第24話 魔界初戦闘



「お〜これは凄いな」


 俺はトラックの助手席で、運転手である加藤という40代後半の男のスマホをいじってその機能に感動していた。


 画面が大きくて見やすいし、動画まで見える。高校のクラスメイトが自慢していただけはあるな。



 俺たちは今、山梨県の北杜市ほくとしから国道を北に進み、長野県に向かい松本市を経由して軽井沢を目指していた。


 魔界に行くなら北杜市の南にある山梨県南アルプス市の魔界の入口から入る方が早いんだが、南アルプス市のすぐ南には静岡県の静岡市があってさ、そのすぐ隣の浜松市には日本軍の東部方面軍の大規模な駐屯地があるんだ。ついでに言えば俺が入る予定の対魔学園もだ。


 そうなると当然静岡市や南アルプス市には演習中の兵士がたくさんいるはずだ。そんなとこに行けばどうぞ捕まえてくださいと言っているようなもんだし、銀行や貴金属店などはとっくに軍に接収されているから佐竹たちが行くわけがない。


 なので佐竹たちは長野県を経由して魔界の入口のある軽井沢で休憩した後に、群馬県に入り高崎市と前橋市でいつもお宝探しをしているらしい。


 最初俺が助手席に座ると運転手の加藤はビビりまくってまともに話ができなかったが、佐竹や死んだライガのことを聞いているうちになんとか会話ができるようになった。


 そうそう、ライガって人使いが荒くて結構嫌われていたみたいなんだよ。


 もともと東北のスラム街のスカベンジャーチームにライガは所属していたらしいんだ。そこに軍を脱走した佐竹と乃里子が部下と一緒にやって来て、ライガの所属するスカベンジャーチームと抗争になったそうだ。そしてそれに勝った佐竹が生き残ったライガをそのまま配下にしたんだっさ。


 それから数年ほど経って軍の脱走兵狩りにあい、佐竹たちは北杜市まで逃げて来て今に至るらしい。


 それで北杜市に来てからは、古参の仲間たちだけで順調に群馬の狩場で稼いでいたんだけど、佐竹が大物を狙うと言ってCエリアである埼玉県に乗り込んだらしい。ところが魔人の罠にかかってボコボコにされ、多くの古参の従兵を失ったそうだ。特にライガが率いていた者たちは、奴が混乱したせいでほぼ全滅したらしい。それからは人員不足となり、Cエリアには二度と行かなくなったそうだ。


 人員不足になったこともあり、人使いの荒いライガはファミリーの古参の従兵から避けられ魔界に行きにくくなったそうだ。そこでライガはスラム街のガラの悪い男たちをスカウトし、孤児院の子供を肉壁にして魔界に行くようになった。


 当初佐竹と乃里子は子供を肉壁にすることに顔を顰めていたが、ライガと一緒に魔界に行きたくないという古参たちに無理に行けとも言えず、かといって稼ぎが減るのも嫌だったので見て見ぬふりをしていたらしい。


 その結果、俺を呼び込むことになってしまい、昨夜俺にファミリーを壊滅させられた佐竹は後悔していたそうだ。将司たちがいなくても襲撃はしたけどな。そこは特に言う必要もないから黙っていた。


 その後、加藤のスマホが鳴り佐竹と話していたので、俺がそれってスマホじゃんと食いついてちょっと借りているというわけだ。


 お? 加藤はエッチな動画を保存してるみたいだな。どれどれ……


 俺はエロ動画ファイルという書かれているファイルを開きその中身をドキドキしながら確認し……再生され少ししてガックシと肩を落とした。


「般若さんはスマホを使ったことはないので?」


 ふざけんなよ熟女趣味かよとガッカリしていると、加藤が話し掛けて来た。


「ん? ああ、まだ発売されてから2年だしな。ほんとアメリカって新しい物を発明する発想力は凄いよな」


 本当は普通の携帯電話すら親父が持っていたのを少し使ったことくらいしかないんだけどな。


「それは最近発売された国産のスマホです。ヤンキーどもが作った奴じゃないです」


「あ〜、加藤の世代はアメリカ嫌いが多かったっけ」


 俺は眉間に皺を寄せながらアメリカ人をヤンキーと呼称する加藤をチラリと見てそう答えた。


 俺みたいに若い世代はそうでもないが、40代から上はアメリカが死ぬほど嫌いな人間が多い。


 俺が知っている嫌う理由は、第二次世界大戦で日本を無理やり戦争に引きずり込んだ挙句、降伏をすると言っても無視され新兵器の原爆の威力を試すために広島と長崎に落としたこと。


 そしてその結果、日本は降伏し軍は解体させられアメリカの属国となった。それからしばらくして日本の独立を認められアメリカの同盟国となったが、同盟とは名ばかりで米軍は駐留したままで、政治や経済にも口を出され実質アメリカの属国のままだった。アメリカが日本を外敵から守るという条約も結ばれたが、そんなものは大嘘で50年前に魔界の門が現れた時に米軍はすぐさま本国に撤退した。


 原爆を落とされ軍という日本の牙をもがれたうえに富も奪われ、最後には見捨てられた。このことに腹を立てている大人は多いそうだ。加藤もその一人だろう。


 俺はというとアメリカが守ってくれると言っていたからと最低限の軍備しか持たず、最終的に通常兵器が効くゾンビにすら手こずり多くの犠牲を出した当時の日本政府は馬鹿だなとしか思わない。まあだからクーデターを起こされたんだけど。


 そもそもアメリカにも魔界の門は現れている。それも日本の何倍もの数だ。そんな時に同盟国とはいえ他国を助けるはずがないと思うんだけどな。当時の地獄を経験していない俺たちが、そんな事を言っても聞く耳を持つことはないだろうから口にはしないけど。爺ちゃんと親父がそうだったし。


 そんなアメリカに対する世代による認識の違いを感じつつ俺はスマホで日本軍のHPを開き、これから向かう群馬県のDエリアのことを調べるのだった。



 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「ここが軽井沢か」


 俺は昔は人気の避暑地だったらしき軽井沢に降り、陽が落ち真っ暗になった周囲を見渡しながらそう呟いた。


 はっきり言ってここに来る途中もそうだが、まったくと言っていいほど何もない所だった。魔界の入口ということもあっていくつかの建物は修復されているが、それ以外は全て暖を取るための薪にされたんじゃないか? こんなとこが避暑地だったなんて信じられない。


 なによりもうすぐそこに魔界の紫色の瘴気が見える。明るい時間に来たとしても景観は最悪だろう。


《ふむ、着いたようじゃの》


《お? どこにいたんだよ黒闇天……って聞くまでもないか》


 俺は味噌の匂いを漂わせた肉を手に、隣に現れた黒闇天を見て察した。


《くふふ、途中の神社で露天が出ておったのでの。色々と買ってきたのよ。美味いぞ、食うか?》


《今はやめておくよ、加藤がこっちに向かってるし》


 俺は従兵たちから魔界の中に持って行ったら壊れてしまう携帯電話を集め、建物の金庫に入れに行っていた加藤が視界の端に映ったのでそっちに顔を向けた。


「般若さん、準備ができました」


「ご苦労さん。ところでこのトラックは大丈夫なのか?」


 瘴気は電子機器を狂わせる。軍の車両も電子機器を一切使っていない物を使っている。自動車のことはわからないが、歩けない奴がたくさんいる以上は途中で止まると困るんだけど。従兵の奴らがだけど。


「ええ、このトラックは軍で廃車になった物を修理した横流し品ですので、魔界の中でも動きますよ」


「そうだったのか。祝福はどうだ? 全員受けているのか?」


 ライガは死んだからな。アイツの祝福を受けていたやつは外れているはずだ。練習のためにも俺の祝福を与えてもいいかもな。


「はい。ライガさんの祝福を受けていた者も、出かける前にボスにお願いしてきました」


 加藤はそう言って軍服の襟をめくり首筋を見せてきた。そこには赤い片翼の神印が刻印されていた。


 なんだ、佐竹の祝福を受けてきたのか。残念。それにしても佐竹の祝福は赤い翼か。空を飛び火を吐く迦楼羅神らしいっちゃらしいな。


 確か加護持ちの神印とお同じだと言っていたから、俺が祝福を与えたら黒いハスの花になるんだろうな。最初何の花か分からなくて、不幸を呼ぶ花を学校で調べていたら、蓮の花じゃ! って黒闇天に怒られたんだよな。蓮の花ってピンク色なんだけどな。


「そういえば佐竹の祝福ってどんな効果があるんだ?」


 他の加護持ちの祝福の効果がどんなのか気になったので聞いてみた。


「火耐性と身体強化と耐久力向上です。般若さんの祝福はどんな感じですか? やっぱりあれだけの神力をお持ちなら、ボスのより強力なんですよね?」


「え? い、いや、そんな変わらない……かな。俺のは身体強化以外はあまり戦闘向きじゃないし」


 やべえ、祝福の効果が2つとか言い難い。てか佐竹の祝福効果は3つもあるのかよ、ってまあそりゃそうだよな。軍に長くいればそれくらいは当然か。


「そうなんですか? なら今後もボスの祝福のままでも大丈夫ですかね」


「ああ、どうせ戦うことはないから安心していい」


「本当にトラックを守ってるだけでいいんでしょうか? 魔犬デビルドッグ魔猫デビルキャットだけではなく、グールもなかなかに素早い動きをしますよ?」


「大丈夫だ。俺の神力は多いからな」


 お前らの運があれば大丈夫さ。


 でもホテルに残っている奴らとローテーションで使うとはいえ、あまり吸い取りすぎると乃里子の神酒でも治りきらないかもしれないな。ラッキーコインの回収は一人20枚までにするよう心がけておこう。


 それでも200枚分の権能を使える。第二階位権能を20回分だ。グールや犬猫の魔獣相手なら十分だろう。


 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



《ゔーゔー》


「うおっ! 速え! どうする? トラックの屋根に乗って俺が片付けるか?」


 俺は猛スピードで走るトラックの助手席の窓から顔を出し、真っ暗な道路の後方へと視線を向けながら加藤にそう提案した。


 身体能力強化によって夜目がやたらと効く俺の視界の先には、ものすごい速度で追いかけて来る体長2メートルほどの凶悪な顔をした5匹ほどの魔犬の群れと、それに少し遅れてはいるが陸上の世界記録を余裕で塗り替える速度で走ってるグールの姿が見える。


 コイツらは魔界に入った途端に追いかけてきた悪魔と魔獣だ。


 初めて見るけど魔犬ってあんなに凶悪な顔をしてんのかよ! 昔飼い主が着けた首輪がちぎれそうだぞ! それにグール! お前絶対元陸上選手だろ! なんでそんなに走る時のフォームが綺麗なんだよ! 


「くっ、まさかこんなに早く魔獣とグールに見つかるとは! あの魔犬は元が柴犬と呼ばれる中型犬ですので、このトラックに追いつくかもしれません。般若さんお願いします!」


「わかった!」


 俺はそう言って助手席の窓からトラックの屋根に乗り、後ろから猛スピードで追いかけて来る魔犬の群れに右手を伸ばした。


「黒闇天、魔界での初戦闘だ!」


《くふふ、これで妾も姉上や他の神にうるさく言われずに済むの》


「お前はお前で色々大変なんだな」


 家に憑くから引きこもらざるを得ないのにな。


《うむ。住み着いてる家から出て、適当な人間を選んで加護を与えろとうるさくての。そんな面倒なことはしとうなかったからの。どうしたものか悩んでいたんじゃ》


「面倒って……」


 なんでもっと強く言ってくれなかったんだろうな、吉祥天さん。黒闇天の尻を叩いて俺の家から追い出してくれれば良かったのに。できれば親父が事業に失敗する前に。


《ほれ、そろそろ権能の効果範囲にはいるぞ》


「はぁ……とりあえず片付けるか。『黒槍山』!」


 俺は一塊になり、トラックを追いかけて来る魔犬の群れの前に黒槍山を発現させた。それと同時に真下の運転席と幌を張った荷台から、ラッキーコインが25枚ほど飛んできて黒闇天の手に収まった。


 そして後方では、地面から勢いよく現れた百本の黒い槍が見事魔犬の群れを串刺しにしていた。


「まあ走ってる最中の犬っころにはこんなもんか。ついでにグールもやっておくか。1匹に第三階位はもったいないな……第二階位でいいか」


 さすがにグールとはいえ追いついてこないとは思ったが、走るフォームが気になったのでついでに片付けることにした。


「第二階位権能『黒槍』」


 続いて権能を発動すると、俺の周囲に3本の黒い槍が現れた。


 俺はその槍を走っているグールと、避けるであろう位置に向けて時間差で射出した。


 案の定グールは1本目の黒槍を横っ飛びで避けたが、そこに2本目の黒槍が襲いかかり胸を貫き地面へと縫いつけた。


 グールもゾンビ同様に頭を潰すか胴から切り離さないと死なないが、追ってこなくなるならそれでいいだろう。あのまま他の魔獣に喰われるかもしれないし。


 俺はそんな黒槍に貫かれ、手足をバタバタさせているグールの姿を見送りながら助手席へと戻るのだった。



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