第3話 2年D組



 風間というパンツスーツ姿の担任の後ろを歩きつつ、細いけど尻もぺったんこだな。などと考えつつ2階にある教室へと向かっていた。


 ちなみに黒闇天は朝から知り合いに会いに行くと言ってどっかに飛んでいった。まあ学園には教官も入れたら300人近くの加護持ちがいるみたいだし、知り合いがいて当然か。


 そうそう、階段を上る時に担任にこっそり権能を発現させたがバレなかった。5枚くらいなら小さな不運が1日に2回かそこら起こるだけなので、毎日じゃなきゃ俺のせいとは思わないだろう。とりあえずこの担任はムカついたから明日テーブルに足の小指をぶつけるとかして欲しい。


 そんなことを考えながら内心でほくそ笑んでいると、2階の一番奥にある教室に着いた。


 そして風間先生、いや教官か。教官の後に続き教室の中に入った。


 教室は思っていたより広く、3人が座れる扇形の机が横に3列並んでおり、その後ろに1段ごとに同じように3列が3段。計27席あるようだった。ただ、座っている人数は少なく、ぱっと見で12、3人くらいしかいない感じに見える。女子は4人か。まあそんなもんだよな。でもさすが神に見染められるだけあってレベルは高めだ。


 ちなみに本田君も同じクラスだ。窓際の2段目の席で俺に笑顔で小さく手を振ってくれている。可愛い。


「起立! 礼!」


 担任と俺が教室に入り、中央にある教壇の前まで来ると男子生徒の掛け声が教室中に響いた。


 すると座っていた生徒の半分ほどがだらだらと立ち上がり、やる気のなさそうな礼をしたあとバラバラに座り始めた。


「フンッ、相変わらずやる気のない奴らばかりだな。そんなんだから誰も上のクラスに上がれず2年でもDクラスのままなんだ。だが今年は魔界での実戦訓練がある。やる気がないのは勝手だが、精々死なないように気をつけるんだな」


「ええー! あーし戦闘職じゃないんですけどぉ〜? 風間教官は強いんですから守ってくださいよ〜」


 担任の投げやりな言葉に茶髪のギャルっぽい子が反論した。


「真北候補生。貴様を守るのは私ではなく従兵科の生徒とクラスメイトだ。そもそも第一階位の権能しか使えない薬師など軍に必要ない。卒業までに死ぬ気で第二階位の権能を使えるようになっておけ。北部方面軍の懲罰部隊の指揮官として配属されたいなら別にそのままでいいぞ」


「げっ! 犯罪者たちに視姦されるされるどころか犯されるし!」


 犯されるって、まあ懲罰部隊の中ではそういう事件がよくあると佐竹が言ってたな。なんたって全員が犯罪者だからな。


わめくな鬱陶うっとうしい。それよりも今年度からこのクラスに入ることになった編入生を紹介する。おい、八神。自己紹介をしろ」


「はい」


 俺は風間教官に促され一歩前に出た。するとみんなの視線が俺に集まり、ヒソヒソ声が聞こえてきた。


『編入生? この歳で加護を与えられるとか珍しくね?』


『やっぱ編入生だったんだあのヒト。ちょっと陰気臭い感じがするけどイケメンじゃん。あーしタイプかも?』


『そう? 確かに顔は良いかもしれないけど……なんだか怖くない?』


 お? ギャルには好印象っぽい? やっぱ神力がある人間にはちょっと陰気臭いとか怖い程度の影響で済むみたいだ。編入試験の試験官がアレだったからなぁ本田君も大丈夫だったしちょっと安心した。


 さて、それより自己紹介か。俺は黒闇天の加護持ちだ。知ってる奴がいたら騒がれるかもしれないな。かと言って言わなくても聞かれるだろうし。それならサラッと言って、そのあとは明るさで押し切るか。


「去年の暮れに黒闇天の加護を受けて加護持ちとなった八神遥斗です。戦闘職で武器は槍を使っています。学園のことはまだよく知らないので教えてくれると嬉しいです。みんなよろしく!」


 俺は満面の笑みを浮かべながら自己紹介をした。これなら陰気臭いというイメージは払拭できるだろう。というか陰気くさい性格じゃないし! 黒闇天の加護のせいだし!


『黒闇天の加護? どんな神だっけ?』


『天って付いてるから仏教系じゃね?』


『うーん、あーし前に習った気がするんだけど忘れちゃったかも』


『あんまり聞かない名前よね』


 ラッキー、黒闇天て名前だとそんなに知名度は高くないみたいだ。まあすぐにみんな気付くだろうけど、とりあえず今はスルーしてもらえそうだ。


 俺が胸を撫で下ろしていると風間教官が口を開いた。


「黒闇天は日本だと貧乏神や厄病神と呼ばれている神だ。八神候補生の申告によると他人には影響がないとのことだから安心しろ。たとえ不幸があっても八神候補生のせいにするんじゃないぞ? そんな事をして怒らせたらもっと不幸にさせられるかもしれないからな」


 こ、この女! 


『えええ!? 貧乏神ってマジかよ!』


『嘘だろおい! なんでそんな神の加護を得たのが学園に来るんだよ!』


『そうだそうだ! 魔界で俺たちに厄災が起きたら全滅しちまうじゃねえか!』


『そもそも厄病神が使う権能ってなんだよ! 味方ごと巻き込むんじゃねえのか?』


『うえっ、ちょーナイ。イケメンでもこれはナイわ』


『そりゃこのクラスに来るよね。納得した。ホントこのクラス最悪だわ』


 このクソ担任! 余計なこと言うんじゃねえよ! しかもフォローすると見せかけて煽りやがった! 不幸を俺のせいにされたからって不幸にしたりなんかしねえよ! やろうと思えばできるし、言い掛かりの程度にもよるけど。


 予想はしていたけど、イケると思った途端に最悪の雰囲気になっちまった。一気にクラスメイトが俺に向ける視線が厳しくなったぞ? さっきまで好感を持ってくれていた女子も嫌な顔を俺に向けてる。


 それでも全員じゃないのが救いか。本田君はオロオロしていて、一番奥に座ってる少し垂れ目の色っぽい子はなぜか笑みを浮かべてる。その隣の前髪ぱっつんの小柄な女の子は興味ないのかこっちを見てすらいないけど、今はそういう反応の方が気が楽だ。


 しかしどうする? 魔界で日を跨がなければ大丈夫だなんて言えないしな。そんなことを言ったら不幸が起こるのを認めたことになる。いやそれが正しいんだけどさ。それでも何かしら弁明してヘイトを少しでも下げないと。でも俺が何を言っても信じてくれそうもないんだよな。


 そんな時だった。本田君が手を上げて立ち上がり、騒ぐクラスメイトに向けて口を開いた。


「ねえみんな、聞いてくれるかな。ボクは八神君と同じ部屋だけど、特に何も不幸が起きたりはしてないよ。それよりも八神君の方が朝からテーブルに足をぶつけたうえにポットが足の指に落ちたり、食堂で他の生徒がつまづいて味噌汁を頭にかけられたりしていたよ。もし不幸があるとするなら、多分だけど黒闇天の加護を受けた本人だけなんじゃないかな」


『え? 本田って同じ部屋なの?』


『ポットが足の指の上に落ちるとか痛そう……』


『加護を受けた者が不幸にか。確かに一理あるな』


 本田君……君は天使か! ありがとう! これで少しは悪い印象を拭えそうだ。


『でも八神だっけ? 魔界でアイツに不幸があったら俺たちも巻き込まれるんじゃねえか?』


『!? そ、そうだよ! アイツと一緒にいたらグールや魔犬の群れが絶え間なく襲ってくるかもしれねえじゃねえか!』


『ええっ! しんじゃう! 戦闘職じゃないあーしはしんじゃうって!』


 藪蛇だった!


『教官! 八神候補生には悪いんですが、一緒に魔界に行くと大きな事故に遭うかもしれません。できれば別行動でお願いしたいんですが』


「魔界での実戦訓練ではクラスごとに行動する。一人だけ特別扱いはできん。それにたとえ八神の不幸に巻き込まれたとしても、貴様たちがそれを跳ね返せるよう強くなればいいだけだ。甘えるな」


『『『『えええええ』』』


 くそっ! この担任はフォローする気がまったくねえな。初対面の時の第一声から予想はしてたけどよ。でもほかの生徒の尻を叩くのに俺を利用することはねえだろうが。


「さて、始業式の時間までここで待機していろ。特に連絡事項はないから終わったら帰るなり好きにしろ。八神候補生。席は空いてるからどこでも好きなところに座れ。わからないことがあれば同室の本田候補生に聞け。以上だ」


 風間教官はそう言って俺を残してさっさと教室を出て行った。


 この空気の中残されて席が決まってないって……こっち来んなって視線が痛い。俺はいったいどこに座ればいいんだ?


 厳しいクラスメイトの視線を一心に浴びながらどうしようかと固まっていると、天使が手招きをしているこそに気が付いた。


 俺は救われた気分で本田君のいる窓際の2段目の席へと向かった。


 階段を上る途中で階段側に座っている生徒に身体ごと捻られて避けられたりしたが、まあ理由は違えど前の高校でも経験していたことだ。気にしない。


「チッ、厄病神が! こっち来んじゃねえよ!」


 本田君のいる2段目まで上ると、その一段上の中央の列の一番奥に座っていたガタイの良い猿顔の生徒に悪態をつかれたので闇落を発動……しない。一瞬発動しかけたけど我慢だ我慢。こんなとこで発動したら本田君を巻き込んでしまうしな。


 猿に睨まれながら本田君の隣の席に座る


「八神君あんまり気にしないでね。みんな先入観に捉われてるだけだと思うから。すぐに誤解は解けると思う」


「ありがとう本田君。俺は大丈夫だから。みんなの誤解が解けるように頑張るよ」


 やっぱいい子だよな本田君。マジ天使。


 そうだよな。ここで短気を起こして権能なんか使ったりなんかしたら、明日全員に不運が起こってみんなが言ってたことを肯定するだけだ。別に前の高校みたいに理由なく怖がられているわけではなく、今回は理由がわかっている。普通に学校生活をしていれば、俺がいても特に不幸になったりしないってことにそのうち気づいてくれるだろう。それまでは我慢だな。


 俺は編入生だ。人間関係を築くのはこれからだし、それは今後の俺の態度次第でもある。今はみんな黒闇天を怖がってるだけだ。それが誤解だとわかればすぐに仲良くなれるさ。本田君みたいにな。


 そんな淡い期待を胸に、俺は本田君と一緒に始業式へと向うのだった。



 翌日、学内ネットにより俺のことが晒され、同級生どころか従兵科を含めた全校生徒に恐れられ避けられ嫌われることになることをこの時の俺はまだ知らない。

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