15.軽トラックと煮込みうどん
「おや、エネルギー切れかな?」
どこまでも平原と山の景色が続く街道でケートラを走らせていると、メーターパネルにあるエネルギー切れのマークが点灯しだした。
「できれば次の町まで行きたかったけど、ここまでだな。リシャ、今日は野宿になるけどいいか?」
「はい、大丈夫です」
リシャの同意を取った俺はケートラを街道脇に止め、エンジンを切る。
一晩休ませておけば勝手に周囲からマナを補充し、翌朝にはまた元気に走ってくれるだろう。
「ケートラさんもマナの力を使って動いているのですよね。一体どう言った原理で走っているのですか?」
「よく分からない。ただ、マナの動きを見るに、内部で
俺はケートラを降りて後ろの荷台に積んである荷物の中から野宿用品を引っ張り出しながら、リシャの疑問に答える。
「爆発し続けて……いるのですか……?」
「ああ、爆発し続けているらしい。俺も本当に大丈夫なのかと心配になったが、特に損傷している箇所は見つからないし大丈夫なんだろう。で、走らせているとマナは尽きるが、エンジンを切ってしばらく置いておくと周囲からマナを吸収してまた走れるようになる」
「……不思議ですね」
「不思議だな……」
本当にどうしてケートラが走っているのか分からない。
何故爆発することで走ることができるのだろうか。
普通魔法で物体を動かすのであれば、風を起こしたり一方向に引っ張ったりする方法だろうに。
仮に爆風で何かを動かしているのだとしたら、余りにも効率が悪すぎる。
「神様から頂いたと聞いておりましたが、マルさんはケートラさんの操作方法について、口頭か何かで教えて頂いたのですか?」
「いや、運転方法やメンテナンス、各部の名称については謎の力で直接俺の身体と思考に刻みこまれたが、それ以外についてはケートラの中に備え付けてあった説明書を読んで覚えたな。そうだ、説明書を読んでみるか?」
そう言って俺は助手席のダッシュボードの中から説明書を取り出した。
説明書には得体の知れない謎の文字が書かれており、恐らく謎の文字と対応するのであろう訳文がついている。
と言って訳文がついているのは一部だけで、殆どは謎の文字だけの説明書であるが。
「一体どこで使われている文字なのでしょうね……これは……」
「うーん、神様から貰ったものだからなあ。神様が普段使っている文字なのかもしれない」
その文字は文字と言うにはあまりにも複雑怪奇であり、字によって単純なものと複雑なものの緩急がつきすぎている。
これが神の使う文字なのだとしたら、神の言語を解読するには相当難儀するだろう。
「貴族の間で、こう言った文字の解読の秘術を継いでいる者とかがいたりしないか?」
「いえ……そのような話は聞いたことがないです」
リシャがケートラの説明書を読みながら答える。
まあ、そうだろうなあ。
結構色々なところに行ったりしているはずの俺ですら、初めて見た文字だものなあ。
……しかし説明書が解読できないため、ケートラの能力をかなり無駄にしている気がする。
例えばケートラのセンタークラスターなる部分に「カーナビ」と言う映像装置が付いているのだが、恐らく「カーナビ」のものと思われる説明書には訳文がついていないため、何が書いてあるのかさっぱり分からないので怖くて一回も触れたことがない。
何かしらの便利機能はあるのだろうが、現状映像装置は謎の矢印が中央で時折くるくる回るだけのよく分からないものと成り下がっている。
他にも色々と説明書がついて来ているのだが、精巧に絵図が
最も、大量の荷物を運びつつ長距離を高速で移動することが出来るだけで充分と言った感じではあるが。
「まあ、取りあえず飯にしよう。ちょうどいい時間だし、日が沈む前に用意しておかないとな」
「はい、承知しました」
そう返事をするとリシャは近くを流れる川に水を汲みに行き、俺は火を起こしながら野営地の準備を始めた。
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茹った鍋に入れた乾麺はお湯と調味料を吸収し、一緒に茹でている野菜と共に白く滑らかな肌を躍らせている。
後で聞いた話なのだがこの辺りで作られるこの麺は世界的にも有名で、わざわざ外国から食べにくる奴もいるらしい。
「さて、ここに来るまでにいくつか宿場で寝泊まりしたが、貴族の屋敷と比べてどうだった?」
適度に火の調整をしながら、乾麺が茹で上がるのを待っているリシャに聞く。
「そうですね……ふかふかのベッドがあるのが当たり前だと思っていました。まさか板の上に自分の服を敷いて寝たり干し草に包まれて眠ったりするもあるなんて、想像もつかなかったです」
「意外と温かかっただろ? 干し草の寝床は」
貴族のお嬢様には特に睡眠の面できつい旅ではないかと思ったが、今のところリシャは何とか寝不足にはなっていないようだ。
そりゃあ大きな街や観光地にあるような宿であれば、貴族とは言わないまでも裕福な町人が使うベッドと遜色のない寝床もあるのだが、大体の
それでも俺とリシャはちょっと裕福な旅人や冒険者向けの個室宿を二部屋とって宿泊しているので、いくらかマシな方であろう。
逆に言えばこの暮らしに音を上げていては、冒険者は務まらないと言えよう。
「よし、麺ももういいだろう」
俺は野菜と白くコシのある麺を鍋から引き揚げ、スープと共にリシャの器に移す。
「ありがとうございます。これは……スプーンよりもフォークの方が宜しいですね」
「そうだな。麺が逃げやすいから、スプーンだと食べにくいだろうな」
よく煮込まれた麺とスープは、日が陰り肌寒くなってきた俺達の身体をよく温めてくれる。
何かその辺の野鳥でも獲れて鍋に入れられたら最高だったんだが、流石に今それを言うのは贅沢か。
「マルさんが冒険者だった頃も、このような食事をよくなさられていたのですか?」
「ああ、野宿することも多かったよ。料理担当は男三人でさ、特にヨーリコウ……弓使いで攻撃手を務めていたやつなんだが、色々と料理を作るのが好きだった。何でもうまい酒を飲むにはうまい料理からと言うことで、美味しい料理が出てきたら場末の居酒屋から宮廷料理人に至るまで、その作り方を聞き集めていたよ」
パーティ解散からまだ何ヶ月も経っていないにも関わらず、何だか懐かしい気持ちになってくる。
魔王討伐作戦を遂行していた冒険者人生後半は随分と駆け足で生き急いでいたから、前半のごく一般的な冒険者として過ごしてきた日常に何かしらのノスタルジーを覚えるのだろう。
「マルさんと昔一緒にいたパーティの皆様とも、是非お会いしてみたいです」
「それはいいけど一癖も二癖もある連中だから、巷で創り上げられている英雄像とは程遠くて幻滅することになるかもしれないぞ」
俺はフォークで麺をすくいながらリシャに答えた。
既に日は山陰へと沈み、昼の名残は西の空に残る僅かなオレンジ色ばかりとなった。
東の空では星がちらほらと輝き始める。
雲一つない平原のど真ん中であるこの場所は、いずれは満点の星空へと変わるだろう。
そう言えば、冒険者人生の後半はこんなに穏やかに星を眺める事はなかったな……と思いながら、俺は夕食を終え後始末を始めた。
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