第16話 孤児院
「あの建物か」
少年たちの後をつけ30分ほど郊外へ向かってと歩くと、2階建ての建物のある敷地へと少年たちが入っていく姿が見えた。
門と建物の間には砂場や遊具が置かれていることから、元は幼稚園か保育園だったのだろう。建物も窓は板で塞がれているが、鉄筋コンクリート造りで頑丈そうだ。今の時期は寒そうだけど。
少年たちが建物の入り口に着くと、中から3歳から10歳くらいの痩せた子供たちがワラワラと出てきて、怪我をした少年二人を心配していた。そんな子供たちに続いて老夫婦と中年の女性も建物から出てくる。その人たちも悲しそうな表情を浮かべながら、少年と小さな子供たちに中に入るように促している。
どうやらここは孤児院のようだな。
俺は建物の中へと入っていく少年たちの後ろ姿を見ながら、どうやって接触しようか考えていた。
「なあ黒闇天、影の中にはこの前の串焼きとかまだ入ってるのか?」
「ん? あるぞ?
「色々って、いったいどうやって買ってんだよ」
俺以外には姿は見えないから、レジを通して買い物したわけじゃないだろうし。
「店から適当に欲しいものを集めての、この10000円と書いてある紙を1枚置いていっておるのじゃ。ほかの人間を見ておるとこの紙1枚で結構な数を買えておったしの。足りぬということはないじゃろ」
「どのくらい買ったかは知らないけど、まあ串焼きや煎餅とかなら置いてある程度の品を持ってきても足らないってことはないか」
むしろお店の人は喜ぶだろうな。まあそれなら頼みやすいな。
「じゃあ、あとでスカベンジャーたちに払わせるから、食いもんを分けてくれないか?」
「なるほど、食い物で釣るというわけか。まあ
「なんだ、ずいぶんと簡単に承諾してくれるんだな。てっきり味噌は渡さんとか一度は断られるかと思った」
しょっ中なにかしら食ってるし。
「妾をなんだと思っておるのじゃ。味噌を好きなのは認めるが、腹をすかせておる
「そ、そうだな。悪かったよ」
八神家を貧乏にしておいて慈悲深き神? とは思ったが、今は黒闇天の機嫌を損ねると面倒なので黙っておいた。
「それであるだけ出せば良いのか?」
「あ〜、とりあえず両手に持てるだけ頼む」
俺がそう答えると黒闇天は頷き、足もとの影から紙に包まれた串焼きや味噌をまぶした焼きおにぎり、餅に味噌を塗り焼いた串もちを各10個ずつほど取り出し俺の手に乗せていった。
それらはまるで出来立てのように温かく、そして美味しそうな匂いがした。
買ってから時間が経ってるはずなのになんで温かいんだと思ったが、神だしなと納得する事にした。
「こんなに買ってたかよ」
「ん? まだまだあるぞ? だがもう持てぬであろう?」
「あ、ああ。とりあえずこれでいいよ。あ、悪い、般若面を外してくれないか? 不審者だと思われるからさ」
般若のお面をしたままじゃ怖がられると思い、両腕が塞がっていたので黒闇天に外してもらった。そして両腕いっぱいに串焼きと焼きおにぎりを抱え、少年たちのいる建物へと歩いていった。
「こんばんはー!」
門の前で笑みを浮かべ大声で挨拶をすると、中から小さな子供たちがひょこっと顔を出した。が、俺の顔を見てビクッとした後に一目散に逃げていった。
ぐっ……子供に逃げられるのは結構クルものがあるな。
密かに傷つきつつも浮かべた笑みを崩さずにいると、ボサボサの長い髪を大雑把に後ろでまとめた男の子が現れた。先ほど大人たちと言い合っていたリーダーらしき少年だ。少年も子供たち同様に俺の顔を見てビクッとしていたが、さすがは魔界で戦っているだけはある。腰に差しているナイフの柄に手を置きながらゆっくりとこちらへと近づいてきた。
「な、なんだよお前。ここに何の用だ」
「あー俺は八神というんだけど、実は先ほどホテルの前で青鎧の男とのやりとりを見ててさ。それでさっきの男たちのことを色々と聞きたいと思って後をつけてきたんだ。もちろんタダでとは言わない。まずはお近づきの印に差し入れを持ってきたんだ。みんなで食べて欲しい」
そう言って俺は両腕に抱えていた串焼きなどを少年の前へと突き出した。
「え? こ、これをくれるのか? で、でもなんで佐竹ファミリーのことなんかを知りたいんだよ……変な事に巻き込まれるのはゴメンだぜ?」
少年はそういいつつも俺が差し出した串焼きを門越しに凝視している。
「まあちょっとな、個人的に用があるんだ。迷惑はかけないから。その佐竹ファミリーにどれくらいの人数がいるかや、加護持ちの事とか知りたいだけなんだ」
「個人的にって……そうか、兄ちゃんもアイツらに仲間を殺されたのか。だからそんな危ねえオーラを出してんだな……わかった、いいぜ。中に入れよ、俺が知ってる事なら教えてやるよ。ああ、オレは
「あ、ああ。よろしく」
あれ? なんだか俺が復讐者みたいに思われてるけど、まあ話が聞けるならいいか。
それから建物の中に入れてもらい、食堂らしき場所に串焼きなどを置いた。すると遠巻きに俺を見ていた子供たちに将司が『この兄ちゃんの差し入れだ、食っていいぞ』と声を掛けると、子供たちは歓声を上げながら駆け寄ってきた。どうやらご飯をくれる人間は怖くないらしい。
その後この孤児院の運営者である老夫婦と、その手伝いをしているという中年の女性を紹介された。老夫婦と中年の女性も最初は俺を怖がっていたが、将司が勘違いしている内容を聞いてまだ若いのに大変だったねと慰めてくれた。
俺は誤解されてはいるが、負のオーラのことを話しても信じてもらえないしなとそのまま勘違いしたままでいてもらう事にした。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「なるほど。佐竹ファミリーってのは、東北から流れてきたスカベンジャーだったのか」
俺は将司に連れられた部屋で、ホテル前で将司と一緒にいた美香という女の子を混じえ、佐竹ファミリーと名乗っているスカベンジャーたちの情報を聞いていた。
美香ちゃんは髪をサイドテールにした、おとなしそうな女の子だ。将司と同じく痩せていて、腕なんて握ったら簡単に折れてしまいそうだ。いくら祝福を与えられてるからって、よくこんな身体で魔界で戦えてるな。
ちなみに治療中でここにはいないが、残り二人の男の子は腕を骨折していた子が
佐竹ファミリーはボスと呼ばれる男とその女らしきノリコ。そしてホテル前で
そんな加護持ちの彼らの下には、魔界で従兵となる構成員が全部でおよそ30名ほどいるらしい。
「2年くらい前でした。突然やってきて、それまで街を仕切ってた人たちを追い出して、街の人たちから住民税を集め始めました。お金を払えない人たちは魔界に連れて行かれ、物品収集を手伝わされてました」
「んでライガの野郎が1年くらい前からこの孤児院にも目をつけてさ、土地の使用料と住民税を払えって言い出しやがったんだ。ここは警戒区域で誰の土地でもねえのによ。長野の街で働いているこの孤児院出身の大人たちが送ってきてくれるお金でなんとか食っていけてたのに、それを全部巻き上げられてさ。そのうえ飢え死にしたくないなら年長組を雇ってやるって恩着せがましく言いやがってよ。チビたちを食わせるために仕方なく奴らに雇われてるってわけなんだ」
「……酷い話だな。しかしよく1年も生き残れたな」
魔界は浅い場所でも危険なのに、こんな子供が今日までよく生き残れたよな。
「俺たちはまだ魔界に行きはじめて2ヶ月くらいでさ、それまでは兄貴や姉貴たちが……」
「あ……そうか。そうだよな、ごめん」
孤児院にこの子たちより年上の子がいてもおかしくないよな。そしてその子たちも魔界で……
「ぐすっ……みんな優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんたちだったのに……幸い私たちはお兄ちゃんたちより身体が小さかったので、戦闘には参加せずマンションや貴金属店の中でお金になりそうな物を見つけるのが仕事でした。たまに今日みたいに盾にされることもありますけど……怪我をしてもノリコさんが権能で作った神酒で治してくれるからいいだろって」
神酒か……これまでの話を聞く限りでは、恐らく回復薬みたいなものなのだろう。治癒系の加護は加護持ちが直接治すタイプと、液体や個体として出してそれを飲ませて治すタイプがあると聞いたことがある。確か直接の方が即効性があるんだったな。
「それだって大人に怪我人が出たら、神力が無くなったとか言われて俺たちは後回しにされる。今日みたいに作ってもらえるよう、取り次いでもらえないことも初めてじゃ無いんだ」
「子供を盾にしといて治療も後回しにするとか、そのライガとかいう奴はとんでもねえクズ野郎だな」
神兵は子供の頃から特別扱いされてきたから、自己中で傲慢な奴が多いとは聞いていたけど。なんだか対魔学園に行くのが気が重くなってきたな。でもさすがにここまでのクズはいないと信じたい。
「そういえば将司と美香ちゃんはいくつなんだ?」
「俺たちか? 13だけど?」
「……そうか」
海音より年下だったのか。この子たちへの援助金を巻き上げ同じ孤児院の年長者たちを死なせ、まだ13歳の子供まで魔界に連れて行って危なくなったら盾にするとか本当に最悪だな。
貧乏神に居座られて不幸だ不幸だと思っていたけど、俺が感じていた不幸なんてこの子たちに比べたら全然たいしたことがなかったわけだ。
知らなかった。いや、知ろうとしなかっただけか。スラム街が酷い場所だというのはテレビや学校で聞いてはいた。でもそこがどう酷い場所なのかまでは調べようとはしなかった。
怖かったんだ。いつか俺たち家族も行く事になるかもしれなかったから。
「んで加護持ちの権能だけどさ、ボスは炎を使うとしかわからないんだけど、ノリコって女は治癒系だ。そして俺たちを魔界にいつも連れていくライガは雷の権能を使う。なんか農具みたいな形の雷を出現させて、それで斬ったり殴ったりしてた。雷の蛇みたいなのも出して、遠くから地を這わせて攻撃したりもしてたよ」
「なるほどな。炎と治癒と雷か。3人に加護を与えている神はどんなのか聞いたことあるか?」
「うーん、ライガはアヂスなんとかヒコネとかいつも言ってるような気がする。祝福を受けると身体能力が上がるんだ。ボスとノリコは……美香は知ってるか?」
「私も知らない……でもボスは仏教の神様で、ノリコさんとライガさんは神話に出てくる神様だって前に大人たちが話しているのを聞いたことがあります」
「それだけで十分だありがとう」
ボスはともかく神道系のライガって奴はなんとかなりそうだ。
しかし雷か。攻撃を受けたら痛そうだし、かなり速そうだ。なんとか権能を発動させる前に倒さないと。
「なぁ兄ちゃん、本当にあいつらと戦うのか? 元軍人の加護持ちが3人もいるんだぜ?」
「祝福を受けたままの従兵もたくさんいて、ホテルで寝泊まりしてます。一人では無理だと思います」
「確かに数は多いけど、奇襲するつもりだし大丈夫だと思う。それに俺も加護持ちだしな」
「ええ!? 兄ちゃんも加護持ちなのか!?」
「ああ、まだ国に申告してないから内緒にしておいてくれよ? その代わり俺が佐竹ファミリーをボコボコにして、二度と孤児院に手出しさせないようにするから」
「アイツらを一人でボコボコにって、兄ちゃんそんなに強いのかよ?」
「まあそこそこな。んじゃそろそろ行くわ。色々教えてくれてありがとな、助かったよ」
俺は将司たちに礼を言って立ち上がろうとした。
「ま、待ってくれ! お、俺も連れてってくれ! 死んだ兄貴たちが隠している武器があるんだ。それを使えば陽動くらいならできる! だから! ライガの野郎が死ぬのを見たいんだ! ライガは否定してるけど、絶対にアイツが兄貴たちを盾にして殺しやがったんだ!」
「……悪いが一人の方がやりやすいんだ。大丈夫だ、お前の兄貴たちの仇は取ってやるから」
気持ちはわかる。兄弟のように育った同じ孤児院の兄貴分の子たちを殺されたんだ。俺だって復讐の機会があればしたいと言うだろう。でも俺にはこの子たちを守りながら戦えるほどの強さも覚悟もない。
正直俺もはらわたが煮え繰り返ってる。こんな幼い子たちを魔界に連れて行き盾にするとか人間のすることじゃない。
だから将司、必ず奴らに地獄を見せてやるから待っててくれ。
同行を断られ悔しそうな表情を浮かべる将司に心の中でそう言いながら、俺は壁際で会話を聞いていた黒闇天に念話で話しかけた。
《黒闇天、残りの食い物もいいか?》
《うむ、そっちに行った方が良いかの》
《俺の影から出した感じで頼む》
俺がそう言うと黒闇天は隣まで飛んできて、目の前にあるテーブルに串焼きや焼きおにぎりや煎餅などを次々と置いていった。
「え? か、影から食いもんが!?」
「こ、これがお兄さんの権能……」
「いや、別に食べ物を出せる権能じゃないけどな。保管していた物を出しただけだ。みんなで食べてくれ」
テーブルに山ほど積まれている食べ物を前にして、目を見開いて驚く二人にそう言って部屋を出た。
「あ、ありがとう兄ちゃん」
「ありがとうございます!」
そんな俺の背中にお礼を言う二人に片手をあげて答え、老夫婦やお手伝いの女性に挨拶をして孤児院を後にした。
「黒闇天ありがとな。ちゃんとあとで返すから」
「あの程度どうといことでもない。まだあるしの。それにもともとは遥斗が倒した者たちからもらった金子じゃ、気にするでない」
「まだあるのかよ……まあそれでもちゃんと返すよ。さて、それじゃあ子供から搾取している佐竹ファミリーから色々と回収しないとな」
「くふふ、色々ときたか」
「ああ、色々だ」
金とか運とかな。
そんなことを話しながら俺たちは、佐竹ファミリーの根城であるホテルへと向かうのだった。
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