20.冒険者ギルドズサク支局長兼臨時代官、テシェルペタ

 話は少し前に遡る。


 マルヴェールと別れたリシャとテシェルペタは、目標を探しながらそう広くない展望公園の中を歩き回っていた。



「あの……こんな時にすみません。テシェちゃん様は、マルさんと長いのですか?」


「そうね。長いと言えば長いけど、そんなに深い付き合いをしてたわけじゃないわよ。パーティも違うしね。ただ、マルちゃん含めて『ラスト・バスティオン』のみんなはアタシ達によくしてくれたわ」


 暗闇の中をリシャの照明術ライトで照らしながら、二人は会話を続ける。



「『ラスト・バスティオン』は最強だったわ、メンバー全員が何らかの技で冒険者の頂点だった。リーダーのネスカちゃんは剣、魔導士のアナちゃんは広範囲の破壊魔法って具合にね。……その中でマルちゃんだけはこれと言って頂点になれるような能力は持たなかったんだけど、逆に全てが平均以上の多才な人だったわ」


「そうなのですか。確かに、マルさんは何でもできてしまいますものね」


「ええ。他のメンバーが一芸の化物だとしたら、マルちゃんは総合力の化物ね。戦況を見て的確に指示を飛ばせる司令塔の役割も果たせるし、メインの戦闘要員にもパーティの補佐役にもなれるわ。マルちゃんがいれば、自分が最強になったと勘違いさせてくれるわよ」



 その言葉を聞いて、リシャはにっこりと笑う。



「なに? 何かおかしいことでも言ったかしら?」


「いえ、ごめんなさい。マルさんが褒められたりご友人と仲良くしていたりすると、つい嬉しくなってしまうのです。変ですかね?」


「変じゃないわ。リシャちゃんとマルちゃんの関係については特に言及しないけど、リシャちゃんがマルちゃんのことを尊敬している証拠よ。その気持ち、大事になさい」


 テシェルペタがリシャに微笑み返しながら、そう答えた。



 テシェルペタ自身もかつて一流と呼ばれた冒険者の一人であり、自身も高名な冒険者パーティを率いていたリーダーだった。


 その中にあって様々な冒険者パーティと共同戦線を張ったり交流を持ったりしていたわけだが、後に伝説と謳われるラスト・バスティオンもそんな冒険者パーティの一つである。


 中でも人当たりがよくパーティの対外的な折衝担当であったマルヴェールとはよく話もしたし、親交もあったわけだ。



「嫌ね。歳を取ると、昔の思い出が蘇ってきて涙が出て来ちゃうわ。アタシもいっぱい仲間を失ったし、マルちゃんも同じよ。リシャちゃん、貴女自身がマルちゃんやアタシの失われた仲間にならないよう、強くなりなさい。この世界は本当にシビアよ……いつ死んでもおかしくない。だから、死なない術を身につけなさい。これはかつて冒険者だった先輩から後輩に向けた、心の底からの助言よ」


「はい。テシェちゃん様の今の言葉、しっかりと覚えておきます」


「ふふ、いい子ね貴女は。ああ、一応言っておくと、マルちゃんは甘すぎて師匠には向かないわ。リシャちゃん自身が自分を律し、強くなると言う意志を持ちなさいね」


「分かりました……親の反対を押し切ってまで志した道です。私、自分の力できっと強くなってみます」



 テシェルペタにリシャの出自は分からない。


 しかしその振る舞いや見識から、大商家や貴族と言った上流階級の出なのだろうと言う事は想像がついた。


 そんなお嬢様が冒険者を志しているからには、何かしらの理由があるのだろう。



「オーケーよ。それじゃあ冒険者として、ズサクの危機をサクサクと救っちゃいましょうか」


「はい!」


 力強い返事と共に、リシャはテシェルペタの後をついて異界の門を探し続けた。





*****************************





「見つけたわ。あれが『異界の門』よ」


 展望台の先には、禍々しいオーラを纏った門状の構造物が扉を閉じて佇んでいた。



「幸いにも今は休止状態みたいだし、周囲に魔族もいないみたいね……。さて、アタシのポリシーとして魔法は使わないのだけれど、リシャちゃんは使えるのよね」


「は、はい。光弾ブリットとか照明術ライトと言ったようなものしか使えませんが」


「上等よ。ありったけのマナを練り込んで、光弾ブリットをあの門に撃ち込んでやりなさい。それだけで片がつくわ」


 テシェルペタがウインクをしながら、リシャに言う。



「分かりました……。やってみます……!」


 その言葉と共にリシャは精神を集中する。


 周囲のマナがリシャに向かって収束していく事がテシェルペタに感じ取れた。



 マナの集積も上々、そのコントロールも悪くない。


 そんな事を思いながらテシェルペタは魔物や魔族の不意打ちに会わないよう、周囲を警戒する。



光弾ブリット!」


 リシャが精神の集中を始めてから三十秒ほど経ったところだろうか。


 周囲のマナをかき集め、そして自分の体内に蓄積されたマナをコントロールに使いながら、リシャは両手から強大な光線を射出する。


 射出された光線は門状の構造物に直撃し、構造物は光の奔流により「ゴ」とも「ガ」ともつかぬような音を立てながら粉々に崩れ去っていった。



「……や、やるじゃないリシャちゃん! これだけの光弾ブリットを放てる人、中々いないわよ! ……て、リシャちゃん!?」


 テシェルペタのその呼びかけも虚しく、リシャは膝から崩れ落ちその場に倒れ込んだ。


 そのまま大地に倒れ落ちようかと言う瞬間に、テシェルペタは何とかリシャを抱きかかえる。



「リシャちゃん、大丈夫!? ……て、息も心臓の動きもあるみたいね……。なるほど、体内のマナを使い切っただけかしら」


 体内に蓄積されたマナを使い切ると、精神のバランスを崩し前後不覚になることは魔法を使わないテシェルペタも知っていた。


 通常魔道士は実戦の中で気を失うことがないよう、自身の体内にあるマナを使い切らない訓練を積むものである。



「ちょっと張り切り過ぎちゃったみたいだわね……。命に別条がなさそうなのは良かったわ。あら……?」


 テシェルペタが顔を上げると、森の向こうの木々の上で照明術ライトが弾けるのが見えた。


 マルヴェールが魔族と交戦を始めたのだろう。



「こうしちゃいられないわ……。リシャちゃんをケートラちゃんに預けて、アタシも戦いに行かないと」


 そう言うとテシェルペタはほぼ気を失っているリシャを抱きかかえ、ケートラの方へと走っていった。





*****************************





「ん……ここは……」


 どれくらいの時間が経ったであろうか。


 リシャが意識を取り戻すと、そこはケートラの助手席であった。



「そうだ……私は『異界の門』に光弾ブリットを放って、それで……」


 状況から考えて、光弾ブリットを放った後にマナを使いすぎて気絶したのだろう。


 以前マルヴェールから、体内のマナを使い過ぎないようにと言われたことを思い出した。



「失敗してしまいました……。後でマルさんに怒られてしまいますね……」


 そう言いながら外の様子を見ようと顔を上げたところで、カーナビのディスプレイが突然起動し現地の言葉で文字を流し始める。



『只今ケートラが補給したマナの量が200Lを越え、経験値が4,200点に到達しました』


「え? ケートラさん、何を? 何を教えてくれようとしているのです?」



 しかしケートラは答えない。


 ケートラのカーナビは尚も言葉を流し続ける。



『これによってケートラのレベルが13に上がり『パッシブスキル:水上走行2』、アビリティポイント4点を取得しました』


「レベル……? レベルとは? アビリティポイントとは、一体?」


『アビリティポイントは現在37点貯まっています。アビリティを取得したい場合は、メニューにある『能力』の項目からアビリティを選択してください』


 一通り文字が流れ終わったところで、カーナビのディスプレイは暗転し電源が切れた。



「一体何だったのでしょう……。ケートラさんが何かを訴えかけていたことは確かなのですが……」


 リシャがそう呟いたところで、森の奥から爆発音が響く。



「そうだ、こうしてはいられません……マルさんとテシェちゃん様をお助けしに行かないと……!」


 ケートラのことはひとまず置いておくことにして、リシャは助手席から飛び出し森の奥へと向かっていった。

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