12.お嬢様と戦闘訓練

「ええと、大変僭越な身ではありますが、今回は荷物持ちポーターと言う役割についての講義をしたいと思います」


 俺は冒険者ギルドの一画にある講堂で、数十人近いの聴衆を相手にしながら教壇の上に立っていた。



 ここにいる全てが現に荷物持ちポーターとして活躍している冒険者かあるいは冒険者の卵達であり、中には俺より年上と思しき冒険者の姿も見える。


 いや、荷物持ちポーターだけでこの人数とは、この街の冒険者はこんなにいるんだな……。



荷物持ちポーターと言えば言うまでもなく単純に多数の荷物を運ぶこと、現地まで故障なく荷物を運ぶことが重要ですが、それ以外にも交渉や資金管理と言った役割を担うことが多々あります。これは荷物持ちポーターがパーティ内の荷物の総量と資産の額を把握しやすいことが起因していることは皆様ご存じのとおりです」



荷物持ちポーターはあまり目立たず戦闘に直接寄与することが少ないのでパーティの中では軽視されがちですが、交渉や資金管理と言った技能を持つ荷物持ちポーターは多くのパーティで大変重宝され、引く手数多となります。そのような技能を持つ荷物持ちポーターは仮にパーティから追放されたとしてもすぐに次のパーティや仕事が見つかるし、逆に荷物持ちポーターが持っている付加技能のことをよく理解できていないパーティは貴重な能力を持つ荷物持ちポーターを追放してしまい、やがて落ちぶれていくと言う事になるわけです」



荷物持ちポーターとパーティとの間の不幸な関係は様々な冒険者パーティで見てきましたので、荷物持ちポーター側はただの荷物持ちに留まらない技能の取得を、パーティ側は自分のところの荷物持ちポーターがどのような技能を持っているか把握して、双方尊重しながらパーティを組んで欲しいところではあります。それでは、実際に荷物持ちポーターが取得していると便利な技能を各論で見に行ってみましょう」





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「お疲れ様ですマルヴェールさん。いやあ、今日の講義も大変好評でしたよ」


「ええ、何とか最終日まで通すことができてよかったです」


「それで、追加講義の日程の件なのですが」


「いや、もうこれで勘弁してくれ……」


 冒険者ギルドのお偉いさんのその言葉に、思わず俺は項垂うなだれた。



 ……さて、無事冒険者ギルドへの義理立ても済んだと言う事にした俺だったが、目的もなくひと所には留まらない旅の予定だったにもかかわらず、ティカシキに来てから結構な日が経ってしまっている。


 そろそろ出発の時期かと言ったところだが、ひとつどうしたものかと悩んでいることがあった。



 リシャのことだ。



 冒険者ギルドの仕事は主に二種類あり、一つは農作業の手伝いや物の収集と言った作業系だ。


 そしてもう一つ、不届き者の成敗や魔物討伐と言った戦闘系の仕事がある。


 現状リシャには作業系の仕事しかやらせていないので、戦闘系の仕事は一切手を付けていないわけだ。



 仮にリシャが俺と行動を共にするとすれば、僻地に行けば行くほど戦闘系の仕事の需要が増え厳しさも増す傾向にある。


 なので、できれば大きな都市にいる間に戦闘系の仕事を経験させてやりたいところなのだが、肝心のリシャ本人がどの程度戦闘できるのかと言ったところだ。



「基礎体力もついてきた頃だし、そろそろ剣や魔法の扱い方も教えてみるか」


 そんな独り言を呟いて俺は冒険者ギルドを後にした。





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「昨日言ったとおり、今日はリシャの戦闘技術がどのくらいのものか見てみようと思う」


「はい。心得ております」



 この日も朝からケートラを走らせていたが、今日は冒険者ギルドには寄らずに街の外へと出ていた。


 街の外にはところどころに農園や牧草地があり、長閑な景色が広がっている。



「当たり前だと思うけど、リシャは剣や魔法は扱ったこと無いよな?」


「ええと、剣はありません。ただ、魔法については『明かりの魔法』や『高いところから落下する際に姿勢を制御する魔法』と言ったようなものについては、教師から教わったことがあります」


「お、そうなのか。それならマナの扱いについては話が早いかもしれないな」



 ケートラを運転しながら俺とリシャは話を続ける。



「貴族が魔法を扱うのは見苦しいと言う風潮はありますが、私が希望したので先生がこっそりと教えて下さいました」


 そう言えば神官や法職に就くものは治癒術を心得ており王都魔法院の連中に至っては魔法の研究をしているのにもかかわらず、それらの組織を統括しているはずの貴族については魔法を使っている姿をあまり見たことがなかった。


 恐らく「体を動かすことは下々の者がやる事」と言ったような体面があるのだろう。


 いや、便利だと思うんだけどなぁ、魔法使えると。



「よし、この辺りでいいだろう。リシャ、ケートラを降りて体を動かす準備だ」


 しばらく走ったところでケートラを止め、リシャの訓練に入る。


 俺はケートラから降りると冒険者ギルドから借りてきたショートソードをリシャに渡し、簡単なレクチャーを始めた。



「まずは魔法からだな。照明魔法は使った事があるって言ったよな? 今も扱えるか?」


「はい。出来ると思います。……照明術ライト!」



 リシャが自身と周囲のマナを操作し、辺りを照らす照明を左手に作り出す。


 まだ日が高いうちなのでその光は全く目立たないが、リシャのマナ操作術は充分そうだった。



「上出来だ。……で、冒険者がよく扱う光弾ブリットと言う魔法があるんだけどな。そいつは今リシャが使った照明術ライトの応用なんだ」


 続けて俺がマナを操作し、右手に照明を作り出した。



照明術ライトの術は熱や物質性を抑え込み、視覚的な部分だけを存在させている。光弾ブリットについてはその逆で、光量はどうでもいいから熱や物質性を出来るだけ強く顕現させる方向でマナを扱うんだ。こういう風に、な」


 そして俺は右手に作り出した光の弾を、朽ち果て用をなさなくなっていた木製の標識に撃ち出す。


 標識は光弾ブリットの命中と共に乾いた音を上げ、真っ二つにへし折れた。



「なるほど。魔法を教えて下さった先生が言っておりました。『照明術ライトを使う時は出来るだけ周囲に害が及ぼさないよう光だけ現れるように調整しなさい』と。光弾ブリットはその逆を行けばいいのですね」


「概ねそう言うことだ。それじゃあ、試しにやってみてくれ」



 俺が促すとリシャは右手にマナを集中させる。


 そして手近な岩に向かって、意識を向けた。



光弾ブリット!」



 リシャの放った光弾ブリットは岩に命中する。


 その岩は光弾ブリットの着弾と同時に大きく砕け、バラバラと崩れ落ちた。



「ど……どうですか!?」


「お見事、大したものだ。あとは威力を調整する方法を体で覚える感じだな。今の光弾ブリットは対象の岩に対して強すぎる。抑え方や放出の仕方を覚えれば、光弾ブリットはいつまでも戦力になってくれるぞ。光弾ブリット一本でAランクにまでのし上がった冒険者もいるくらいだからな」


「よかった……。ありがとうございます」



 いや、思った以上に上出来だった。


 これならリシャも戦闘系の仕事で充分な戦力になり得る。


 魔法の才能はあるのかもしれない。



「よし、続いては剣の扱い方だ」


 気を良くした俺は、続けてリシャの武器の扱い方についても見ることにする。



「剣の戦い方については色々流派はあるものの、突き詰めていけば『いかに相手を倒し自分が生き延びるか』だな。と言うわけで、俺の剣は騎士様や貴族が嗜みで扱うような美しさはなく、冒険者流だ」


 そう言いながら俺はそこらに落ちていた枯れ枝を拾い上げ、訓練用の人形を組み立てる。



「特にリシャはまだ筋肉が薄く、体も軽い。相手を仕留めるためには懐に入っての急所狙いが中心となるだろう。つまり、武器を使う場合はリスクの高い戦い方になるってことだ。覚えておけ」


「……はい。分かりました」


 ショートソードの重さを感じながら、リシャが緊張した面持ちで頷く。



「重心は出来るだけ低く、剣は体の近くに置く。手足は伸ばさず一塊ひとかたまりを意識し、極力自分の急所は曝け出すな」


 俺は自分の剣を構えて、枝で組んだ人形に正対した。



「はっ!」


 そして一足飛びに枝組みへと間合いを詰め、首を想定した辺りで剣を寸止めした。



「リシャの体格ならば斬るよりも突きの方がいい。まずはあの枝組みに向かって、やってみてくれ」


「……やってみます」



 リシャがやや緊張の見える声で返事をすると、少し距離を置いて枝組みの人形と向き合う。


「たぁ!」


 そして気合いの掛け声と共に、枝組みに向かって走り出した。



 べしゃっ



 と言う音と共に、枝組みから五歩ほど手前で盛大にコケるリシャ。


 リシャの手から離れた剣は枝組みの足許まで転がると、そこで動きを止めた。



 ……うん、まあ、そう言うこともある。


 これが実戦でなくてよかったな、幸運だと思え。


 地面に張り付きながらぷるぷる震えているリシャに対して、俺はそんな事を思った。

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