32.旅人達と砦町(7)
鋭い牙を持つ巨蛇ヤクルスの攻撃を躱しながら、俺は周囲を伺う。
既にモリナン氏の衛兵や商人は撤退し、デルフェイン氏の部下達も見当たらない。
どうやら動ける者は皆逃げられたようである。
「そろそろ俺も退きたいところ……だが……」
巨体の割にヤクルスは動きが素早く逃げる隙を与えてくれない。
そして俺自身のマナ残量も危うい。
次に魔法を使えば恐らく立っていられなくなってしまうだろう。
「どうにか最後の
そんな独り言を呟きながら戦っていたが、一瞬集中力が途切れる。
その隙を見逃さずかどうかは知らないが、ヤクルスはその尾で俺のことを叩きつけに来た。
「あ、やべ……」
隙を付かれ一発貰うことを覚悟するもその攻撃は俺に届かない。
俺の背後から飛び出してきた影が、その長物でもって尾の一撃を打ち払っていた。
「戦場で隙を見せるな、冒険者。それとも、魔物相手ではそのようなことが許されるのか?」
その影はデルフェイン氏であった。
氏はテュエヴ王家紋章入りの槍を構えながら、俺の前に立つ。
「一人だとどうしてもサボりがちでしてね、監督が必要なようです」
俺も一歩前に進んでデルフェイン氏の横に立ち、愛用の剣を構えた。
「それで、勝算はあるのか?」
「無いとは言いません。ですが、限りなくゼロですね。どちらかと言えばうまい事あしらいつつ撤退しながら、ロングフィールドの防衛線総出で押し切る感じですかね」
「なるほど……どうしようもないというわけか」
「御明察です」
俺達の会話には一切興味を示さないヤクルスの攻撃を躱しながら、氏とそんな話を続ける。
デルフェイン氏が来てくれたものの状況はあまり変わらない。
ただし、二人になったことで逃げやすくはなったか。
俺と氏はヤクルスと対峙し、何とか逃げる隙を伺っていた。
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マルヴェールに言われ一度は一人で撤退しかけていたリシャであったが、今は戦場の近くにいた。
「よかった、ケートラさんは無事でしたか」
無目的にうろついたり、やっぱり一人で戻ってマルヴェールを助けようとしているわけではない。
近くにいたケートラの無事を確認し、あわよくば自分がケートラを運転してマルヴェールと共に逃げるためである。
……何の教習も受けていないリシャにMT車の運転ができるかどうかは別の問題であるが。
リシャがケートラのドアを開けて運転席に乗り込み前を見ると、フロントガラス越しにマルヴェールと巨大な魔物が戦っているのが見える。
「ケートラさんには悪いですけど、いざとなったらケートラさんを魔物にぶつけてでもマルさんを助けるつもりです。……いえ、そうならないように私もケートラさんを上手に動かせればいいのですけど」
そう言いながらリシャがケートラのエンジンを入れようとしたその時である。
『只今ケートラが補給したマナの量が350Lを越え、経験値が5,600点に到達しました』
「え?」
いつかズサクで見たことのあるカーナビの挙動である。
あの時はマルヴェールに言うことが出来ずその後はすっかり忘れていたが、以前と同じようにカーナビの画面は現地の文字を流し続けていた。
『……アビリティポイントは現在50点貯まっています。アビリティを取得したい場合は、メニューにある『能力』の項目からアビリティを選択してください』
「……ケートラさん。貴方もマルさんを助けたいですか? ならば、教えて下さい。貴方に何が出来るのか、何をすればいいのか」
ケートラは何も答えない。
しかし、リシャが眺め続けているカーナビの画面には、確かに「能力」という項目があった。
「これを……押せばいいのですか……?」
リシャが恐る恐るケートラの液晶画面を指で押すと、画面が遷移し「全て」「攻撃」「補助」「移動」「便利」と言ったタブが映し出される。
「マルさんを助けるにはどうしたらいいのでしょうか……『攻撃』? それとも……『補助』?」
リシャがそう言ったところでフロントガラス越しに前方を見ると、ヤクルスの攻撃によって今まさに、マルヴェール達がやられそうになっている状況が見えた。
「……グズグズしていられません、何か、何かしないと! ええと、『攻撃』……『攻撃』でしょうか! どれか、強そうなもの……!」
そう言いながらリシャは大急ぎでカーナビを操作し、現時点で選択できるもっともアビリティポイントを消費する項目を選び、それを取得した。
そして、使い方や能力の説明もろくに読まずに、即座に実行に移す。
「
現地の言語には対応する言葉がなく意訳的に書かれているので、それが何を意味しているのかリシャには分からない。
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「ちぃ……!」
何度もヤクルスの攻撃をいなし、そして躱しながら隙を伺う。
しかし逃げ出せるような隙は無くどちらかと言うとジリ貧で、徐々に相手に押されつつあった。
「おのれ……蛇如きが……ぐっ!」
デルフェイン氏も何とか立ち回っていたが、相手の突進に吹っ飛ばされ大地に倒れこむ。
そんな氏にとどめを刺そうとヤクルスが真っ直ぐに向かっていった。
「デルフェインさん!」
あの攻撃は避けるべきだ、いや、避けなきゃいけない。
後方に吹き飛ばされたデルフェイン氏も何とか体を起こそうとするが、しかし何とか立ち上がるのが精いっぱいと言った状況のようである。
俺自身ももはや
万事休すか……。
そう思った刹那であった。
ヤクルスの巨体を
そしてその光は地形を薙ぎ払い遠くの山まで到達すると、轟音と共に山肌に大穴を開け消滅した。
……光の直撃を受けたヤクルスは形を留めず霧散しマナ結晶へと姿を変え、大地にころりと転がった。
「……え?」
光が発生したと思われる方を見ると、そこには白亜の荷車ケートラが一台佇んでいる。
顔のように見えるフロント部分は大きく開き棒状の突起が前方へ突き出していたが、数秒の後にその突起は引っ込み元のケートラの顔へと戻っていった。
「今のは……お前の仲間の魔法か……?」
横に来たデルフェイン氏のその言葉に、俺は首を横に振るのが精いっぱいだった。
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