10.軽トラックとお嬢様と農作業

「それではギルドカードの発行及び契約をいたしますので、こちらへお越しください」


 リシャが登録申請書を提出するとギルド窓口の女性から促され、二人で併設の個室へと向かった。



「即日で契約できるのか?」


「ええ。本日は契約士が在館しておりますので」



 二人して個室に通され、しばらく待つように言われる。


「マルヴェール様、契約とは何をするのです?」


「冒険者ギルドと冒険者を、ギルドカードを介して魔法的な繋がりで結ぶのさ」


 しばらく時間がありそうなので、俺はリシャに仕組みを説明した。



「冒険者ギルドはこの世界の各国、各地方、各街に存在するのだけれど、専用の魔導ネットワークを通じて冒険者名簿を共有しているんだ。ギルドカードは冒険者であることを証明すると同時に、ギルドが冒険者の大雑把な位置情報や仕事状況を把握する端末のような役割も果たしている」


「そのようなものがあるのですね」


「現在の魔法学からしても明らかにオーバーテクノロジーな代物なんだけどな。冒険者ギルド勃興の頃から使われているらしいから、神か超越者からの介入があったんだろうね」



 冒険者ギルドの魔導ネットワークについては王都の魔法院が躍起になって研究しているが、未だにそのシステムが何たるかすら掴めていないと言う。


 魔導ネットワークのシステムが解明されれば、この世界の通信は一気に発達し恐ろしく距離が縮まるのだろう。



「お待たせいたしました。リシャ氏と冒険者契約を始めたいと思います」


 そんな話をしていると、中年を少し過ぎた頃の女性魔道士が入ってきて俺達の前に座る。



 そして挨拶もそこそこにギルドカードをテーブルの上、リシャの前に置くと、契約の詠唱を始めた。



「わっ」


 リシャ本人とギルドカードが淡く青白い光に包まれる。


 そして魔道士が最後の詠唱を終えると、発光は収まった。



「これにてリシャ氏を冒険者と認め、ギルドとの繋がりが完成いたしました。冒険者としての心得をよく学び、ギルドの発展に努めてください。……ところで、リシャさん。隣におられるマルヴェール殿は非凡にして模範となる冒険者でありました。彼を良き教師とし、己の研鑽を続けなさい。以上、契約の儀を終了いたします」





*****************************





「契約終わりましたか、おめでとうございます」


 個室から出ると、先程の受付嬢が待っていた。


 一方のリシャ本人は、自分のギルドカードをまじまじと見つめている。



「……Gランクと、書いてありますね」


「新米冒険者は皆、一番下のランクであるGランクからのスタートだ。ギルドの仕事をこなしていると上がっていくよ」


 俺はランクについて更に続ける。


「Gから上がってAまであり、更にその上に殿堂入りのSランクがある。Dになれれば一人前、冒険者稼業で食っていける。大体のやつはBを目指して、Cで止まるやつがほとんどだ」



 この間の不届き者退治くらいの規模であれば、Dランク4~5人パーティが対象となるだろう。


 いや、魔族がいたので実際はC以上はないと厳しいのかもしれない。



「マルヴェール様はどこまで行かれたのですか?」


「あ、天下のマルヴェール氏にそれ聞いちゃいますぅ?」


 リシャの疑問に対して受付嬢が茶化す。



「秘密だ。さて、それはそれとして、何か今から受けられるような初仕事になりそうなものはあるか?」


「そうですねぇ。Gクラスの方ですと現在戦闘系はゼロ、ランクフリーの作業系は結構あったような気がしますねぇ」


 そう言いながら受付嬢は窓口の方に向かい、ファイリングされた資料を持ってきてくれた。



「あまり時間がかからずに終わりそうな農作業の手伝いがあるな。これにしておこう」


 受付嬢から借りたファイルを閲覧しながらリシャにできそうなものを見つけ、仕事の受注をした。





*****************************





「ここに積まれた野菜を、倉庫まで運べばよいのですか?」


「そっだ。いんやあ、すまねえな。本当は息子と二人でやる予定だったんだがよお? あんのバカ、酒飲んだ帰りにズッコケて腕折っちまってなぁ。まぁず忙しい時期に世話ねえべよ」



 商都ティカシキから少し離れた農園で、俺とリシャは畑の傍に積まれている、結球した萵苣菜ちしゃなの山を眺めている。


「荷車とか自由に使っていいべからよぉ、はぁ片付けてくれや。オラはちょっと別の野菜の世話してくっからよぉ」


 そう言うと依頼人の親父さんは畑の方へ分け入っていった。



「さて、リシャ。これが君の冒険者としての初仕事だ。……期待していたものと違ったか?」


「いえ……やります。やらせて頂きます」


 そう言うとリシャは先程親父さんから指示されたとおり、萵苣菜ちしゃなを箱に詰め始める。



「倉庫までは少し距離があるから、ケートラを使おう。何往復かすればすぐ済むはずだ」


 俺もリシャの横で萵苣菜ちしゃなを箱詰めしていった。



「野菜を傷つけないよう、優しくな。あまり箱に詰め込み過ぎると潰れてしまうから、適度な力で収めるんだぞ。あ、余白は作りすぎないようにな」


「はい、分かりました」


 元荷物持ちポーターなので野菜の箱詰めなどお手の物である。


 俺は適量の萵苣菜ちしゃなを箱詰めし、ケートラの荷台へと積み込んでいった。



 あれ?


 そう言えば、俺が手伝う必要あるのだろうか。


 まあいいけど。



「よっと」


 第一陣の萵苣菜ちしゃなを積み込んだところで、ケートラの雄姿をマジマジと眺めてみる。



 しかし何だろうか、この感じ。


 野菜が積みこまれて畑に佇むケートラの姿、まるでこれが本来あるべき姿であるかのように物凄く馴染んでいる。


 ひょっとして君は、農作業をするために生まれてきたのではないか? と思うくらいだ。



「マルヴェール様、どうかなさいました?」


「いや、何でもない。よし、倉庫まで運んでこよう」





*****************************





「はぁもう運び終わっちまっただんべか! 明日つぐひまでかかると思っとったんに、いや、大した手際だんべなぁ!」


 日も暮れかけの夕方、昼過ぎくらいから始めた仕事はようやく終わりを見せた。


 畑の傍に山のように積んであった萵苣菜ちしゃなは全て倉庫へと運び込み、今は収穫待ちのものが僅かに残るばかりである。


 リシャは非常に疲れたと言った感じでケートラの荷台を席にして座り込んでいた。



「そいじゃこれ、仕事完了の証明書だんべよ。まぁず世話になったんべえな!」


「リシャ、君の仕事だ。依頼主から証明書を受け取り、冒険者ギルドへ報告に行くまでが仕事だぞ」


「はい、分かっております。依頼主様も、お世話になりました」



 そう言うとリシャは最後の力を振り絞ってと言う感じで立ち上がり、親父さんから仕事完了の証明書を受領する。


 そして俺達はケートラに乗り込み、農園を後にした。





*****************************





「はい、完了の報告を頂きましたので今回の任務はこれで終わりです。ご苦労様でした」


 ギルドのカウンターで任務完了の報告をすると、その場で報酬が支払われた。


 額の大きいものだと分割払いであったり銀行の小切手決済だったりするのだが、少額であればその場で支払われる仕組みだ。



「これが……私が得た仕事の対価ですか……」


 袋に詰められた銀貨を見つめながら、リシャが言う。



「ああ。多いと感じるか少ないと感じるかは自由だが、客観的に見れば君が普段食べていた朝食の素材すら揃えられない額ではあるな」


 領主のお嬢様の金銭感覚は分からない。


 いや、そもそも金銭と言う概念すらないのかもしれない。


 しかし、今までの暮らしから考えれば、はした金とすら言えない額であろう。



「マルヴェール様、お聞きいたします。冒険者は皆、この額を手に入れるために働いているのですか?」


「そうだな。リシャのような駆け出し冒険者の連中は貧困にあえぎながら、いつか上位ランクに行くことを夢見て日々こんな生活を続けている」


「と言う事は、ランクが上に行けば、手に入れられるものも多くなると」


「ああ。さっきも言ったが、Dランクくらいになれば冒険者一本でやっていけるようになる。Bを越えたら……世界が変わるぞ」



 俺の言葉を聞くと、リシャは俺に背を向け一歩前に出る。


 そして改めて俺に向き直り、決意の表明をした。



「マルヴェール様。私、冒険者として独り立ちできるように頑張ります。そして、できればマルヴェール様のように、皆から慕われるような冒険者になりたい……いえ、絶対になってみせます!」



 俺に対してそう宣言するその姿は、まさに後光がさしているように見えた。


 そうか。


 これは支配者層として生を受けた者が生まれた時から持ちうる、ある種のカリスマ的なものなのだろう。


 ひょっとしたらこの娘、俺なんかでは決して届かないようなところへも行けるのかもしれない。



「マルヴェール様は……他人行儀だな。俺が君の事をリシャと呼ぶように、これからは『マル』と呼び捨てか、少なくとも『マルさん』とでも呼んでくれ。さあ、アンテマ氏の屋敷に戻ろう。あまり遅いと心配をかけるからな」


「……はい! マルさん!」



 疲れているだろうに元気よく返事をしてくれたリシャに気付かれないようこっそりと微笑みながら、俺はリシャを連れてケートラの元へと歩を進めた。

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