33.旅人達と砦町(8)―第一章エピローグ

「リシャ……これは一体どう言う……いや、怒っているわけじゃないから、状況を教えて欲しい……」


 ケートラの運転席で泣きそうな顔をしながらこちらを見るリシャに対して、俺は声をかける。


 しかしリシャは言葉を出そうとしているようだが、声にならなかった。



「マルヴェール、この娘はつい最近冒険者になったばかりなのであろう? にも拘らずこのような戦場に駆り出され、全てが終わり緊張の糸が切れた状況なのだ。一度ロングフィールドに帰り、休ませるがよい」


「そうですね……無茶をさせすぎました。リシャ、済まない。街に帰ろう」


 この戦いがリシャのトラウマにならないことを祈りながら、俺はリシャを助手席に移動させる。



「デルフェインさんは荷台へ。倒れている者達の処置や手当もしたいところですが、一度我々も皆と合流しましょう」


「うむ……。それは賛成だが、少し娘に話をさせてくれ」


 そう言って、氏は助手席の方へと回る。



「ジョッシュ公の娘よ、ご苦労であった。此度の戦いは我等の勝手な都合で始めただけであり、マルヴェール殿はただ巻き込まれ我等に利用されたにすぎぬ。彼のことは決して恨まず、恨むのであれば我等を恨め」


 氏はリシャに対して開いたケートラの窓越しにそう言うと、ケートラの上に飛び乗りどっかりと座った。



 俺も運転席に乗り込みケートラのエンジンをかけギアチェンジをし……


 ようとしたその時である。



「プスン」


 という音と共にケートラのエンジンが切れた。



 マナの残量をよく見ると、結構長い時間放置して充填していたのにもかかわらず空っぽになっている。



「ええー……? ひょっとしてさっきのケートラの魔法で、マナ全部使い切っちゃったのか……?」


 荷台の方でデルフェインさんが深いため息をついたような息を吐いたのが聞こえた。





*****************************





 翌日のことである。


 俺とデルフェイン氏、そして氏の部下達は砦町にあるチルチーヤの邸宅に踏み込んでいた。


 チルチーヤの捕縛をしに邸宅を襲撃すると言う氏の計画に付き合わせれているのである。



 俺は勘弁して欲しいと断ったのだが「最後の一番楽しい仕事に同行させぬのは我等の沽券に関わる」と言われて押し切られてしまった。


 邸宅に踏み込むのはそんなに楽しい仕事なのだろうか……。


 ちなみにリシャは大事を取って留守番をさせている。



「御用だ御用だ!! 陛下直属治安部隊のお通りだ! 神妙にいたせ!」


 デルフェイン氏の部下の一人が珍妙な掛け声を発しながら、ズカズカと邸宅の中を駆け回る。



「おのれ! 王都の犬共めが!」


「誰ぞある! 曲者じゃ! 出会え出会え!!」



 対して邸宅の衛兵達もよく分からない掛け声を上げながら我々に斬りかかり、そして次々と倒されていく。


 一体何なのだ……。



「な……何者だお前達!?」


「陛下直属の治安部隊である。お前がチルチーヤだな? 魔族と結託した罪、見過ごすことは出来ぬ。王都までご同行願おう。神妙にお縄に付け」



 邸宅の奥にいたのは、煌びやかな服を纏ったいかにも大商人と言った風情の太った男であった。


 その男に対してデルフェイン氏は王国の象徴たる紋章が刻まれた装飾品を掲げながら、静かでありつつも張りのある声で応答する。



「な……何を馬鹿な! ワシと魔族が結託していたという証拠がどこにある! 何もなかろう!? 陛下直属の治安部隊とは言え、このような狼藉、決して許される事ではございませぬぞ!」


「お前の息子であるリチッチが全て言葉にしたぞ。父のことを慕っている息子の言葉ほど信用できる証言もあるまい? そして、魔族リドラリドルも捕らえられた。こちらはまだ証言が得られていないが、いずれはリチッチよりも厳しい詰問の末に具体的な証言を引き出されることとなるだろう」


「ぐ……リチッチが……? 馬鹿な……そんなこと……」


 デルフェイン氏の言葉に観念したかのように、チルチーヤは俯く。



「かくなる上は、将軍様諸共地獄へ参りましょうぞ!」


 しかし先程の態度とは一転、その太った体を揺さぶりながらデルフェイン氏の元へ猛然と突っ込んできた。


 その突進をデルフェイン氏は軽く躱し、部下の一人が手刀で首元を叩く。



 首元を叩かれ気絶したチルチーヤの事をデルフェイン氏の部下達が縄を回し、捕縛も無事済んだようだ。


 デルフェイン氏の言葉によれば、物的証拠は少ないがリチッチとリドラリドルの証言があれば間違いないとのことである。



 一方の俺は後ろで一連の行事を何もせずに眺めていただけだった。


 いや……楽しい仕事なのか……? これ。





*****************************





 そろそろ日も傾き始めた昼下がり、デルフェイン氏の仕事も終わり俺はようやく宿へと戻ってきた。


 宿の馬車停めではリシャがケートラに荷物を積み込み、出立の準備をしている。



「あ、マルさん。お仕事は終わりましたか」


「ああ。何だかよく分からないうちに終わったよ」


 声のトーンから判断するに、昨日の今日とは言えリシャの調子は悪くはなさそうだった。



「そうだ、モリナン様の使者がいらっしゃいまして、モリナン様達は無事に自由市場メイツマートへと向かっているそうです。これからメイツマートに立ち寄る際には、「楽都亭がくとてい」と言う宿に十日ほど滞在している予定なので是非声をかけて欲しいとの事です」


「了解した」



 今回の件において、モリナン氏達は完全にとばっちりであったように思える。


 しかし当のモリナン氏達の言葉を借りれば、この地方の仇敵たるリドラリドルを捕らえることが出来たのであれば自分達が囮となった甲斐があったと言うものなのであろう。



「あと、マルさんの荷物もちゃんと積み込みましたよ。これでいつでも出発できます」


「ああ、ありがとう」


 それにしてもリシャはちょっと前までは良家の息女として蝶よ花よと育てられたであろうに、今では立派な駆け出し冒険者である。


 この経験が後に活かされるのであれば、連れ出して良かったというものだ。



「それで、今回の件は大丈夫だったか? 正直一般的な冒険者にとってもハードな戦闘を経験させてしまったと思うし、ましてや戦闘訓練も受けたことのないお嬢さんだったんだ。相当に厳しかったと思う」


「はい。この世界は本当に厳しい世界なのだと言うことが、肌で分かりました。ズサクの時よりも余程……。正直、これ程のものだとは思ってもいませんでした」


 ここまでの戦闘は滅多に起きないだろうが、まだまだ荒れている場所も多くこれ以上の事は起きないとは言い切れない。


 これから行く先々が全て平和に回っている保証はどこにもないのだ。



「厳しければここでケートラを降りてもいい。今からジョッシュ地方までケートラで送り届けても構わない」


「ふふ、御冗談を。これくらいで音を上げてはいられません。私はまだまだ、世界の全てを見てはいないのですから」



 爽やかに笑いながら、リシャが俺に言う。


 リシャの答えは、俺が想定していた回答そのものだった。


 俺自身も、リシャのその答えを待っていたのかもしれない。



「よし、そろそろロングフィールドを出発しよう。次の目的地は南方にある自由市場メイツマートだ」


 荷台に積んだ荷物を固定し、俺とリシャはそれぞれケートラの運転席と助手席に乗り込む。



「……と、出発する前に、ケートラの事だ。リシャ、何があったのか、教えてくれないか?」


「はい、喜んで!」


 そう言いながら、リシャはケートラに搭載されている中央の画面を操作しながら、俺に説明を始めた。

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