3.軽トラックと旅人とお嬢様(1)

 よく澄んだ湖のほとりでケートラを止め、俺は飯の準備をしていた。


 湖で首尾よく魚が釣れたので、先程貰った野菜と一緒に頂くことにする。



 事前に拾い集めていた薪に火を起こして焚き火を作り、周囲に石を積んでその上に金属製の網を乗せれば、簡易グリルの完成である。


 そう言えば「自然に囲まれて飯を食いながら飲む酒は最高だ」とよく皆が言っていた。


 俺は筋金入りの下戸なので酒は一滴も飲めないが、皆が楽しそうに酒を飲んでいる姿は少し羨ましくもあった。



「しかしケートラ、俺以上にできる奴だな」


 グリルで魚を焼きながら、俺はケートラに向かって呟いた。



 俺自身は冒険者時代に荷物持ちポーターだったので、荷物を纏めて運ぶのは得意である。


 移動先の状況に併せて必要なものを考え荷物の量を計算し、運ぶ手段等を検討したりと色々やってきた。



 しかし、ケートラは俺以上の仕事人だ。


 俺一人では到底背負えない量の荷物を軽々と運び、馬車よりも早く目的地に到着することができる。



 林道や山、川渡りは苦手であるが、それを差し引いても非常に優秀な荷物持ちポーターだ。


 積載量はケートラの中に入っていた説明書に書かれている量を越えないように注意しないといけないらしいが。



 さてさて、今日の昼飯は魚と野菜のグリルだ。


 単純に焼いて特製の調味料と共に食べる、それだけでうまい。


 先程の村で新鮮な野菜を頂けたのは僥倖だ。



 余った野菜はケートラの荷台に吊るして干しておこう。


 走っていれば勝手に風に吹かれて乾燥してくれるのでよい。



 焼いた魚を食べながら、ふと俺は呟いた。


「そうそう、これだよ俺がやりたかったのは」



 冒険者時代も色々なところを回っていたわけだが、何と言うか世俗のしがらみや上からの圧力に縛られた生き方だった。


 特に俺が所属していたパーティ「ラスト・バスティオン」はトップクラスの冒険者集団であり、実入りがいい分自由な時間など一切無いと言った忙しさである。


 魔王討伐の命令などはその最たる例であろう。



 周囲から掛けられる期待やプレッシャーも相当なものであり、リーダーのネスカは酒を飲む度に「もう冒険者なんてやめて田舎に帰りたい」などと常々愚痴をこぼしていたものである。


 まあ、あの日はあの日で忙しく充実した日常だったと言う感想も否めないが。



 今は突然依頼を入れてくる冒険者ギルドも「こうしろああしろ」と指図してくる為政者もいない。


 昼はケートラを走らせて各地を見物しながら回り、夜は運転席や荷台で寝袋と共に横になる。


 非常に快適な旅だ。





*****************************





「今日もいい天気だなぁ」


 人里近くの街道沿い、近くに畑もあるような場所で、俺はケートラを止めて休憩していた。


 ケートラの中に入っていた説明書には「長時間の運転は避け、こまめに休憩を取りながら安全運転を心がけて下さい」と書いてあったので、その注意書きに従っている。



 そんなこんなで休みながら干していた野菜を保存袋に纏め、ついでに荷物の整理をしていると何やら人の気配がした。



「……なんだ?」


 俺が荷台から体を起こし街道の向こう側を眺めると、白い人影がこちらへと駆け寄ってくる。


 よく目を凝らしてみると、どうやら立派で美しい服装に身を包んだお嬢さんであるようだ。



 ……そして、そのお嬢さんはケートラの上で荷物整理をしている俺の方へ駆け寄ると、突然早口で捲し立て始めた。



「そ……それ! 馬車か荷車ですか!? 馬は!!??」


「え? まあ馬車みたいなものだけど……。馬は必要ないと言うか……」


 上質な絹糸のような髪を持った碧眼のお嬢さんは俺とケートラを交互に見ながら続ける。



「何でもいいです! 私を連れてお逃げ下さい! さもないと、あの者達に捕まって貴方様まで大変なことになりますよ!?」


「え、ええ!? どう言う!?」


 お嬢さんが走ってきた方向を見ると、何やら軽甲冑に身を包んだ連中が数人、大声を上げながら迫ってきている。


 お嬢さんはあいつらに追われていると言うことだろうか。



「いいから、早く!!」


「よ、よく分からないが分かった……! 君は助手席に乗って!」


 そう言って俺は助手席の扉を開けると、お嬢さんを押し込みシートベルトをつける。


 そして助手席とは反対の運転席に乗り込んでエンジンをかけると、急いでケートラを発進させた。





*****************************





「は……速い……! 馬もいないのに走っていますし、一体この馬車は何なのです!?」


「あー、いや……王都の魔法研究所で試作されたもので……と言うか、良く事情が呑み込めないのだが、いったいあの人達は何者で、お嬢さんは誰なんです?」


 ケートラを運転しながら、助手席に乗せたお嬢さんに俺は聞いた。


 見たところこの辺りの農村には似つかない裕福な家のお嬢さんのようだが、履物はサンダル、スカートの裾はボロボロと、何かアンバランスな格好である。



「詳しいことは申し上げられませんが、私の事を監禁しようとしてくるのです。先程は隙を付いてようやく逃げ出すことが出来ました……」


「監禁……? 穏やかではないな……」



 このお嬢さんは何か事件に巻き込まれたのだろうか。


 例えば大商人一家で外遊中に誘拐されたとか。


 そうであれば、早いところ家族の元に返してあげた方がいいだろう。



「それで、君の家族はどの辺りにいるか分かる? 連れて行ってあげようと思うのだけど」


「……」


 俺の問いにお嬢さんは答えない。


 どこにいるのか分からないのかも知れないな。



 しばらくケートラを走らせていると、近隣の住民と思われる農民のおじさんが歩いているのが見える。


 俺は聞き込みをするために、おじさんの近くまで行ってケートラを止めた。



「すみません、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」


「ほいほい、なんだべさ?」


 農民のおじさんは気さくに応じてくれる。


 が、助手席の中を覗き込むと同時に俺の想定しえない事を言い出した。



「よお、お嬢でねえべか。なん? こんなとこまで来て、まーた領主様の目さ盗んで、遠出だんべか」



 ん?


 え??


 どういうこと!?



「ちょ……シー!! もう少しで旅の方を誤魔化せましたのに……!」


 え?


 お嬢さん??



「ええと、すみません。事情が分からないのですが、どう言うことか教えて頂けますか……?」


「いんやね旅のお方、実はこの方な、領主様の二番目のお姫様ひいさまなんだんべよ。まぁずヤンチャが過ぎて世話ねえべ、領主様の目さ盗んでようこの辺りまで来てるんさ。領主様からはお嬢見かけたら引っぱたいても呼んで来いなんて、よう言われてます」


「だって私、屋敷に閉じ込められていずれは政略結婚の駒にされる予定なのですよ!? それでそのまま婚姻先の屋敷からも出ずに、窮屈な一生を送るのですわ! そんな人生つまらないです、つまらな過ぎます!」



 ……何だか怪しい感じになってきたが、ひょっとして先程追ってきていた軽甲冑に身を包んだ連中は、お嬢さんを保護しに来た領主様の兵なのではなかろうか。


 とすると、あの時お嬢さんを連れて逃げた方が危ないってことなのだが……!?



「え……ええと、領主様のお住まいはどちらですか……? このお嬢さんを連れて行きます……」


 俺は嘆息交じりにおじさんに聞いた。



「ああ、なんならこの街道をこっち側にちいと来たとこの丘の上だんべな。なあに、領主様は優しいお方だ。事情さ言えば良くしてくれんべ」


「な……! 私、行きませんよ! ようやく抜け出してこられたのに、連れ帰るなんてあんまりです!!」


「大体分かりました。ご親切にありがとうございます」



 おじさんに礼をした後、助手席でわーわー騒いでいるお嬢さんは無視してケートラを出すことにする。


 お嬢さんは逃げ出そうとするが、シートベルトの外し方が分からず四苦八苦しているのが幸いであった。



「あーあ……。何でこんなことに……」


 などと呟きながら、俺はケートラのハンドルを握っていた。

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