30.Fランク冒険者、リシャ

「本当にこっちで合ってるんだろうな!? オイ!」


「はい、リチッチ様。間違いありません。白い荷車はこの街道を走っていきました。この街道はしばらく一本道なので、いずれは追いつけるはずです」



 二頭引きの馬車に揺られながら、リチッチとその召使い達はそんな会話をしていた。


 リチッチの召使い達は夜遅くからマルヴェール達が泊まっている宿の前に張り込み、早朝にケートラが出立したのを見てリチッチを呼び追いかけている次第である。



 リチッチの目的はリシャだ。

 

 彼女を手に入れるために此度の作戦を充分に練り上げたつもりだし、何ならもう勝った気でいる。



「何だか……前方が騒がしいですね。なにかやってるんでしょうか」


 御者台で馬車を操る召使いが、街道の前方で何やら騒動が起こっていることに気付く。


 リチッチが騒動の方をよく目を凝らしてみると、そこには彼の目的である金髪の少女が何やら戦っていた。



「いたぞ、あの子だ! お前達、捕まえに行くぞ!」


 そう言うとリチッチと三人の召使い達は馬車を降りて、急ぎ騒動の方へと向かって行った。



 現場は混迷を極め、魔物と人間達が入り乱れて戦っている。


 戦場の熱気は最高潮に達し、何が起こっているのかすらも分からない状況であった。


 傷を負い倒れ、死んでいるのかいないのか分からない者が臥せっている姿も相当数にのぼっている。



「よーしよしよし。やはり運はボク達に味方してるみたいだぞ!? 色々と混乱している今がチャンスだ! あの金髪の娘を捕らえて誘拐しろ!」


「じょじょじょ冗談ですよね!? 無理です! 無理ですよこんなのー!」


 騒動を遠巻きに見ながら、リチッチに召使い達が反発した。



 彼等の言うことはもっともである。


 こんな生死問わずの混戦の中に向かって好き好んで突撃していく者など滅多にいない。


 ましてや彼の召使い達は護衛としても未熟な世話焼き係でしかないのだ。



「ボクの命令が聞けないのか!? 後でパパに言いつけてやるぞ!? さあ、ボクも行くから後れを取るな!」


「ええ!? リチッチ様も行くのですか!? やめときましょうよ絶対無理です死にますって!」


 そう言って召使い達はリチッチの服の裾を引っ張りながら、行かないように懇願する。



「おーまーえーらー! ボクに指図する気か!? 行かないと、今月分の給料をゼロにしてやるぞー!?」


「もはやそれで結構です! 大丈夫です! 今までお世話になりました、サヨナラー!」


 そんな短いやり取りの後、乗って来た馬車も置いて一目散に逃げ出す三人の召使い達。


 後にはリチッチだけが残されるのみであった。



「全くどこまでも使えない奴らめ。こうなったらボクだけでもやってやるぞ!」



 普通の人間であれば、混迷極める戦場を見れば誰もが臆しその場から離れるであろう。


 しかし、リチッチは違っていた。


 彼は自身に対して根拠のない万能感を持っており、恐れと言う物を知らない。


 その行動は蛮勇や勇猛などではなく、単純な欠落であった。



「ふひひひ、あの子猫ちゃんを捕まえて連れ去るだけなんだ。簡単なことじゃないか」


 リチッチにとっては幸運にもリシャは騒動の最外周、しかも主戦場の遥か後方で戦っていた。



 戦場の爆音が響く中、無意味な忍び足でそろりそろりと近づきリシャの背後へと迫る。


 そしてリチッチは隙をついて後ろからリシャに抱き着こうとするも、すんでところで気付かれ身を避けられてしまった。



「何者ですか……って、貴方は……!」


 リチッチの突進を躱しながら、リシャが言う。



「ふふーん、迎えに来たよ子猫ちゃぁん。さあ、観念してボクについてきなさぁい!」


「この状況で何を言っているのです!? 命が惜しければ今すぐこの場から去りなさい、死ぬかもしれないのですよ!?」



 周囲は怒号と罵声が飛び交う戦場である。


 リシャにしても、このような命のやり取りが行われている戦場は初めての経験だ。


 少しでも気を抜けば意識を失いそうではあるが、戦場の熱狂にてられながら「自分は冒険者なのだ」と心の中で何度も唱えながら、辛うじて正気を保っているような状況である。



「死ぬって? そう言えばパパが部下を使って何か偉い人を殺すとか言っていたなぁ……ああ、それがこの場所なのか!」


「……その話、本当ですか? 貴方は魔族とご自身の父君との繋がりを知っているということなのですか?」


「魔族……? あ! そうだ、そうだぞ! その魔族って言うのが、ボクのパパの部下なんだ! 降伏しないと酷い目にあうぞ!」



 魔族と自分の身内との関係をベラベラとしゃべる何と迂闊な男なのだろう。


 あれほどこの世界の住人は魔族に対して忌避感情を抱いていると言うのに。


 心の奥底でそんなことを思いながらリチッチの言葉にリシャは少し考え、そして答えた。



「残念ながら、あなたの父君の部下であるという魔族は、私のパーティメンバーが捕らえる予定です。そして、今の話を聞いて貴方のことも捨て置くことはできなくなりました。何故なら貴方の証言が重要な証拠となるかもしれないのですから」


 そう言いながらリシャはリチッチに対して構え、両の手にマナを集中する。



「何を!? 君の方こそ、ボクについてきて貰うからな!」


 リチッチがリシャを捕らえようと突進し、その短い手を伸ばした。


 しかし、彼女はするりとその手を躱し身を屈める。


 そしてリチッチの足許を自らの足で払い転ばせると、詠唱と共に倒れたリチッチの顔の横に小さな光弾ブリットを放った。



「ひっ」


 光弾ブリットが顔の真横に着弾し、リチッチは青ざめながら短く悲鳴を上げる。


 そして僅かに失禁しながら、白目を剥いて気を失った。



「嬢ちゃん、その男は!?」


 魔物との混戦が続く中にあって一段落がついたデルフェインの部下の一人が、リシャと倒れるリチッチの傍に駆け寄ってきた。



「商人チルチーヤの息子です。自身の父親と魔族の関係について、何か知っている模様です」


「な、なんだって!? そりゃぁ嬢ちゃん、お手柄だ! そいつを捕らえて吐かせりゃあ、最悪リドラリドルを取り逃がしてもチルチーヤの罪を認めさせる証拠となるかもな!」


 そう言いながらデルフェインの部下は携帯していた縄で気絶したリチッチの体をグルグル巻きにする。



「良かったです。これでマルさんも少しは楽になるでしょうか。それにしても、マルさんに教えて頂いた対人戦の基本が、まさかこんなところで役に立つなんて……」


 マルヴェールが駆けて行った方を見ながら、リシャは再び魔物との戦いへと戻った。

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