14.軽トラックと麦茶
「そろそろティカシキを出立して、次の場所へ向かおうと思っているんだ」
「おや、そうなのですか? もう少しゆっくりしていかれても宜しいのに」
ティカシキ代官屋敷での夕食の場で、俺はアンテマさんに近々旅立つ事を切り出した。
「いやいや。正直居心地がよくて予定以上に長居してしまったからね。リシャも冒険者として慣れてきたし、丁度いい頃合いだと思って」
「なるほど……。それで、次はどちらに向かわれるのです?」
「本街道を逸れて山沿いの小街道を通る予定だ。次の目的地はズサク
「ズサク
ズサク
ズサク火山の地熱により温泉が湧き出る場所であり、古くから湯治客が賑わう温泉街だ。
この国の最外周に位置するジョッシュ地方の中でも辺境にあり、隣国テュエヴ王国への玄関口でもある。
「それで……一応確認だが、リシャはどうする?」
俺は夕飯を食べるフォークの手を止めて、リシャに話を振った。
「この街で冒険者を続けていても、元の屋敷にいるよりも大きく見識が広まるだろう。代官であるアンテマさんが許すのであればずっとこの屋敷のベッドで寝泊まりできるし、安全に君の冒険欲が満たされるはずだ」
リシャも食事の手を止めて俺の話を聞く。
「逆に俺とケートラについてくるのであれば、ここから先は茨の道だぞ? 野宿は当たり前になるだろうし、宿に泊まってもふかふかのベッドがあるとは限らない。それに、魔物も強さを増して命の危険も増えてくる」
一呼吸置きながら、俺は更に続ける。
「ここに留まることが臆病だとは思わない。領主の娘と言う立場からすれば、リシャはよくやっている。ここまでの経験だって、充分自身の糧となった筈だ」
俺が言い終え少し間を置いた後、リシャは微笑みながら答えた。
「その問いに対する答えは、最初から決まっています。マルさんが嫌と言いださない限り、いえ、たとえ言い出したとしても、私は地の果てまでついて行く所存ですよ。ここまでの旅を世界とするには、まだまだ余りにも狭すぎます」
そうか、やはりついてくるか。
本人も覚悟しているなら、俺としてももはや同行を拒む理由はない。
「ふふ。私としては、お嬢様がここに残ってくれることを少し期待したんですがねえ。マルヴェール殿とお嬢様の旅が実り多き物であるよう、この街で祈っておりますよ。また近くまでお立ち寄りの際には、ぜひ我が屋敷をお訪ね下さいね」
「是非。今度は各地のワインを含めて、出来るだけ多くの土産を持ってくるようにするよ」
「アンテマ様、私が父から勘当された身であるにも関わらず便宜を図って頂き、ありがとうございました。このご恩、生涯忘れませぬ」
旅立ちのワインを出そうとするアンテマさんに対して酒は一滴も飲めない事を再度伝えながら、俺達は別れの挨拶を交わした。
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翌々日の朝、よく晴れた明け方に俺とリシャ、そしてケートラはティカシキを出立した。
冒険者ギルドにも一応旅立ちの挨拶に行ったのだが、何だかんだ滅茶苦茶引き留められてしまった。
いやしかし、冒険者だったらひと所に留まらないのは当たり前なので引き留められるのもおかしな話ではなかろうか。
そもそも俺、もう冒険者じゃないただの旅人だし。
「久し振りの長距離移動だからな、気合を入れていくぞ」
「はい。ケートラさん、宜しくお願いしますね」
助手席に座るリシャがケートラのダッシュボードをそっと撫でる。
小街道は本街道と比べて道が悪い。
かなり揺れることを覚悟していたのだが、思いのほか運転席への振動は小さく軽快に走ることができている感じがする。
「あ。馬車も走っておりますね」
「ああ。あれは街と街を結ぶ長距離馬車だ。金は結構かかるが、便利な交通網だよ」
先行していた馬車を追い抜きながら、俺はリシャに説明する。
「長距離馬車が通っているから街道も整備されているし、定間隔で宿場や
「そうなのですね。そう言えば、宿場や小さな町にも冒険者ギルドはあるのですか?」
「いや。冒険者ギルドがあるのは一定規模の街だけだな。ただ、各地の酒場や宿の受付みたいなところが仕事の斡旋窓口を兼ねていたりするから、道行く冒険者に仕事を依頼するってことはあるよ。まあ、基本は近場にある大きな街が魔法ネットワークを介して仕事の一括をしている形だけどな」
冒険者……と言えば聞こえはいいが、実体としては日雇いの便利屋みたいな存在である。
何だかんだ依頼は結構あるので日々の仕事には事欠かないが、依頼料が低額で抑えられている事と冒険者ギルドによる中抜き額が中々暴力的であるため、多くの者が健康で文化的な生活を送っているとは言い難い。
だがしかし、上位ランクになれば劇団のトップ俳優であるかのような人気を誇るし、貴族や王族に対しての覚えも大変めでたい。
一括りに冒険者と言われているが、上から下まで内包した何とも奇妙な連中であるとは思う。
「しかしケートラの調子もいいし、どこまでも行けそうだな。俺自身が調子に乗ってしまいそうなので、運転時間が長すぎると思ったらリシャが俺を止めてくれ」
「心得ました、お任せください!」
突き抜けるような青空の下、夏に向かい緑が濃くなっていく平原や山々を見ながら、俺達を乗せてケートラは街道を突き進んだ。
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「ほら、麦さ乾かして作った飲みもんだぁよ。飲んでけな」
街道沿いにぽつんと建っている年季の入った石造りの宿場、その宿場に併設されているオープンテラスの酒場で、俺とリシャは酒場のおかみさんから黒に近い茶色い飲み物の入った木製のコップを頂いた。
休憩のために酒場の近くにケートラを止め、アルコールの入っていない飲み物はないかと聞いたところ「大麦を焙煎した飲み物がある」と言うことなので、それを注文したところである。
「ありがとうございます。おお、渋くて結構効きますね。リシャ、飲めるか?」
「ええ。コーヒーと比べると苦さも控えめで、爽やかな清涼感がありますね。私は好きです」
「コーヒーはな、値段が高くてあまり手が出せなくてな……」
期せずして貴族マウントを取られてしまったが、それはそれとしてこの飲み物はうまい。
近くにある沢を利用してよく冷やされており、長時間運転した体に染みわたる感じがする。
「こっちの麦は今っくらいに刈り入れるからよ、ちっとんべぇ早いけどうめぇのが出来たんべ。小せえ麦はもちっと先だな」
酒場の年季の入ったおかみさんが、今日の晩に出すのであろう肴の準備をしながら教えてくれた。
「んで、おめえさ方はどこ行くんだ?」
「ええ、ファルナ山岳地帯を迂回しながら、ズサク
「ズサクっつーと、湯治か。そんなん行かんでも、山の方行きゃ湯は出るべぇ」
そう言いながらおかみさんがここから西側にあるファルナ山岳地帯を指差す。
なるほどそちらの方を見ると、山頂付近から一筋の薄い煙が立ち昇っており、活火山であることが伺えた。
「いやぁ……そっちの方も考えたんですけど、俺達の馬車が通れる道がなくて……」
確かにあの山の中腹にも温泉街はあるらしいが、街道が通じているわけではないためケートラが通れる保証がない。
ケートラと一緒でなければ俺達の旅は意味がないのである。
「はー。そんならしかたねえべな。そんじゃ、長持ちする乾麺売ってやっからよ、持ってけ。オラんとこの名物だ。飢えて死んじまったら意味ねぇぞ?」
「いや、食料の備蓄はまだ充分ありますので大丈夫ですよ」
俺のその言葉もむなしく、おかみさんは奥からありったけの乾麺を持ってきて俺のかばんに勝手に詰め始めた。
「遠慮すんなって。ほら、いっぱいあっから持ってけ持ってけ」
「あ……ありがとうございます。購入させて頂きます」
おかみさんの巧みなセールススキルに乗せられて乾麺の束を大量に購入しながら、俺達はひとまず次の目的地であるズサク
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