2.伝説の冒険者パーティと神様と軽トラック
『よく魔王を倒してくれた、冒険者達よ』
聞くからにこの世のものとは思えない荘厳な声が耳に響くが、声の主は見えない。
視覚的に言えば周囲は大空がずっと続いているかのような光景が広がっているのだが、足の裏には確かに足場が存在している感触がある。
「ああ。あんたのお望み通り、仕事は果たしてやったよ。で、今度はなんだ? 地の底の邪竜でも倒しに行けってか?」
剣を背負った金髪の青年が声の主に問う。
「ちょっと……神様の事を『あんた』って……もうちょっと畏敬の念ってものを持ちなさいよ……!」
ゆったりしたローブを着た銀髪の女性が、金髪の男を窘めた。
『よい。ちょっとくらいのヤンチャ、ワシは許す。なにせ神なので』
荘厳な声で急にフランクな態度を取らないで欲しい。
ギャップで頭がおかしくなる。
『この世界の危機を救ってくれたお前達に、褒美を取らせようと思ってな』
「褒美……だと……? まさか……地獄への片道切符が、褒美だとでも言うつもりではなかろうな……?」
黒髪で切れ長の目をした黒衣の女が、静かな声色で神様と呼ばれた声につっかかる。
『安心して欲しい、そう言うものではない。あと、その手のことを言うのは十四歳くらいで卒業しておいて欲しい』
その気持ちは分かる。
一緒に冒険してて、俺も何回か彼女に対してそんな事を思った。
「褒美かぁ……オレは酒がいいな! うまい酒があればなんでもいい!」
弓を背負った筋骨隆々スキンヘッドの大男が、その体に負けず劣らずの大きな声で言った。
『いや……そう言うのは王様とかから褒美として貰っておいて? なにせワシ、神なので。もっとこう、ね? この世界では到底叶えられないような願いとかでも叶えられるわけなので。あ、ちゃんと倫理観とか節度は持ってな』
「ふむ……願いか……。そうだな……それなら我は……」
*****************************
『よし、これで四人分の願いは聞き届けた。最後はマルヴェール、お主じゃ』
「ん? 俺も……なのか? 俺は別に戦いがメインじゃない、ただの
そう。
魔王を倒したのは剣士、治癒術師、魔道士、弓術士の四人のパーティであり、俺はただの
そりゃあ
世界を救った者達としての戦力ではなかったと俺自身自覚している。
「なに言ってんだよマル。お前がいなきゃ、魔王は倒せなかったんだぜ!」
「そうそう。あなた、いっつも自己評価低過ぎよ? ちゃんと自分の実力を把握しときなさい!」
弓術士の大男と治癒術師の女性が口を揃えて言ってくれた。
それならばと、俺は言葉に甘えてひとつ、神にリクエストをした。
「俺、魔王が倒されたら、ゆっくりとこの世界を見て回りたいと思ってたんだ。だから、何か便利で頑丈な乗り物が欲しい。そうだな……自動で走ってくれる荷車なんて、貰えたりしないだろうか」
『ふうむ……自動で走る荷車か……。ちょっとふわっとしすぎてて掴みどころがないのう……』
ううむ、やはり難しいのだろうか。
そう思って願いを変えようとした時、神の従者が現れて助言を始めた。
「神様! それならあっちの世界で使われてる軽トラとか如何でしょうか! こっちの世界風にカスタムすれば、ずっと使えるはずです!」
『おお、軽トラか! それならコストもあまりかからんし、マルヴェールの願いに合いそうじゃの!』
けいとら?
それはどんなものなのだろうか。
「まず基本スペックとして、4WDは欠かせないでしょう! こっちの世界は舗装道路なんてありませんですし!」
『基本コストを浮かせた分、こっちの世界で長く使えるようにしようかの! 自己修復機能を追加して、燃料もガソリンからマナに変えての!』
「メーカーはどこのにします!? 重要ですよ! あとMTとATで言ったら、やっぱりMTですよね!!」
『ああー! 飛行機能も追加しようとしたら、割り振りポイントが足りなくなってしもうた……。そうじゃ、レベル制にして成長するようにしておこう! これなら色々なものがどんどん積めるぞい!』
神様と従者で盛り上がっているところ悪いが、何を言っているのかさっぱり分からない。
本当に俺の褒美はそれでよかったのだろうか……。
*****************************
『うむ、待たせたな。これで五人全員の願いを叶えたので、お前達を元の世界へと帰そう。重ねて言うが、本当によく魔王を倒してくれたぞ!』
神様のその声と共に周囲の景色は歪み、俺達五人は天空のような場所から草原のど真ん中へと放り出された。
「……たく。よく分からねえな、神様って奴も」
弓を背負った大男が呟いた。
「まあ……実際に我が願いは聞き届けられたので、良しとしよう……」
黒髪の女がそれに続く。
「それにしても……これがマルくんのケートラちゃんか。なんか愛嬌のある顔してるね」
銀髪にローブの女性が、俺の願いの産物を見回しながらそう言った。
俺達五人の傍に置かれた白亜の荷車は、正面から見るとどことなく顔のようにも見える。
前方の御者台には席を覆うように鉄板の屋根がついており、後ろには広めの荷台がある。
荷台を見る限りは結構な容量の荷物が積めそうだ。
「で、マルよ。こいつはどうやって動かすんだ?」
「ああ、なんかこの御者台……運転席とやらに乗って操作するらしい」
金髪の青年の問いに答えると俺はケートラの扉を開け、中に乗り込んだ。
「無免許でいきなり公道に放り出すのは危ない」とのことで、「教習所」とやらを卒業できるだけの知識と技術を直接俺の体と思考に埋め込まれている。
神様からのサービスらしい。
「運転する時は免許証を必ず携帯しておいてな」とも言われたが、このカードに何か意味があるのだろうか。
さて、ほんの少し前までは全く知らなかった知識を使いながら、俺はキーを回しケートラのエンジンをかける。
そしてクラッチを踏み左手でギアを入れ替えながら、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
「おお! 動いたぞ!」
「馬車よりも早く移動できるんだって? 本当か?」
「それも試してみたいな。それじゃあ試運転も兼ねて、一番近くの街まで走らせてみるか。みんな、荷台に乗ってくれ」
俺の声と共に四人はケートラの荷台に乗り込み、それを確認したところでアクセルを踏みケートラを走らせた。
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「少しうるさいが、確かに馬車よりも速かったな」
「何より結構な速度を出しても、馬車と比べて揺れが少ないのがいい。この荷台の上でなら移動しながらでも酒が飲めるんじゃねえか?」
「ケートラちゃん、結構いい子じゃない。スピードが速いのはちょっと怖かったけどねー」
「神とやらよ……このような方舟があるならば最初から用意してくれれば、もう少し早く魔王を討伐できたのではないか……」
感想は四者四様であるが、評価は概ね好評のようである。
街道を使い草原から街までケートラを走らせてみたが、俺自身も運転してみて中々の気分の良さを感じていた。
「……それで、俺はひとまず魔王討伐を報告してから故郷に帰ろうと思うが、お前達はどうするんだ?」
「私も取りあえず師匠達の元に行って報告かなー。それ以降の事は、あんまり考えてないや」
「オレは今回の件で協力してくれた山のデーモン共のところに行かないとな。酒の約束があるんだ」
「我は、神から授けられし恩賞の元へと向かう……」
「それじゃ、予定通り冒険者パーティ『ラスト・バスティオン』はここで解散。また会うかどうかも分からないが、みんな達者でな」
リーダーである金髪の青年の宣言と共に、長く苦楽を共にしたパーティとは思えない程のあっさりした別れの挨拶を交わすと、皆それぞれ別の道へと進んでいった。
「さてと」
俺はどこへ行くと言う当てはない。
いや、敢えて当てなど作らなかったと言うべきか。
任務やしがらみに縛られた冒険者としてではなく、ただの旅人としてこの世界を見て回ろう、そう心に決めたのだ。
冒険者登録抹消とか面倒な手続きも残っているが、それはまあ、気が向いた時にやればいいだろう。
「よし、俺達も行こう。これから宜しくな、相棒」
俺はケートラの車体を軽く叩いてから運転席に乗り込み、ギアを変えてゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
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