第17話 『闇落』
「見張りは二人か。見事にやる気なさそうだな」
佐竹ファミリーのアジトであるホテルの前についた俺は、電信柱の影からホテル入口で椅子に座りカードゲームをしている革鎧の男二人を見てそう呟いた。
まあ魔界に出入りしているような奴らだ。警戒区域なんて家の中にいるようなもんなんだろう。でも手下を連れてこの街に来たことから、東北のスラム街から追い出されてきたと思うんだけどな。単に軍の脱走兵狩りから逃げてきた可能性もあるか。
「まあ警戒していないに越したことはないか」
《黒闇天行くぞ》
《やっとじゃな。今宵は大漁間違いなしじゃの》
《たくさん運を奉納した時は、3日間奉納なしとかにしてくれてもいいだけど?》
《そういうのは面倒じゃ》
《ぐっ、お前いつか覚えてろよな》
今は黒闇天に触れることはできないが、神力を上げて触れれるようになったらあんなことやこんなことして泣かしてやるからな。
《信仰が足らぬぞ。加護を与えた神が喜ぶことに見返りなど求めるでない》
《ほう、いつから俺がお前を信仰していると錯覚していた?》
《ほほう……では毎日遥斗から吸い取る運を倍にしようかの。一括払いでの》
《すみません黒闇天様。私はあなたを心より崇拝しております》
あのその気にさせておいて突然失恋の倍とか無理です。そのまま校舎の屋上から飛び降りてしまいます。
《くふふ、わかれば良いのじゃ。ほれ、はよ奉納せい》
《くっ……しょ、承知いたしました》
俺は黒闇天に完全敗北したことに唇を噛み締めながら、このやり場のない怒りをぶつけるべくホテルの入口へと歩いて行った。そして入口まであと25メートルという所で見張りのうちの一人に気が付かれた。
「オイ、止まれ! ここは佐竹ファミリーの敷地だ。こんな時間になんの用だ」
「あ、すみません。この辺で仮装パーティがあると聞いたんですが、ここかなって?」
我ながら完璧な口実だ。これなら般若の面をしていてもおかしくはない。
「あん? スラムで仮装パーティだぁ? そんなもんあるわけ……おい坂東」
「……ああ、あの不気味なオーラ。アイツただもんじゃねえ。もしかしたら魔界から出てきた新種の悪魔かもしれねえ」
「やっぱそうか。俺が足止めをするからお前はボスとライガさんを呼んでこい」
やべっ! ここがスラム街だってのを忘れてた! それに負のオーラへの反応が早い! さすがは日頃から魔界に出入りしているということか。
俺はこのまま仲間を呼ばれるのもまずいので、一気に権能の範囲内まで距離を詰め右手を突き出した。
『黒荊』
そして俺に背を向けホテル内に入ろうとする男と、槍を手に立ち上がった男へ向け全力で権能を発動した。
「なっ!? うぎっ!」
「なんだこ……うばぁ!」
見張りの男たちの足もとから勢いよく生えた黒い荊は、まず最初に男たちの口を塞ぎつつその棘でズタズタにし、次に腕と足を拘束しその場に引き倒した。
「「ゔーゔー」」
「そこでしばらくおとなしくしてろ。お? この魔槍いいな」
顔面を血だらけにし芋虫のように横たわる男たちの横を通り抜ける際に、男たちが持っていた魔槍が1本落ちていたのでもらうことにした。初めて武器を手にしたかもしれない。家には木槍しかないし。
まそうに神力を流してみると、黒いオーラのような物が槍全体が薄っすらと発せられた。流す神力を増やすと、今度はどす黒いオーラが魔槍を包んだ。
「ま、禍々しいな……」
俺の神力が黒いから仕方ないんだろうけど、もうちょっとこう控えめにというか……
《なんじゃ、槍を手に入れたのか? おお、そういえば遥斗は幼い頃から槍を鍛錬しておったの》
《まあな。爺ちゃんに全部は教わってないけど》
俺が小4の時に外出中に心臓発作で死んじまったんだよな。
《ああ、あの間抜けな男か》
《おい、俺に槍を教えてくれた爺ちゃんだぞ。というか爺ちゃんが死んだのってまさか……》
疫病神でもあるからな。黒闇天に運を吸い取られて死んだ可能性がある。
《あんな幸せそうな顔をして死んだのを妾のせいにされてもな》
《幸せそうな顔?》
言われてみれば葬式の時見た死顔はものすごく満足そうな顔に見えたかも。親父が爺ちゃんはやりきったんだって神妙な顔で言ってたのを覚えてる。外出先で何をやり切ったのかずっと気になってたんだよな。
《ああ、遥斗はまだ幼かったから知らんのか。おぬしの祖父は娼館で5人の娼婦を同時に相手にしてそのまま腹上死したんじゃよ。あれが妾のせいだと言われてもの。自業自得としか言えん》
《え?》
な、なんだそりゃ!? だから母さんも親父もあんま悲しんでなかったのか!?
《その……なんかごめん》
恥ずかしい! 本当に恥ずかしい!
《そもそも妾はあの家に住んでいる者の運をもらっておるのじゃ。病に罹らせたりなどせぬ。人が減ればもらえる運も減るからの》
《言われてみればその通りだよな。疫病神とも呼ばれてるからつい疑った。悪い》
《気にしてはおらぬよ。ただ遥斗の祖父の死因が死因じゃからな。妾が関わってると思われるのが嫌だっただけじゃ。妾がどれだけ運を吸い取ってもピンピンしておったあやつが、まさかあのような最期を迎えるとはの。人の一生とは本当によくわからぬものよ》
《うちの爺ちゃんがエロくて本当に申し訳ない》
俺は天井から吊るされている電球1つに照らされるだけの薄暗いホテルのエントランスを抜け、非常灯すら点いていない真っ暗な2階に上がる階段を昇りながら黒闇天に頭を下げた。
《だから気にしておらぬと言っておろう。ほれ、2階じゃ。どうやら3階への階段は潰されているようじゃの》
《あ〜、そうだな。たぶん反対側にあるんだろう》
俺は気持ちを切り替えて瓦礫によって塞がれている上階へ続く階段を見上げた。
防衛のために必ずフロアを通らないと上の階に行けないようにしてるんだろうな。そうなるとボスは最上階の5階にいるのは確定だな。
2階の廊下はややカーブしており、中央付近にある切れかけの蛍光灯が一つ点いているだけだったが1階よりは明るかった。そんな廊下を俺は静かに歩を進める。
廊下を進むと各部屋から女の艶かしい声や、男同士で騒いでいる声が聞こえてくる。どうやら女性を連れ込んだり、酒盛りをして楽しんでいるようだ。
そんな部屋の前を俺は通り過ぎ突き当たりにある階段へと向かう。
いちいち各部屋に突入したりしない。狙いは仏教系の神の加護を得ているボスだ。最初に一番強いのを倒しておきたい。次にライガというあの金髪のチャラ男だな。神道系の神の加護持ちなら俺の奇襲で一撃で倒せるだろう。
そうして倒したあとは祝福を全て解除させ、一般人と同じ身体能力になった佐竹ファミリーの構成員を制圧するだけだ。まあファミリーのボスとライガを倒せば降伏するだろう。んで全員に俺に絶対服従をすることを呪誓で誓わせ配下にする。前のDV野郎と同じインポの呪いにしておけば破る奴はいないだろう。
そんなことを考えながらフロアの突き当たり着くと、案の定3階へと続く階段があった。そして3階へ上るとここも4階へ続く階段は塞がれており、先ほどと同じくフロアを横断することにした。
廊下には2階と同じく部屋で騒いでいる男の声が聞こえる。俺は足音を立てないよう慎重に進んだ。しかし廊下の中央付近のカーブを曲がった時だった。進行方向からこちらに歩いてきていた男とバッタリ会ってしまった。
男は巡回中だったのだろう。革鎧を身につけ魔剣を腰に差していた。
「あん? 誰だお前!」
そして男は俺の姿を見るなり有無も言わさずに魔剣を抜き、俺へ向かって上段から斬りかかってきた。
「ちっ!」
俺は予期せぬ遭遇に一瞬反応が遅れたが、その攻撃を手に持っている魔槍の魔法金属でできている柄の部分で受け止めた。そしてすぐさま権能を発動した。
『第二階位権能『
すると俺の足もとに黒い穴が現れ、一瞬で俺はその穴の中へと落ちた。
「なっ!? き、消えた!? ぐあっ! なっ!? どこか……ら」
突然目の前にいた俺の姿が消えたことに慌てる男の背後から、俺はその脇腹を魔槍で突き刺した。
「第二階位権能『黒荊』」
そして崩れゆく男を黒い荊でぐるぐる巻きにしその口を塞いだ。
「お前の影からだよ」
俺は脇腹と顔から血を流しながら、驚愕した目で俺を見つめる男へとそう答えた。
【第二階位権能 闇落】
これは俺の足もとや影に黒闇天がいつも作る黒い穴を出現させ、そこから視界に映る地上の闇または影へと移動できる権能だ。移動先は明るい場所や昼間などは影に限定されるが、夜の暗闇の中なら視界内の好きな場所に移動できる。
あと移動せずそのまま影の中に居続けることもできたりする。銀鯱会に乗り込んで撃たれそうになったあの時に、これを使って穴の中に逃げようと考えたんだけど、どれくらいの勢いで落ちるかわからなかったから怖くて使えなかった権能だ。もしゆっくり落ちたら額に穴が空いたかもしれないしな。
しかし本当は敵を見つけたら遠くから使ってもっとスマートに倒すつもりだったんだけど、まさか先に気付かれて間合いを詰められてしまうとはな。運が悪かったな。
とはいえ成功してよかった。背後に回るだけで良かったんだけど、落ちた後にあそこまで瞬時に移動できるとは思わなかった。今後も奇襲に使えそうだ。
《うむ、不意打ちは失敗したが、初めて使うにしてはまあまあじゃな。他の権能とも組み合わせることができるゆえ、色々と試してみるが良い》
《他の権能との組み合わせ? それって闇刃とかも?》
《できるぞ?》
《マジか! めちゃめちゃ強力じゃんそれ!》
俺の影に闇刃を撃ち込んだら敵の影から飛び出すってことだろ? 穴は小さくもできるから黒蝶をこっそり飛ばすこともできる。ずいぶんと戦術が増えるな。
うーん、まだまだ黒闇天に教わった権能の習熟訓練が必要だな。でも俺の場合は他の加護持ちと違ってそう簡単に練習できないんだよなぁ。でも運を奪える相手さえいれば、神力を使うより遥かに多くの権能を打てるからな。痛し痒しだな。
まあこれでボスとの戦いの勝率が高くなったのは確かだ。これは案外楽に勝てるかもしれない。
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