29.旅人達と砦町(5)
翌早朝、俺とリシャはケートラに乗って、ロングフィールド神殿砦から南方に伸びる
街道を少し行ったところでケートラを止め、しばらく待つことにする。
「マルさん、お約束の時間よりも随分早いですけど、宜しいのですか? それに、場所も手前のような気がいたしますが」
「ああ。少し思うところがあってね」
リシャの問いに答えながら、俺はケートラの外に出る。
「モリナン氏を撒き餌に使い魔族をおびき寄せ討ち取る」という作戦は元将軍として、そして国の中枢にある者として当然の立案だろう。
モリナン氏はロングフィールドの統治を任された神殿円卓会の一人ではあるものの所詮は平民の出であり、囮に利用したとしてもこの地の脅威を取り去れるのであればそれは理にかなっている。
しかし、どうにも俺はそれをそのまま受け入れられそうにない。
たとえこの作戦が失敗しようともモリナン氏には話を通すべきだと思い、隊商の到達を待つ。
リシャも続けてケートラの外に出てきたが、何かを察したのか俺には声をかけずケートラの荷台の上を整理し始めた。
しばらく街道で待っていると、向こうから隊商が見えてくる。
俺は隊商の先頭を歩く衛兵達の方へと歩みより、ラスト・バスティオンのクレストが入った首飾りを手に持ち相手に見えるようにながら、声を上げた。
「ラスト・バスティオンのマルヴェールと言う者だ。故あってモリナン氏と話がしたい。取り次いでは頂けないだろうか」
衛兵達はお互いに顔を見合わせながら少し会話をした後に奥へと走って行き、身なりのいい中年の男性を連れてくる。
男性は俺のことを少し観察した後、柔和な表情を浮かべ言葉をくれた。
「確かに、噂に名高いラスト・バスティオンのマルヴェール様とお見受けいたしました。この
身なりのいい中年の男性モリナン氏は、不躾な訪問にも拘わらず物腰柔らかく接してくれた。
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「なるほど……
少々困惑した感じでモリナン氏は俺の話を受け止める。
「俺としては無関係な貴方を危険な目に遭わせたくはありません。なので、別の道を通るかここで引き返して頂いても一向に構いません」
「ええ。
意外なことに俺の話を聞いてなお、モリナン氏はこの道を進むことを選ぶと言う。
モリナン氏は柔らかな声で話を続けた。
「まず一点、今回の商談はロングフィールドの農村を救うためのものなのです。ここ数年は随分と復興いたしましたが、まだまだ大戦の傷痕は色濃く、特に農村部では物資が足りず農具や肥料がままならぬ有様です。自由市場メイツマートを中継し王都の物資をロングフィールドに引き入れることが今回の遠征の目的となりますので、ここで引き返すわけには参りません」
「……」
「そしてもう一点。
モリナン氏のその言葉に、後ろに控えていた衛兵達も頷く。
……なるほど、俺は随分と見誤っていたようだ。
「差し出がましい真似をしました。貴方と隊商の皆様にもしもの事がないよう、俺も全力を尽くします」
俺はモリナン氏にそう言って一礼し、ケートラの方へと向かっていく。
「マルヴェール様、この度は重大な事実をお話し頂きありがとうございました。お互い無事に切り抜けた暁には今一度、
その言葉に挨拶を送りながら、俺はリシャに声をかけてケートラの運転席へと乗り込んだ。
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ケートラを走らせデルフェイン氏と約束した場所に到着する。
俺とリシャがケートラを降りると衛兵のような男が謎の質問してきたので、「牛」とだけ答えるとデルフェイン氏の待つ野営地へ案内された。
「モリナンと接触していたな? 何をしていた」
街道がよく見える場所の野営地に陣取りながら、氏が開口一番俺に聞いてきた。
「ただモリナン氏の人となりを見てきただけです。特に干渉するようなことはしていません」
俺の顔を見ながらしばし沈黙した後、デルフェイン氏が口を開く。
「私は貴殿を信頼している。ここで魔族を打ち漏らすような手を打ってくれるな」
俺に対して睨みを利かせた後、氏は再び沈黙を始める。
そして少し間を置いたところで、斥候の一人が野営地へと入ってきた。
「だめですデルフェインさん。魔族の痕跡も異界の門も見つかりませんでした」
「……やむを得まい。やはり隊商への襲撃を待つしかあるまい」
そう言って氏は傍にあった槍を取ると、その穂先を磨き始める。
俺とリシャはデルフェイン氏の部下に促されるままに空いた席へと座り、沈黙の中で待ち続ける。
……どれくらい待ち続けたところだろうか。
太陽も高くなってきたところで、街道を見張っていた男が声を上げる。
「デルフェインさん、モリナンの隊商が見えてきた」
その言葉と共に街道を見ると、遠くから先程の隊商が近づいてくるのが見えた。
「あの、すみません。見間違いなら申し訳ないのですが、街道の向こう側の森に何か黒い人だかりのようなものが見えませんか?」
しばらく俺達が隊商の様子を見ていると、リシャがそんな言葉を上げる。
リシャの指先の方を見ると、街道の向こう側に広がる森の陰で何かが蠢く様な気配を感じた。
「……間違いねえ。嬢ちゃん、ありゃあ魔物の軍勢だ……。一直線に隊商へと向かって行く!」
「総員出撃する! 魔物を止めリドラリドルを発見せよ!」
デルフェイン氏は部下に指示を出すと、自身も槍を取って隊商へと駆け出していく。
「リシャ、俺達も行くぞ。身の安全を第一に考えろ!」
「しょ、承知しました」
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「臆するな! 中央を守れ!」
「魔物を突破させるな! そして魔族を見つけたらデルフェインさんに知らせろ!」
野営地から隊商までの短い距離を俺とリシャがケートラで移動してきたところで、戦闘は既に始まっていた。
数多くの魔物と隊商の衛兵、そしてデルフェイン氏の部下達が入り乱れて大混戦となっている。
「リシャは衛兵達の後ろ手に隠れながら魔物に向かって遠隔攻撃を。危なくなったらすぐに逃げろ! あんた、リシャのことを頼んだ! 仮に戦線が瓦解しかけていたら、有無を言わさずリシャを逃してくれ!」
「ああ、旦那、承知した……!」
「マルさんはどちらに向かわれるのですか!?」
「リドラリドルの狙いはモリナン氏だ。モリナン氏を護衛しながらリドラリドルを見つける!」
そう言って俺は混戦の中、隊商達が陣を組んでいる只中へと駆け出していく。
そして隊商の中央にある瀟洒な馬車を見つけると、その傍で何やら黒い霧が発生し始めた。
「あれは……リドラリドルか!?」
そう呟き俺はマナを集中し遠隔攻撃の準備を進める。
そして馬車から身を乗り出したモリナン氏に向かって襲い掛かろうとする黒い霧に対して、
「フフフ……来ると思っておりましたよ、ラスト・バスティオン……!」
黒い霧の主、リドラリドル形を整え姿を現すと、俺と対峙する。
「モリナン氏の命は取らせない。お前をここで捕縛する!」
俺のその言葉を聞いてリドラリドルは高笑いをしながら返してきた。
「正直モリナンなどと言う人物のことは最早どうだって良いのデスよ。私の目的は今やただひとつ、貴方なのデスから!」
そう叫びながらリドラリドルは自身の足許にマナの塊をぶつけ、大地を操作する。
街道はひび割れながら大きく隆起し、俺に対して襲い掛かって来た。
俺はその攻撃を
俺の攻撃を紙一重で躱し距離を取ったところで、リドラリドルは再び俺に対して言葉を投げかけた。
「魔王を倒した貴方を倒すことが出来れば、魔王如きに屈服させられた私の過去を消すことができるのデス! 我が過去の清算のためにも、貴方にはここで死んで頂きまショウ!」
「何を言っているのか分からないが、あんたの興味が俺に向いてくれるなら結構だ。この凶行、止めさせて貰うぞ」
魔物達と人間達が入り乱れて混戦状態になる中、俺とリドラリドルの戦いが始まった。
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