31.旅人達と砦町(6)
「ちょろちょろと鬱陶しいデスね! いい加減ネズミのように這いずり回るのはやめたらどうデス!?」
「ならば、お望み通り当たってやろうか?
リドラリドルが大地から生成した石の礫の嵐を、俺は防御魔法を使いながらいなしていく。
リドラリドルの攻撃は大地を隆起させるか、石の礫を飛ばしてくる攻撃が多い。
対してこちらは物質防御性能の高い
しかし。
「
電光を帯びた剣でリドラリドルに斬り付けて行っても、奴は即座に黒い霧へと化しそして剣の間合いの外へと移動する。
そして再び大地を裂き俺へと地の牙を向けてくるが、それを
完全ないたちごっこである。
「参ったな……決め手がない……」
他のラスト・バスティオンのメンバーとは違い、俺は圧倒的な火力を持っているわけでも強力無比な攻撃技を持っているわけでもない。
どちらかと言えば盤上遊戯のように少しずつ相手を追い詰め、その時々の最適な技でチェックメイトに至らせるような戦術で今まで生きてきた。
相手がある程度のレベルであればそれで何とかなるのだが、リドラリドルはそうもいかない相手のようである。
「フフフ、流石はラスト・バスティオンデスよ。そこらの人間とは一味違うようデスね」
リドラリドルは口元を歪めながら俺に言う。
相手も俺に対して決め手に欠けているように見えるが、焦りや悲壮感など一切なく余裕綽々と言った態度だ。
こういう時は二つに一つ、余程の戦闘狂か、何か奥の手を隠し持っているかのどちらかである。
「一つ教えてくれないか? 最初に俺の前に現れた時、奇襲なり何なり仕掛けることも出来たはずだ。どうしてあの時は俺のことを見逃した?」
「さあ、どうしてでしょうネェ。そのうちお分かりになると思いますヨ」
……なるほど、後者の方か。
ならば奥の手とやらを見せられる前に片を付けるのが最適解なのだが、俺の戦法と相手の力量を考えるとそれは難しい。
幸いにも周囲の状況から魔物達との戦いについてはこちら側が優勢に立っている。
デルフェイン氏達を当てにするわけではないが、計算の一つに入れておいてもいいだろう。
「マルヴェールさん! 助太刀します!」
そんな中、モリナン氏に雇われた冒険者と思われる人物の一人が俺の横に並び立った。
「余計な手出しをするな! これはラスト・バスティオンと魔族との間の決闘なのだ!」
しかし俺はその冒険者をリドラリドルにも聞こえるように一喝する。
「それに君の役目はモリナン氏の護衛だろう? 魔族は俺が何とかする、君は自分の役割に戻るんだ!」
「は、はい! 分かりました!!」
そう言って冒険者はモリナン氏の馬車へと向かい、護衛の役割に徹し始める。
彼には悪いが、俺の戦術の一つに利用させて貰った。
「ハハハ、随分とお優しいデスね。彼の実力不足を見抜いて下がらせるとは!」
「そりゃどうも」
リドラリドルも中々人間というものを理解しているようである。
確かに人間の中には自分が不利になろうとも、周りを逃がしたり正々堂々を貫こうとする奴はいる。
だが残念ながら、俺はどちらかというと
「ですが戦場ではその甘さが命取りデス! 二人で戦えばまだ活路があったかも知れまセンがね!」
そう言いながらリドラリドル大地を利用した魔法を使い、俺に対して石の刃で斬りかかってくる。
……しかしその刃が俺に届くよりも前に、リドラリドルは後ろから迫った黒い影によって背中を斬り伏せられた。
奴に斬りかかったのはテュエヴ王家紋章入りの立派な槍を持った老兵、デルフェイン氏その人である。
「ガハっ!?」
リドラリドルは血を吐きながらバランスを崩した。
「
その隙を見逃さず俺は対魔族の切り札である魔法を詠唱し雷撃を剣に込め、リドラリドルの脇腹へと突き刺す。
電撃が奴の全身を駆け回り戦闘能力を奪うことに成功した。
「決闘などと言っていたが、本心ではなかろうな?」
「ええ、全て作戦通りですよ。状況見ての口八丁はお手のものですからね」
デルフェイン氏が部下にリドラリドルの捕縛を命じながら、俺に言う。
氏は最初からモリナンや衛兵、そして周辺の魔物に対して見向きもせず、リドラリドルを捕らえる事だけに集中していた。
それ故に俺は氏の動きを頭に入れながらリドラリドルの隙を作り、氏は俺とリドラリドルのことを見ながらチャンスを伺っていたのである。
「ククク……なるほどナルホド……。人間が他者を信用して動ける存在だと言うことをスッカリ忘れていましたヨ。いやお見事、お見事デス」
デルフェイン氏の部下に魔力を遮断する縄で縛られながら、深手を負ったリドラリドルが言う。
「しかし、残念ながらこの勝負、私の勝ちデス。切り札はまだ我が手の内にありますカラ」
「この状況で何が出来るとは思えんが、一応念のためこの男の意識を奪え。殺さぬようにな」
「はっ」
氏の部下が何らかの魔法を唱えてリドラリドルに触れようとしたその時である。
咆哮のような音と共に前線が崩壊し、直後に牙を持つ巨大な竜が現れた。
「フフフ、彼こそ我が最高傑作、『
全てを言いきる前に氏の部下がスタンの魔法でリドラリドルを気絶させる。
しかし……。
新たに現れた魔物「ヤクルス」は、巨体と火炎の息で魔物も衛兵も見境なく圧倒していく。
なるほど、これがリドラリドルの切り札か……!
「デルフェインさん、目的は既に達したはずだ! こいつは俺が食い止める、隊商の護衛をしながら撤退してくれ!」
そう叫ぶと俺は氏の返事も聞かずにヤクルスの方へと向かっていく。
「
そして
……つもりだった。
高さが足りずヤクルスの手前で失速し、目の前で地面に落ちる。
まずい。
リドラリドルとの戦いで俺の体内のマナが尽きかけているようだ。
調子に乗って
「ガァ!!」
ヤクルスは短い咆哮と共にその尾で俺のことを薙ぎ払いに来る。
「
間一髪防御魔法は間に合い、致命傷は避けられる。
しかしその尾の一撃で吹っ飛ばされ、大きく後退した。
「マルさん、あれは一体……!?」
「リシャ!?」
そこに現れたのは後方で戦っているはずのリシャだった。
中央で何らかの異常を感じ、ここまで来たのだろう。
「いいかリシャ、よく聞け。目的は既に達成した。リシャはデルフェインさんと一緒に撤退しろ。今すぐにだ!」
「しかし、マルさんは……」
「大丈夫だ。あの程度の魔物なら何度も倒してきたし、俺だけなら最悪一人で逃げられる」
何度も倒してきた……と言うのは本当だ。
一人でどうにかなるのか? と聞かれると話は別だが。
「わ……分かりました。マルさんもどうかご無事で……!」
そう言ってリシャは駆け出していく。
聞き分けのいい子で助かった。
戦っていたモリナン氏の衛兵達やデルフェイン氏の部下達が続々と撤退していく中、俺は一人ヤクルスへと向かっていった。
*****************************
マルヴェールとヤクルスが今まさに戦いを始めた場所から少し離れたところで、デルフェインは部下達を呼び寄せ作戦を伝えていた。
「なるほど。マルヴェールの仲間がチルチーヤの息子を捕縛し、それがチルチーヤと魔族との繋がりを知っていると言うことだな?」
「ええ。嬢ちゃんが言うにはそう言うことです」
デルフェインと部下が気を失っているリチッチを横目で見ながら、そんな会話をする。
「リドラリドルも確保できたので目的は達した。これ以上ここにいる必要はない、我が隊はこれよりロングフィールドに戻る」
「了解しました……て、デルフェインさん?」
そう言いながら、デルフェインはロングフィールドの方ではなく先程の戦場へと向かっていく。
「私はあれを助けに行く。お前達は作戦遂行のために先に戻っていろ」
「無茶言わないでください、あんな巨体の魔物相手じゃ、命がいくつあっても足りませんぜ……! 死にに行くようなものだ!」
部下の一人がデルフェインを止めようとするが、彼は振り向かない。
「祖国でないのにもかかわらず我が国の為に命を賭して戦ってくれた者に対して、相応の礼すら取れぬのであれば誇り高きテュエヴ王国の将軍を名乗る資格などなく、陛下の顔に泥を塗ることになる」
「ならば……我々も残ります!」
「お前達にはチルチーヤを捕縛し魔族と共に王都へ護送するという仕事があるだろう。死地に向かうのは老兵ただ一人でいい」
部下達にそう言い残すと、デルフェインは再びマルヴェールの元へと向かっていった。
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