第8話 『呪誓』



 黒闇天に引っ張られ2分ほど飛んだあと、再び放り出されるように地上に出ると、そこは繁華街の外れにある広めのコインパーキングだった。


 そしてそのコインパーキングの奥では、車から降りようとしない若い女性の腕を掴み、無理やり降ろそうとしている金髪の優男が見える。


「嫌だ嫌だ嫌だあ! 離して! もう身体を売りたくない!」


「うるせえ! ごちゃごちゃ言わずに稼いで来い! 生活がかかってんだ!」


「何が生活よ! 私が身体を売ったお金でギャンブルしたいだけじゃない! もうこんなの嫌! 雅也と別れる!」


「なんだとクソ女!」


「うぐっ……や、やめ……きゃあああ! 痛い痛い離して!」



「あの野郎!」


 俺は二人の会話を聞いて状況を把握した。そして一気に頭に血が上り、金髪の優男に向けて走り出した。


「くふふ、今回は反応が良いのう」


 背後から黒闇天の茶化すような声が聞こえて来たが、俺はそれに答えず女性の腹部を殴り髪を掴んで無理やり車の外に出そうとしている優男の腕を掴んだ。


「な、なんだおま……ヒッ! は、離せ! イダダダダ! くっ、このっ!」


 俺の顔を見て顔を青ざめさせ、逃げようとする男の腕を強く握り締めると男は女性の髪から手を離し、残った方の腕で俺に殴りかかって来た。


「ようクソ野郎。ちょっとツラ貸せよ」


 しかしそれを俺は首を横にズラすだけで避け、握った男の腕を引っ張り車の無い場所へと放り投げた。


「うわあっ! がっ!」


 身体強化の祝福の効果だのせいか思った以上に男は遠くに投げ飛ばされ、そのままアスファルトの上を何回転かして止まった。


「ううっ、痛え……なんて馬鹿力だ。いきなりなにすんだよテメエ!」


「それはこっちのセリフだ。遊ぶために恋人に身体を売らせ、いうことを聞かなきゃ暴力を振るうようなクソ野郎が」


 コイツを見てると親父を思い出す。親父は母さんに暴力こそ振るわなかったが、膨大な借金を残して家族を捨てて母さんを悲しませるだけじゃなく、何度も身体を壊すほど働かせたんだから似たようなもんだ。


「テメエには関係ねえだろうが! クソッ! 痛えなちくしょう! ただじゃ済まさねえぞ仮面野郎!」


 男はそう言って懐からナイフを取り出し立ち上がった。


「お前がな。黒闇天」


 俺は自分でも驚くほど冷たい声で男に告げたあと、後方の車の中にいる女性との距離を確認し右腕を前に出し黒闇天を呼んだ。


 すると先ほどと同じように隣に黒闇天が現れ腕を前に出す。その姿を視界の外で確認した俺は権能名を口にした。


「第二階位権能『黒荊くろいばら』」


 その瞬間、男の足もとから何本もの黒い棘のついた蔦が現れ、男の両腕と両足に巻きつき拘束した。そしてそれとほぼ同時に男の身体から10個の金色のコインが出現し、黒闇天の手に吸収されていった。


「なっ!? なんだこ……ぎゃあああ! 痛え痛え痛え!」


 男は最初突然現れた黒いいばらに困惑した声を発していたが、荊が巻き付く時に棘が四肢に刺さると同時にそれは絶叫に変わった。それでも手に持ったナイフを離さないのは混乱しているからか、それとも突然の痛みに手に力が入ったためか。


 俺はまるではりつけにされているような格好の男へ、続けて権能を発動した。


「第一階位権能『闇刃』」


 すると俺の手から3枚の黒い半月状の刃が男へ向かって飛び出した。それと同時に、男の身体から今度は5枚の金色のコインが現れ黒闇天の手に収まった。


 俺の手を離れた闇刃はイメージした通り、ナイフを握っている男の手首と両頬を掠めるように切ったあと虚空に消えていった。


「あぐっ、ああああああ! 」


 初めて使う権能のためか、手首と両頬を思ったより深く切ってしまったようだ。男は手と頬から流れる血と、身動きができないことに恐怖したのか盛大に漏らしていた。


 俺はそんな男の姿を一瞥したあと、隣にいる黒闇天へと話しかけた。


「これで15個くらいあの金色のコインを吸収したけど、アイツはどれくらいの不運に見舞われるんだ?」


「そうじゃの、恋人にはもうフラれておるようじゃし、金持ちにも見えぬからの。骨にヒビが入る程度の事故に遭うというところかの」


「そうか、わかった」


 黒闇天にそう答えたあと、恐怖に顔を歪めている男へと俺は近づいた。


「ヒッ! く、来るな! お、お前加護持ちだろ! こんなことして! 一般人に権能を使って軍が黙ってると思ってんのか!」


「何言ってんだ? だから身元が割れないように仮面をしてんじゃねえか。それよりクソ野郎。明日中にこの街から出ていけ、そして二度とあの女性の前に姿を見せるな。一切の連絡もするな。いいな? 断るなら次は……」


 俺は男にそう告げながら黒荊の蔦を男の股間へと巻き付かせた。


「ぎゃあああ! わ、わかった! ま、街を出て行く! 絵美里とも別れる! 二度と連絡もしない! だからそこだけはカンベンしてくれ!」


「ならいい。だが俺は疑い深いんだ。俺の権能に誓ってもらう。もしも破ったらお前には呪いがかかる」


「の、呪い?」


「ああ、お前にとってかなりキツイ呪いだ。なに、約束を守れば発動しない。守るんだろ?」


「ヒッ! ま、守る! 守るからやめてくれ!」


「交渉成立だな」


 俺はそう言って男へと腕を伸ばし権能を発動した。


「第二階位権能『呪誓じゅせい』。呪い種別:不能の呪い」


 すると俺の前に黒い玉が出現した。そしてそれと同時に男の身体から現れた10枚の金色のコインが黒闇天の手に収まった。


 これは誓約の権能だ。この玉に誓ったあとその誓いを破ると、権能発動時に設定した呪いが掛かるらしい。さっきチンピラ相手に呪いが病に罹ることだと知ったので、黒闇天にこの呪誓の権能について色々細かく質問したら病を指定できるとのことだった。なので試しに指定してみたというわけだ。


 ただ、あくまでも第二階位の権能なので重い病気なんかは設定できないようだ。だから今回はインポになる呪いにした。


 ちなみに階位とは権能の強さの目安だ。黒闇天は全部で十階位まであると言っていたが、俺の知る限りでは人類が発現させることのできた階位は第六階位が最高なはずだ。それ以上を使った人間の存在は聞いたことがないし、第六階位ですら使えたのは過去に片手で数える人間だけらしい。


「ヒッ! な、なんだよこれ!」


「誓約書みたいなもんだ。ほら誓えよ。それともこの場で役立たずにされたいか?」


「ち、誓う! 誓う!」


 そう男が口にした時だった。


 黒い玉が男の胸の中へと吸い込まれていった。


「ひぃぃぃぃぃ!」


「さて、これで良しと。インポになりたくなかったら約束を守るんだな。ほら、とっとと消えろ」


 黒荊を解除し蔦から解放され地面へと崩れ落ちた男にそう告げると、男は出血した手首を押さえながらよろよろと去っていった。


 男がコインパーキングから出ていくのを見送ったあと、ふと後ろを振り返ると女性が青ざめた表情で俺を見ていた。よく見ると身体が震えている。


 まあ無理もないか。権能なんて一般人が目にすることなんてないしな。


 俺は女性に話しかけることなくそのまま背を向けて歩き出した。


「黒闇天、運の奉納はもういいだろ。帰ろうぜ」


 予定では15個くらいで良かったはずだ。もっと寄越せとか言われても断ろう。クソ野郎を相手にして気分が悪いんだ。


「まあの。久々にまとまった運が手に入ったしの」


 黒闇天はホクホク顔だ。


「ちなみにさっきのクソ野郎からさ、第一階位の権能1回と第二階位権能2回で、運を25個ほど回収したけど明日アイツはどうなるんだ?」


「そうじゃの。あの男なら複数箇所骨折するような事故に確実に遭うであろうな」


「そうか、いい気味だな」


 なるほど。15個の時点で骨にヒビが入るくらいの事故に遭うと聞いたから死にはしないとは思っていたけど、プラス10個でただの骨折だけじゃなくて複数箇所の骨折か。結構跳ね上がるんだな。これ以上は1人から回収するのは危ないかも。その辺をもっと詳しく黒闇天に聞いておかないとな。


 俺はそんな事を考えながら黒闇天と共に家へと帰るのだった。

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