9.お嬢様と冒険者ギルド

 その仕立て屋は、馬車通りに面していた。


 俺は仕立て屋の前にケートラを止めて、この街の代官であるアンテマ氏から貰った許可証をフロントガラスの下、ダッシュボードの上に置く。



「それはなんですか?」


「ああ。通りに無断で馬車を放置していると、違反金を取られてしまうらしいからね。ケートラは馬車ではないけど、トラブル避けの為に許可証を貰っておいたんだ」


「なるほど。流石マルヴェール様、周到ですね」



 まあ、ケートラのせいでいざこざが起こっても困るし。


 そんなこんなでケートラに鍵をかけて、俺とリシャノアお嬢さんは仕立て屋へと入って行く。



「いらっしゃい。何が入用かね?」


 店に入ると、いかにも職人と言った風情の痩せた店主が声をかけてきた。



「この子にサイズが合うズボンとシャツ、それに上着を頼む。出来れば頑丈なやつ。在庫はあるか?」


「用途は?」


「冒険者用だ。見習いだがな」


「在庫はあるが、作ってから二年経っちまってるがいいか? 袖は通してねえし頑丈さは保証する」


「上等だ。持ってきてくれ」


「待ってな」



 そう言うと店主は店の奥へと引っ込んでいく。


 そして奥から引っ張り出してきたのは、女性向けと思われる上下揃いの衣服だった。



「随分前に嬢ちゃんと似たような背格好の冒険者に頼まれたんだが、仕立ててる最中に足を折っちまったとかで引退してな。お陰で長い間お蔵入りよ」


「なるほど。いや親父さん、いい腕だな。ちょっと試着させて貰っていいか?」


「へ、褒めたって安くならねえぞ。奥にそれ用の部屋があるから使ってくれ。おーい母ちゃん! 客だ! 相手してやってくれ!」



 店主が奥に呼びかけると、痩せた店主とは正反対の恰幅のいいおかみさんがひょっこりと現れる。


「試着って、このお嬢ちゃんがかい? これ、冒険者用だろ? やめときなよ、あんたみたいな綺麗で華奢なお嬢ちゃんが、もったいないよ」


「大丈夫です、私が自分でこの道を選んだのです。心配はご無用です」


「そうかい? 自分の中に決意があるのなら、あたしもとやかく言わないよ。ほら、ついといで」


 そう言っておかみさんとお嬢さんは奥へと消えていった。



「支払いだがな、代官のアンテマ氏から書状を書いて持ってる」


「ふうん、代官様からね。どれどれ……」


 そう言うと店主は書状を眺め始める。



「これは……領主様から直接って……。あんたら一体何者なんだ……?」


「まあ、話せば長くなるんだが……公が俺の事を気に入ってくれてね。ちょっとの支払いなら出してくれるそうだ。ああ、あの子が今試着している服を気に入ってくれたなら、似たようなやつをもうふたセットほど、仕立ててくれないか?」


「そりゃあ、構わねえが」


 そんな会話を店主としていたところで、着替えを終えたお嬢さんがやや興奮気味に奥から出てきた。



「マルヴェール様、いかがですか?」


「そうだな、中々似合っていると思う」


 元々姿形が良いので何を着せても大体似合うと思うのだが、服装自体のセンスも良かったために冒険者と呼ぶには整いすぎているお嬢さんがそこにいた。



「私、この服気に入りました! これを着たまま出てよいですか!?」


「ああ。気に入ってくれて結構だ。それじゃあ親父さん、似たようなやつの話、宜しくな」


「承知したよ。腕によりをかけて仕立てとくから、楽しみにしとけ」


「あとは鞄や何かも必要なんだが、この店に置いてるか?」


「革細工は俺のとこではやってねえ。知り合いのところ紹介してやるから、そっちに行ってくれ」





*****************************





「ここがこの街の冒険者ギルドか。中々の規模だな」


 親父さんから紹介して貰った革細工屋に行ったり他にも色々と買い物が済んだ俺達は、次の目的地である冒険者ギルドの前へ到着した。


 商都ティカシキの冒険者ギルドは大きな劇場ほどの規模を持つ立派な建物であり、かなり儲かっていることが伺える。


 これだけの大きさの冒険者ギルドは中々ないだろう。



「なるほど、大きな建物ですね。……それはいいのですが、マルヴェール様は何故そのような格好をなさられているのですか?」


 そう。


 俺はヒゲと飾り鼻のついた黒ぶち丸眼鏡を顔に装着している。



「うむ、色々あってな。気にせずにいて欲しい」


 変装していかないとな、面倒なことになるんだ。



「では、行くぞ」


 俺はリシャノアお嬢さんを連れて、冒険者ギルドの扉を開いた。



「マルヴェール氏だ! マルヴェール氏が来たぞぉ!」


「この街に逗留していると言う噂は本当だったんだ! みんな! マルヴェール氏だぞ! 囲め囲め!!」


「絶対に逃がすなよ! うちで再登録して貰うんだからな!!」



 バレたわ。


 一発でバレたわ。



「まずあらかじめ断っておくが、俺はもう冒険者をやる気はない。今日ここに来たのは付き添いってだけだ」


「またまたご冗談を」


「いや、本当に。将来有望な新人を連れてきたから、それで俺の事は忘れて欲しい」


 冒険者ギルド職員の人波をかき分けながら、俺とお嬢さんは前へと進んでいく。



 まあ何と言うか、世間的にはただの元荷物持ちポーターであっても、この界隈では知らぬ者などいないトップパーティ「ラスト・バスティオン」の一員である。


 その顔は充分知られており、冒険者ギルドに近づけばこうなるであろうことは想像に難くなかった。


 登録抹消の時も随分と渋られ、どうにかこうにか抹消の判を捺させたわけだ。


 ……他の四人も冒険者をやめるのはきっと苦労したんだろうな。



 取りあえずギルド職員の皆には落ち着いて貰って、俺達は登録カウンターの方へ向かった。



「ええと……それでですね、マルヴェール様。(誠に不本意ながら)今回は(マルヴェール様の再登録ではなく)お連れの方の登録と言うことでいらした訳ですね?(どうにか騙して私の手で再登録させらんねーかな。そしたら私の大手柄なのに)」


「ああ。宜しく頼む」


 なんか登録受付窓口の女性から心の声が漏れているような気がしたが、取りあえず無視しておく。



「ご存じのとおり申請書の記載とギルド員登録の担保が必要となりますが、登録の担保はどうなさいます?」


かね


「うわぁ即答」


「担保とは、どう言う事なのです?」



 登録受付窓口の女性はひとまず置いておき、俺はお嬢さんの疑問に答える。


「うん。冒険者ギルドは冒険者の登録をしてそのメンバーに対して仕事を斡旋するところだ。仕事の依頼側と冒険者の間は全てギルドが取り持つわけだが、冒険者がいい加減な奴だと依頼者もギルドも困るだろ?」


「ええ、そうですね」


「だから、冒険者登録をするときに何らかの担保を要求するわけだ。一番分かりやすいのはギルドが規定する金銭だし、あるいは先輩冒険者が指導者メンターとなって新人の面倒を見ると言う、信頼が担保になるケースもある」


「なるほど」


「で、金も人脈もない奴は、数年間ギルドで雑用仕事をしてその職歴を担保にするわけだ。まあ、一番多いのはこのパターンだな」



 ギルドの規定する担保金の額は駆け出しには高すぎるし、そんな都合よく先輩冒険者と知り合いになれるわけがない。


 大体の冒険者はギルドで数年間の雑用期間を経てから、冒険者登録をすると言うシステムである。



「マルヴェール氏もギルドに再登録して、指導者メンターとなっても良いのですよ。その方が絶対安上がりですよ」


「再登録なんぞしたら方々ほうぼうから仕事を押し付けられるから絶対に嫌だ」



 指導者メンターと言いつつ指導など出来ない程に仕事を押し付けられることは目に見えている。


 もう二度と冒険者なんてやらないんだ俺は。



「その……私は雑用期間を経なくてもいいのですか……?」


「ああ。正直雑用期間は身になる事の少ないルーチンワークがほとんどなので、あまりやる意味はない。それに、雑用期間を過ごしていたら俺がいつまで経ってもここから旅立つことができないだろ?」



 その言葉を聞くと、お嬢さんは下を向きクスリと笑った。


「なんだよ……」


「いえ。お優しい方だなと思いまして」


 何だかよく分からず釈然としないが、まあいいとしよう。



「それでは、登録申請書に必要事項を記入しますがどうします? 口頭で告げられたものを私が記載いたしますか?」


「いや、俺が書こう」


 そう告げると窓口の女性は用紙を俺に渡してくる。



 しかし、俺がそれを受け取ろうとしたところで、お嬢さんが横から入り、用紙を自ら手に取った。


「これは私のことなのです。なので、私にやらせて頂きたいのです」


「あ……ああ」



 お嬢さんが黙々と用紙に必要事項を記載していく。


 その横で、受付の女性が小さな声で俺に疑問を投げかけてきた。



「あの……冒険者になろうと言う人間のほとんどは最初は文字など書けず我々が代筆するわけですが……この方はどのような出自なのです? 見た目からして、気品に溢れているとは思うのですけど……」


「うーん、それはだな……」



 どうお茶を濁そうかと考えていたところで、お嬢さんが手を動かしながら答える。


「私は……私は今やルヴィエートと言う姓もなく出自も知れぬ何者でもない者です。領主の娘と言う身分ではなくリシャ……そう、素性知らずのリシャなのです。素性知らずのリシャと、そうご記憶くださいませ。マルヴェール様、貴方様もこれからは私の事をお嬢さんやリシャノアではなくリシャと、そうお呼び下さい」



 天然なのか意図してなのか分からないが、自分の素性を窓口の女性に全部ばらしながら、リシャノアお嬢さん……いや、リシャは気品に溢れる綺麗な字で、冒険者登録申請書を書き終えた。

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