19.旅人達と温泉街(4)

 街道をケートラのヘッドライトが照らす。


 既に日は落ち空には月が浮かんでいるが、街道は森の間を通されているため月明かりは落ちてこない。


 ケートラの灯りだけが頼りとなっている。



「展望公園までもう少しよ! それにしてもこの荷車、ケートラちゃんだっけ!? とても便利ね! 馬もいらずにこの速度で走れるなんてすごいわ!」


 荷台に乗ったテシェルペタが前方の運転席に声をかけてくる。


 テシェルペタの声は大きくよく通るため、走行中の運転席にいても聞き取りやすいのが有難い。



「注意して見ていますが、今のところ森の中に魔物の影はありません。いえ、この暗さなので見過ごしている可能性の方が高いのですが」


「街道にも魔物はいないので、実際にいないんだろう。『異界の門』にも波があるからな、今は魔物の排出が止まって小休止状態なのかもしれない。もう少し続いてくれればいいんだが」



 リシャに答えたところで、テシェルペタが展望公園の近くまで来たことを教えてくれた。


 俺達はケートラを公園近くの広場に止め、簡単な打ち合わせをする。



「目標は『異界の門』の破壊と魔族の発見だ。知ってのとおり『異界の門』はマナの塊を直接ぶつける事が最も有効なんだが……テシェルペタ、あんたは魔法使わないんだろ?」


「ええ、ポリシーとしてね」


「ならリシャと一緒に行動してくれ、二手に分かれて探した方が手っ取り早い。俺は一人で国境側を探すから、リシャはテシェルペタは別方向を探してくれ」



 異界の門を破壊するには魔法の力が必要なのだが、その点において俺の見立てではリシャは充分な戦力となり得る。


 そしてテシェルペタは俺よりも余程頼りになる盾役であり、攻撃手だ。


 リシャを任せるに足る人間である。


 一刻を争う今の状況では、戦力の分散と言うリスクを負っても二手に分かれた方がいいだろう。



「門が見つかったら、リシャはテシェルペタの指示に従って魔法で破壊する。逆に魔族の方を見つけたら、テシェルペタが隙を作っている間にライトの魔法を空に向かって打ち上げろ。俺も魔族を見つけたら同様にライトの魔法を打ち上げる」


「承知いたしました」


「了解よ、マルちゃん」


「門と魔族が同じ場所にいたなら、魔族が優先だ。よし、行くぞ!」


 二人が探しに行ったのを見て、俺も門と魔族を探し始めた。





*****************************





爆裂破エクスプロージョン!」


 熊のような見た目をした魔物の目の前で閃光が発せられ、その後轟音と共に爆発が起きる。


 魔物は実体を保てず崩壊し、マナ結晶を残して霧散した。



「さて……他には……」


 俺は左手に照明術ライトの魔法を唱え直し、周囲を見渡す。


 そして森の拓けた場所に獅子型の魔物を見つけたので、先程と同じ爆裂破エクスプロージョンを使い魔物を倒した。



「……いるんだろ? 出てきな」


 今しがた倒した獅子型の魔物が残したマナ結晶を拾ったところで、何者かの気配を感じる。


 人間やエルフ、そしてドワーフと言った存在とは違った、この世界の者では無い独特の雰囲気。


 間違いなく、魔族だろう。



「人間如きが……随分と調子に乗ってくれている……」


 声のする方を見ると、倒れた巨木の上に佇む角の生えた女が一人。


 派手なイブニングドレスを着崩し肌を露出した格好に、頭には二本の角と共に小さなシルクハット。


 その容姿は端麗ながら、幼さを残しつつ非常に影の濃い顔立ちをしている。



 ……闇雲に探し続けるのも時間がかかるだけなので派手な魔法をぶっ放しながら向こうに出てきて貰う作戦だったのだが、どうやら見事に乗ってくれたようだ。



「その台詞、そっくりそのままお返ししよう。あんたが『異界の門』を開いたんだろ?」


「だったら……なに?」


「あんたのせいで折角の温泉旅行が滅茶苦茶だ。文句の一つも言いたくなるさ」


「知らない……」



 その言葉と共に、魔族の女がマナの矢を生成し俺に飛ばす。


 横に避け魔力の矢を躱した俺は、詠唱と共に照明術ライトの魔法を魔族の女の方向へと撃ち出した。


 照明術ライトの魔法は魔族の女から大きく外れて木々の高さを越えて舞い上がり、強く弾けて一瞬だけ大きな光を放ち消えていく。



「何の……真似……?」


「ただバランス崩して外しただけだ。気にするな」


 リシャ達に送った合図は適当に誤魔化しながら、俺は腰に下げていた剣を抜くと共に魔族の女に答えた。



「そう……。だったら、その程度の魔法で私を倒そうなどと愚か者にも程がある……。故に、その愚かさに罰を与えよう。今この場で私の魔法に引き裂かれ朽ち果てろ……!」


 その言葉と共に魔族の女はマナの矢を三本生成し、俺に向かって撃ちつけた。



「どうかな? そうそう簡単にはやられないぜ俺は。護法術シュラウド!」


 マナを練り編み創り上げられた光の壁にぶつかった瞬間、三本の矢は霧散する。


 同時に俺は魔族の女へと飛び掛かり、その手に持った剣で斬り付けた。



「ああ、そう言えば俺の温泉旅行は最初から滅茶苦茶だったわ。たちの悪い旧友なんかに会うもんじゃないな。余計な仕事押し付けられて、ゆっくり温泉に入る暇もなかったわ」


「知らない……!」



 魔族の女は何らかの防御魔法を発動し、俺の剣を受け止めはじく。


 そして距離を取った俺に対して、火球を投げつけてきた。


 俺は火球を左手でマナを操りながら対処し、その流れでマナの矢を魔族の女に放つ。



「ほんとな、酒が飲めないと損ばかりなんだよ。例えばさ、金持ちってのは酒を道楽にしている連中が多くてな、自慢のコレクションを出されても酒が飲めない俺は断ることになっちまう。そのせいで渋い顔される事も結構あるんだけど、どう責任とってくれるのよって感じだよな」


「知らないって……言ってるでしょ……!!」



 魔族の女は俺のマナの矢を躱しながら光の弾を生成し始める。


 だが、遅い……!


 俺は月明かりに反射し光輝く剣を振りかぶり、一気に魔族の女へと詰め寄った。



 大量の魔物を送り出せる程の「異界の門」を生成できる程の魔族である。


 俺一人正攻法でやっても分が悪い。


 言葉やら何やらで色々と揺さぶりをかけてみていたのだが、それが功を奏して相手に一瞬の隙が生まれた。



 その隙を逃すわけにはいかない。


 俺は相手の首元を狙い、剣を横薙ぎに振るった。



「なるほど……ね……。適当なことベラベラしゃべって動揺を誘ってたってワケ……。随分姑息な手を使うじゃない……」


 しかし、俺の剣は女の首には届かない。


 魔族の女は光の弾の生成を諦め、即座に防御へと切り替えていた。


 首元あと僅かのところで、剣は黒いオーラの壁に阻まれている。



「あらあら。流石、お気づきになられましたか」


 俺の言葉と同時に魔族の女は俺の腹に蹴りを入れてくる。


 蹴り自体のダメージはそれ程ないが、俺は大きく飛ばされて距離を取られ、仕切り直されてしまった。



「決めたわ……。あなた、すぐには殺さずにジワジワ嬲り殺してあげる……。生きてることを後悔するくらいにね……」


 相手は冷静さを取り戻したようで、一定の距離を取りながらマナを繰り魔法の矢を大量に生成し始める。



 全く……こちらとて簡単にやられる気はないが、こうなった以上決め手がない。


 せめて、テシェルペタが早めに来てくれたら何とかなりそうなものだが……。


 と思い始めたその時である。



「おらあああぁぁぁ!!」



 突如横合いから現れた左手に大剣を持った巨体の人間が、魔族の女の顔を右の拳で思いっきり殴りつけた。


 強烈な質量と速度に為す術なく吹っ飛ばされた魔族の女は、倒れた大木にぶつかり大きな悲鳴を上げる。


 魔族の女が生成した魔法の矢はただのマナへと戻り周囲に還っていった。



「マルちゃん、無事!?」


「あ、ああ」


 大剣を持った巨体の人間……テシェルペタの問いかけに半ば放心しながら俺は返事をした。



「異界の門は壊したわ。あとはこいつだけよ! 照明術ライトの魔法が見えてから随分かかっちゃってゴメンなさいね!」


「いや、大丈夫だ……て、リシャはどうした!?」



 現れたのはテシェルペタだけでリシャの姿が見えない。


 そんな俺の問いに対してテシェルペタは大剣を構えながら答えてくれた。



「マナバランスを崩してフラフラになっちゃったから、ケートラちゃんの中で休ませてるわよ! 後でリシャちゃんにマナのコントロール方法を教えてあげなさい!」


「そうか。悪い、ありがとうな。よし、とっとと片付けて温泉と行くか……!」


 ゆらりと立ち上がり怒りの表情で睨みつけてくる魔族の女を正面に見ながら、俺はテシェルペタと共に再び戦闘態勢に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る