第21話 生贄確保



「あなたぁぁぁ!」


 佐竹ファミリーのボスであるヒゲモジャ野郎を倒し、自分の精神の変化に一応の納得をしていると、突然ホテルの入口から絶叫とも呼べる声が駐車場へと響き渡った。


 なんだ? と視線を移してみると、屋上にいたはずのノリコと思わしき30代くらいの女がホテルのロビーから飛び出し、ヒゲモジャ野郎のところへ駆け寄る姿が見えた。


 ヒゲモジャの側にたどり着き首に手を当てたノリコはホッとした表情を浮かべ、白衣の中から神酒の入っている透明なプスチック製の容器を何本か取り出した。そして血だらけのヒゲモジャの身体に振りかけた。


「ゴフッ!」


 神酒って振りかけても効果あるんだ。などと考えているとヒゲモジャが目を覚ました。どうやらまだ生きていたようだ。


「良かったあんた! 早くこれを飲んで!」


 ノリコが息を吹き返したヒゲモジャの上半身を起こし、神酒を飲まそうとする。


『黒槍』


 俺はそうはさせじと第二権能を発動し、黒槍を3本発現させ二人の周囲に突き刺した。


「ヒッ!? ま、待って! もうこっちに戦う意思はないの! お願いだから治療をさせて!」


「悪いけどそうはいかないんだよ。その男に回復されると厄介なんでね」


 また飛ばれでもしたら面倒だ。生きてたならそれでも良いが、治療するならこっちの要件を終わらせてからだ。


「な、何が目的なの!? 縄張り? ここを出て行けって言うなら出て行くから! だからこの人の治療だけはさせて、お願いよ!」


 目の前に立つ俺を見上げノリコは泣きながら懇願してくるが、そんな彼女に俺は冷めた視線を向けた。


 ノリコは地味な感じで普通の女って印象だ。話の内容からヒゲモジャとは夫婦なんだろう。だが、子供を肉壁にするような奴らに同情する神経を俺は持ち合わせていない。


「別に縄張りなんかどうでも良い。ちょっと契約してくれればそれでいい。その後は治療でもなんでもすればいい」


「契約?」


 俺の言葉に訝しげな表情を返すノリコ。そんな彼女に般若の面の中で笑みを浮かべながら俺は言葉を続けた。


「ああ、佐竹ファミリーの隷属だな。今までこのスラム街の住人や孤児院の子供にしてきたんだ、嫌とは言わせないぜ?」


「れ、隷属って……手下になれってこと?」


「まあ似たようなもんだ」


 俺に幸運を吸われて毎日あらゆる不運が襲いかかるけど。


「わ、わかった。この人や一家の皆の命を救えるなら貴方の手下になるわ。信男のぶお、いいわね? 早く治療しないと死んでしまうの」


「ぐふっ……負け……たなら……しかた……ねえ……好きに……しろ」


「交渉成立だな。まずはお前からだ、『呪誓』 呪い種別:声帯麻痺」


 俺はヒゲモジャの了承を得たので権能を発動した。呪いの種別は権能を発動できないよう、神経性の病気である声帯麻痺にした。加護持ちのほとんどは、俺と違って権能の発動に祈りが必要みたいだしな。逆らえば権能を発現できなくなるとなれば、俺の命令に背くことはないだろう。


 突然現れた黒く禍々しいい球体にノリコもヒゲモジャも目を見開いて驚いていたが、俺がこの権能の説明をして悪党との口約束なんか信用できるわけないだろと告げると諦めた顔をしたながら項垂れた。


「誓約内容は俺への絶対服従だ。拒否すれば今ここで止めを刺す。服従を誓うか拒否して死ぬか選べ」


「……ち……誓う……ぐっ」


 ヒゲモジャが苦々しい顔で承諾すると、黒い球体がヒゲモジャの身体に入っていった。


 続けて隣で青ざめた表情のノリコに対しても呪誓を発動し、ヒゲモジャと同じペナルティを設定し絶対服従を誓わせた。二人とも権能が使えなくなるのを恐れていたことから、やはり加護持ちには声帯麻痺の呪いは有効のようだ。


 呪誓が成立して俺が許可を出すと、ノリコは急いで神酒をヒゲモジャへ飲ませていた。その神酒はさっき身体にかけた物よりも透明に見えたので、ノリコにさっきのとは違うのかと聞いた。するとさっき使ったやつや下っ端が持っていたのは第二階位の権能で作った初級神酒というもので、今ヒゲモジャに飲ませているのは第三階位権能で作った中級神酒というものらしい。このレベルになると、重傷を負っても命を取り留め最低限だが動けるくらいの即効性はあるらしい。


 ノリコに第四階位の神酒は作れないのかと聞いてみると、彼女の場合は神力が足りなくて作れないそうだ。治癒系の加護持ちは魔界で直接悪魔と戦わないし、戦っても攻撃手段がないので神力が上がり難いとも言っていた。


 なんで軍を脱走したのかも聞いてみたら、ヒゲモジャがムカつく上官を燃やしてお尋ね者になったから一緒に脱走したらしい。ノリコ自身も軍で10年以上ひたすら毎日神酒ばかり作らされて、嫌になっていたというのもあるそうだ。


 確かに10年以上毎日神力が尽きるまで神酒ばかり作らされるのはな。俺には無理だわ。


 そんな会話をしている内にヒゲモジャが自力で起き上がれるほど回復して落ち着いたので、俺は呪誓以外の全ての権能を解除してノリコに息のある手下たちの治療を命じた。


 命令通り駐車場で転がっている手下の元へと向かうノリコの背を見送った俺は、ヒゲモジャへと視線を戻した。


「んで佐竹でいいのか?」


「ああ、佐竹 信男のぶおだ」


「そうか、まず今後のことだが、春まで俺と一緒に魔界に入ってもらう。それと今後孤児院への手出しは一切禁ずる」


「お前と魔界に? いや、それよりもまさかお前がここに来たのは、ライガの野郎が使っていたあのガキどものためなのか?」


「半分はな。一番の目的は従兵の確保だ。ああ、魔界じゃ何もしなくていい、戦うのは俺だけだ。お前らはそこにいるだけで良い」


「は? 俺たちに何もするな? そこにいるだけでいい? どういうことだ?」


「移動用のトラックと自分の身だけ守っていろということだ。悪魔は俺が倒す。神力を上げたいからな」


「……なるほど、神力を得るためか。まあそれなら理解はできるが、魔界を舐め過ぎて……いや、お前ほどの神力量があればDエリアくらいなら余裕か。もしもの時は俺たちもいるしな。だがCエリアはやめておけ。あそこはヤバイ」


「あー、中級悪魔と中位魔獣がいるんだったか? まあさすがにいきなり行くことはないから安心しろ」


 魔界はS〜Eのエリアごとに別れている。中心部のSエリアは魔界の瘴気を噴き出す魔界の大門とそれを守る門番である魔王がおり、その外側にあるAエリアは大悪魔とその眷属。さらに外側のBエリアには上級悪魔と上位魔獣、Cエリアが魔人などの中級悪魔と魔獣化したライオンや虎などの中位魔獣。Dエリアがグールなどの下級悪魔と、犬や猫などが魔獣化した下位魔獣がいる。


 Eエリアだが、これは日本には存在しない。軍の銃火器でなんとか対応できる最下級悪魔のゾンビがいるエリアなので、既に殲滅され土地は浄化されている。


 また、この各エリアを分ける境界のおおむねとなるが東西南北に、小門と呼ばれる大門と同じく瘴気を噴き出す門があり、そこには門番と呼ばれるそのエリアの悪魔より一段高い能力を持つ悪魔がいる。この小門の門番はゲームでいうところの階層ボスみたいな存在だ。


 優秀なスカベンジャーは門番をスルーしてその奥のCエリアにある、軍がまだ回収していないであろう銀行や宝石店を狙うと聞いたことがある。けど、いくら俺でもさすがにいきなりそんなエリアに足を踏み入れようとは思わない。まずはDエリアからだ。


「その言い方じゃ、そのうち行く可能性があるってことかよ。俺たちでも1年前にほぼ全員で行ってかなりの犠牲を出した。それ以降はDエリアでまだ軍が探索しきっていない場所を探して回ってる状態だ。いいか? Cエリアにいる魔人は賢い。グールなんかと一緒にしたら痛い目にあうぞ」


「ご忠告どうも。どちらにしろ俺が行くと言ったらお前らも行くことになる。その時は覚悟を決めるんだな」


 いざとなればお前らを置いて黒闇天と一緒に逃げればいいだけだし。子供を肉壁にしてきたコイツらを置いて行くのになんの罪悪感も湧かない。


「チッ、とんでもねえキチガイ野郎に従属させられちまったみてえだ。ハァ、たった一人で俺たちに攻撃を仕掛けてきたんだから今さらか。それでも俺はいいが乃里子だけは連れて行かないでくれ、頼む」


「彼女には神酒を作っていてもらうさ」


 さすがに非戦闘員まで連れて行こうとは思わない。


 俺の言葉にホッとした表情を浮かべる佐竹をみていると、背後から子供の声が聞こえてきた。


「兄ちゃん!」


「お兄さん!」


 どうやら俺の黒荊によって作られた檻が消滅したことで解放された、将司と美香ちゃんたちが来たようだ。


 

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