第33話 疑念

 


 ——魔界Dエリア 群馬県前橋市内 第2対魔師団 第三連隊第一中隊 第一小隊長 東雲しののめ 凛華りんか中尉——



『闇刃』


『黒槍山』


 八神と名乗った少年が、襲い掛かってくるグールと魔犬の群れを次々と葬って行く。


 槍の扱いに自信がないのか襲いかかる全てのグールや魔犬を権能で仕留めていっているようだ。だがその権能の発動が信じられないほど早い。あれだけ連続して権能を放たれれば、戦闘よりも指揮に特化した私では彼に敵わないだろう。


『黒闇天の加護を得ている』


 移動中にどんな神の加護を得ているのかという私の質問に対し、彼はそう明かしてくれた。


 黒闇天といえば吉祥天の妹であり、私に加護を授けてくれている毘沙門天の義妹でもある。日本では貧乏神や厄病神として有名な神で、恐らく知らない者はいないだろうというほど有名な神だ。


 そんな神の加護を得ていると彼が口にしたと同時に、思わず距離を置いてしまったのは仕方のないことだろう。


 彼自身は悪い人間ではない。最初誤解していたが、彼を心配する子供たちをトラックで送り出す際に聞いた話では、彼は孤児院の子供たちがスラム街に巣食うスカベンジャーたちによって魔界に連れて行かれているのを知り、そのスカベンジャーたちを壊滅させたらしい。そして孤児院から搾取していた金銭を返金させ、命を失った子供の賠償金まで支払わせたとか。今回子供たちが彼と魔界に来ているのは、子供たちが将来従兵になりたいからとお願いした結果のようだ。


 確かに名古屋の街でも弱者を救っていたと報告が来ている。さらわれた女性を救う為に、銀鯱会という暴力団事務所に乗り込み壊滅させたという話もあった。そんな彼を軍が躍起になって探していたのは、彼を罰するためではなく国が管理していない強力な加護持ちがいることを不安がる庶民が多いからだ。


 しかしいくら善人とはいえ、加護を与えている神が黒闇天と聞けば距離を置きたくもなる。


 そんな私たちを見て彼は少し悲しそうな顔をしたあと、『隊長たちの方が俺にとって厄病神だけどな』と放った言葉に何も言い返せなかった。


 確かに彼にとっては、Cエリアの悪魔の群れという厄災を率いてきた私たちの方が厄病神に見えるだろう。私は素直に彼に謝罪した。


 謝罪した私に八神君は、そんなに心配することはないと。俺と一緒にいるからってまた悪魔の大群がやってくるような厄災は起こらないと言っていた。


 本当かと私は黒闇天の義兄でもある毘沙門天の写し見に確認すると、毘沙門天は視線を八神君のところに向けた後、苦笑いをしながら頷いていた。毘沙門天がそういうのなら本当なのだろう。であるならば恐れるのは彼にも黒闇天にも失礼だ。


 そのことを部下に告げてからは、誰も露骨に少年を避けるような態度を取るこはしなくなった。八神君はそんな彼らの姿を鼻で笑っているようだったが、私たちの気持ちも理解して欲しいものだ。それだけ厄災を運ぶ黒闇天は恐れられている。魔界で戦う者ほど、よりその恐れは強い。


「お? またグールが来ますね。あれも俺が倒しますよ東雲しののめ隊長」


「いや、5体程度のグールは私たちで対応できる。八神君は少し休んでいてくれ」


「いやいや、怪我人もいますし皆さんもずっと走りっぱなしでお疲れでしょう。ここは下っ端の俺に任せてください。『黒槍』!」


 私が東雲財閥の一族の者と知ってから若干態度が軟化した八神君は、そう言って空中に10本の黒い槍を出現させた。そして正面から駆けてくるグールへと放ち、瞬く間に4体の胴体を貫いた。


 横に大きく飛ばれたことで撃ち漏らした1体のグールが迫ってくるが、彼は再び権能を発動し5枚の黒い半月状の刃のような物でグールの足を切り刻みその動きを止めた。そして腰に差していた魔剣を抜きながら間合いを詰めその首を切り落とした。


 しかしさすがに彼にばかり戦わせては軍人してのプライドが傷つくのか、その後を追うように小隊員が最初に黒い槍に貫かれ倒れたグールの首を落としていった。


 そんな八神君が手にしている魔剣と魔槍。そして防具は軍で支給している装備だ。魔界で拾ったというそれらは、本来なら没収しなければならない装備品でもある。だが軍はスカベンジャーに関しては見て見ぬふりをしているのが現状であること。私も駐屯地から盗まれたものでないのなら、悪魔の間引きに使う分にはそうめくじらを立てるつもりはないことから黙認している。悪魔に拾われて使われるよりはマシだと思っているからだ。


 そう、装備はいい装備は。そんなことよりももっと大事なことがある。


「八神君、君は確か神力にあまり余裕がないと言っていなかったか?」


 私はグールを処理した後、再び先頭になって早足で走り始めた彼にそう声を掛けた。


「あ~もう限界ですね。あとは第一階位くらいしか撃てそうもないです」


「そうか、それにしてもずいぶんと神力量が多いのだな」


「そうですね。その……受けた加護が加護じゃないですか。誰にも言えなくて、それでも将来軍に入ってお国のために悪魔と戦うことを目標に何年もずっと一人で頑張ってきました。その成果だと思います」


「……愛国心が強いんだな、同じ日本人として誇りに思う」


 絶対に嘘だな。整っている顔で真剣な表情で言うから一瞬信じそうになったが、この男に愛国心などないと私の勘が告げている。目の前で毘沙門天も笑っているし。彼は間違いなく何かを隠している。


 行きはほとんど悪魔に出会わなかったが、グールと魔犬に囲まれていた救出対象の部下を助ける時も、先ほどの剣山のような権能と黒い槍を飛ばす権能を使っていた。


 第四階位の権能を使える神兵を数多く見てきたが、その誰もが彼ほどの神力は無かったと記憶している。あれほどの数の権能を一日に使えるのであれば、神降ろしができなければおかしい。


 だがしかしそれは同時にあり得ないことだ。軍全体でもできる者が20人ほどしかいない神降しを、17歳でDエリアの悪魔を狩っていた者ができるわけがない。


 となると考えられるのは権能を発現させるのに神力を必要としない対価型の加護だが、今も余裕の表情を浮かべている彼を見ていると体力や生命力を対価にして権能を発現しているようには見えない。


 最後の可能性として、彼は加護持ちではなく守護持ちであることか。それならば神力量が多いのは頷ける。現在はいないようだが、過去に守護持ちは加護持ちの神力量の倍近くあったと聞く。それでも若干17歳であの神力量は異常だとは思うが、なにぶん黒闇天の加護を過去に得た者がいないので情報がない。しかしあれほど知名度の高い神の守護であればあるいはとも思える。


 なるほど、まだまだ納得できない部分はあるが、本人に聞いても魔界で一生懸命頑張りましたとしか言わないのだからどうしようもない。軍人でもない彼にこれ以上しつこく聞くこともできないし。


 ただこれだけは言える。間違いなく八神君は逸材だ。彼を私の部下できれば、私の軍での地位は確かなものとなるだろう。今からしっかり唾をつけておく必要があるな。


 3年後、対魔学園を首席で卒業した時に私の部隊に配属されるよう動くのはもちろんだが、もし別の部隊に配属されても転属願いを出してもらえるように人間関係を築いておくことも必要だろうな。対魔学園に私の名で推薦状でも書いてやるか。彼なら黙っていても上位クラスに編入できるだろうが、私が推薦状を出すと言えば感謝してくれるはずだ。


 フフッ、八神君にとっては今回のことは不運だったかもしれないが、私にとって彼との出会えたのは幸運だったな。


 先ずは駐屯地に彼が来た時にできるだけ距離を縮めておこう。あとは3年掛けてゆっくりと取り込めばいい。



 ♢♦︎♢



「では数日中に迎えを寄越す。それまでに家族に話をしておくように」


「はい、お手数をおかけします東雲隊長」


 軽井沢に着き将司たちと共にトラックの助手席に乗り込んだ俺は、東雲隊長へそう答えたあと運転手の従兵に合図をして北杜市へと出発した。


 いやぁ、隊長の部下を助けることができたは良かったけど、さすがに目の前で権能を使いすぎたかもしれない。準備していた俺の愛国心に満ちた発言を聞いても隊長の反応は薄かったし。黒闇天が毘沙門天が笑ってるって言ってたから、きっと信じてないんだろうな。


 まあその後さらに突っ込まれなかったから、今回は見逃してくれたんだろう。イケメン君を爆発させる為にちょっと夢中になりすぎたかもしれない。反省。


 しかし隊長と団地に戻った時はビビった。将司たちを軽井沢に送ったトラックが既に迎えに来ていて、隊長と俺たちを待っている間に兵士がライトを手に魔人やインプの胸を切り裂いていたからな。元は同じ人間の身体をだぜ? さすがに瓦礫に埋もれてるものや、バラバラになったのもあるから全部ってわけじゃないみたいだけどさ。魔人の胸を男女構わず切り裂いて、手を突っ込んでる姿を見たらビビるって。


 Cエリアの悪魔と魔獣クラスには心臓付近に魔石があるので、それを回収しているってことはわかってはいた。しかし実際にその光景を見て、俺にできるかと言われたら正直やりたくないと思った。部下にやらせよう、うん。


 取り出した魔石を見せてもらったんだけど、大きさは親指くらいで歪な形をしていた。色は薄い紫色で、これを加工したのが魔犬や魔槍、そして防具なんかに装着する魔石になるみたいだ。そこに従兵が神力を流すことで、魔石から魔力が武器に流れて悪魔や魔獣の身体を傷つけることができるようになる。


 佐竹たちの持つ武器にも加工した魔石が嵌められているが、これは魔界で拾った武器に嵌まっているのを回収したり軍の横流し品を闇商人から買って補充しているらしい。


 俺は自前の有り余った神力を直接武器に流してるから、魔石は必要ないんだけどな。


 そんなグロい光景を見た後、救出した怪我人をトラックに乗せ軽井沢に向かい隊長達を降ろした。そして将司たちと合流し、軍の応援が来る前に急いで東雲隊長達と別れたってわけだ。


 そう、東雲隊長だ。最初汚れがひどくて防具の胸に名前が彫られていたことに気がつかなかったが、移動中に名前を聞いてびっくりしたのなんの。彼女はあの四代財閥の一つで、東部方面軍を実質私兵化している東雲財閥の一族だったんだ。


 ハッキリって最強のコネだ。彼女を後ろ盾にできれば、東部方面軍で俺の出世は約束されたようなもんだ。


 小市民である俺の態度が軟化したのは仕方のないことだろう。


 しかし魔人の群れをトレインして来たうえに手伝わされたことに最初はムカツいていたが、終わってみれば東雲一族に俺の力を見せることができたわけだ。これが不幸中の幸いってやつなのかもしれないな。


 あとは母さんと海音に黒闇天の加護を得たことを話し、東雲隊長の所に加護の申請に行かないといけない。その後に対魔学園の編入試験を受けるんだけど、時期的に春までは監視付きで今の高校に通うことになるだろうって言われた。まああと1ヶ月ちょっとで3学期も終わるしな。新年度からの編入の方がいいか。


 とにかく帰ったら母さんと海音に話さないと。なんとか二人が罪悪感を感じない言い方を考えないとな。そうしないと宝くじが当たったのは、俺が貧乏神を引き受けたからだって思われそうだし。どっかの寺にいて取り憑かれたってことにでもしておくか。


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