の段取りを整えながら話し合いを続けていた。



「しかし、いいんですか? マルの旦那を帰しちまって。あの態度、明日来ないかも知れませんぜ」


 自身の武器を整備しながら、部下の一人がデルフェインに言う。



「ラスト・バスティオンは決め手ではなく確率を上げるためのものだ、切り札ではない。それに心配はいらない、マルヴェールは必ず来る。そう言う男なのだあれは」


 対してデルフェインは、小屋の中央に焚かれた火の傍でどっかりと座りながら自身の部下に対して答えた。



 マルヴェールを含む魔王討伐を成し遂げた冒険者五人について、デルフェインはよく把握している。


 国の中枢を担う身として、自国の命運を握っていた者達がどのようなバックボーンを持ちどう言った性格であるかを情報として持っておくことは当然であった。


 その中で、デルフェインのマルヴェールに対する評価は端的に言って「お人好しの世話焼き人」である。



「あのような人に利用されやすい者が、生き馬の目を抜くような連中が跋扈する世界でよく生き続けていたものだ。余程幸運に恵まれたのかそれとも実力が確かであったのか、あるいはその両方か」


 そんな独り言を呟き感心しながら、デルフェインは明日の準備を部下に進めさせた。

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